小獣人の女王メルゼヴィア
シュナフ・エディンの中央都市ラクシャリオ。その街の奥に位置する青く塗られた城。城を囲む城壁は石の塊を積み上げて造られ、深い掘りに囲まれていたが、城は一つの大きな岩を削り出して造られた建造物であるようだ。
「一階部分は人の寸法でも立ち入れる造りになっています」
と、案内の小獣人は説明したが、城を囲む門も城の入り口も、かなりギリギリの高さしかなく、城の中の通路では、飛び跳ねるのは厳禁の高さだ。
「武器を持ったままで構いません」
二人のお付きらしい案内も一緒に謁見の間へと入って行き、俺達四人は小獣人の女王と対面する事になった。
城の内装も水色と白い色に包まれ、装飾が刻まれた柱は青や緑色に塗られていた。日の光を取り入れる工夫か、天井や壁には硝子が張られ、壁には淡い光を放つ結晶が設置されている。
広間の先にある壁画。その前に木材を削って作られた物々しい椅子が置かれ、まるで雄山羊の角の様に尖った先端を縦横無尽に伸ばし、前に立つ者を威嚇するみたいに広々と先端を掲げていた。
「ようこそ。フォロスハートの恩人達」
そう声がして、椅子に座る小さな姿に初めて気がついた。
椅子に座っているのは薄い緑色に輝く髪を持った少女。長い髪の先が濃い緑色に変色している。
頭の上に犬科の動物に似た耳を生やし、どこか眠たげな目をしてこちらを見た。
緩やかな水色の法衣を着た小獣人の女王。
頭には青い宝石を付けた白金の小さな冠を載せている。
なだらかな細長い足。他の小獣人はどちらかというと、ぽっちゃりした足をしているものだが、女王はほっそりした長い足を持つ、人間の少女の様な体型をしていた。
その顔立ちは愛らしさの中に、多くの憂いを見てきたみたいな、憂鬱を含んだ物悲しい美しさが感じられた。──年齢の読めない、超然とした女性だ。
「初めまして」
「あなたがオーディスワイア様ですか?」
そうですと答えて、仲間達を一人一人紹介した。
「あなた方は攻めて来た犬亜人を挟撃によって撃退し、多くの敵を退けてくださいました。その事にまずは感謝を……」
彼女は椅子から立ち上がり、恭しく頭を下げた。
椅子は周囲の床と同じ高さに置かれており、必然的に彼女を見下ろす格好になる。
すると彼女はにっこりと微笑み、何やら想い人を見るような視線を送ってくる。
「あなたの事はミリスリアから聞いています。魔法の剣を作って、彼女とその護衛に与えてくださったと」
その緑色の瞳には、ミリスリアを心配する気持ちが見え隠れしている。女王とミリスリアの間には、友人関係に近いものがあるらしい。
「あ……申し遅れました。私はメルゼヴィア。シュナフ・エディンの女王。あるいはまとめ役ていどの女です」
何故か卑下した言い方をして彼女は微笑んだ。
「あなた方はシュナフ・エディンの窮地を救う手助けをしに来てくれました。その気持ちにもう一度感謝を。そして、撃火魔砲を起動させる魔法核を齎してくれました。その報酬として、なんでも望みの物をおっしゃってください。私の力が許す限りの報酬をお約束します」
女王は気高さと、どこか浮き世離れした──奇妙な表情や立ち振る舞いで一礼し、二人のお付きに支えられながら、厳つい玉座に腰を下ろした。
「申し訳ありませんが座らせてください。私、こう見えましても──かなりの老骨なもので、立ち歩くのも億劫なのです」
外見は少し大人びた小獣人といった感じだが、彼女の表情や挙動を奇妙に感じた理由がなんとなく分かった。女王は見た目以上に長生きをしてきた人物なのだろう。
「それで、報酬はどういった物をお望みですか?」
「う──んと、……いえ。材料費と制作費を貰えれば。……というか正直、対価を求めて魔法核を作製した訳でもなかったので、急に報酬と言われても、返答しようがないですね」
そう答えると彼女はくすくすと笑い出す。
「本当に謙虚なお人ですね。ミリスリアがオーディスワイア様とシュナフ・エディンの民との間に、子を儲けるよう取り計らうよう訴えてきたのも頷けます」
うぇっ、と変な声が漏れてしまった。
女王の発言に照れたりするよりも、思わぬ権謀術数が展開している事に驚いたのだ。
「いやいやぁ……俺には心に決めた人が居るので」
つい、そう返事をしてしまい、俺の背後でリゼミラとアディーが「誰の事だ」と、こちらでもその話題で盛り上がろうとしている。
「構いませんよ。あなたが愛している女性以外を抱くのに抵抗があっても、私達にはそうした機微よりも、切実な跡継ぎの問題があるので。いざとなればあなたの貞操観念も覆して、私達の虜になるよう仕向けますから」
などと笑顔で怖い事を口にする。
女王メルゼヴィアは俺が貞操観念から彼女らとの、──交合を拒絶すると考えているような口振りだったが、それは違うのだ。
ただ単に、俺が所属していた社会的常識──小さな女の子に、性的な行為をする事への拒否感からくるものだった。
自分は少なくとも、幼い子供に欲情するような性質は持ち合わせていないはずだが。──そうした性質は社会的常識うんぬんよりも、個人の性情によるものだと思うのだが。
「まあ、冗談ですが」
その口元は柔らかく笑っていたが、目の中の光は本気だった。
「誘惑の香水とか、そういうのは遠慮したいですね」
俺が口にした言葉に、女王はくすくすと可愛らしい笑い声で答える。
「報酬は……すぐには思いつきませんね。まずはあの魔法核でシュナフ・エディンが犬亜人の脅威から逃れられる事。それが第一だと考えています」
「わかりました。それでは報酬の件については、犬亜人との戦いに終止符が打たれた後にでも、ゆっくりと考えてみてください」
メルゼヴィアはあくまでにこやかに、優しく微笑んでいたが。
その朱色に光る瞳には、死と顔を突き合わせている者が見せる、現実から遊離したかのような、精神の揺らぎを感じた。
ちょっと様子の変なエルニスの女王メルゼヴィア。
理由がすべて明らかになるとは限りませんが(笑)




