女神アヴロラの警告
ボロッコスの東へ続く街道、その先の分かれ道で北へ緩やかに曲がる道を走って行く。そうして中央都市まで馬車が走り続けた。かなり長い時間を使って。
都市を囲む壁を越えて街の中に入って行くと、猫獣人小獣人が街の中を歩いているのが見える。
そのどちらも──もとより小獣人には女性しか居ないが──女性の姿が多くある。男性の猫獣人は戦場に行っているのだ。
戦いに不慣れな彼らが戦場で、どの程度つかえるか──それは不明だが。
街の様子はかなり寂しい。大通りから見える広場には、戦地に運ぶ物品らしき物を集めた場所があり、荷車に木箱を載せているところだった。
「ここも戦争の影響を受けているみたいね」
「それはそうだろう、パールラクーンの大地の中央に位置しているんだ。むしろ他の町よりも、敵地に近い場所だと言える」
リゼミラの言葉に応えつつ、奴ら犬亜人が「神聖な都市」だからと、攻撃を控えるはずはないと説明した。
「それもそうか──あいつら、会話も通じないしね」
地図には大地の中央線上にあるいくつかの町の名前があったが、それはここアーカムの西側に多く、東側──小獣人族の領土ちかくには、南側にある町しかないらしい。
神殿の近くまで馬車が進み、神官に降りるよう言われると、俺達は馬車を降りて神殿に向かった。
猫獣人の神官に案内されて、神殿の奥に通された俺と仲間達。
綺麗な、埃ひとつない通路を歩き、左右に扉のある場所まで来ると──リゼミラ、アディーディンク、レオシェルドの三人は、神官に控えの間で待つよう言われ、片方の扉を開けて部屋に入って行く。
俺だけがその反対にある扉を開けて、庭園の様に草花に囲まれた部屋の中を通り過ぎ、その先にある女神の間へと入って行った。
大きく白い石柱が立ち並ぶ間を通り、先にある女神の前に向かう。広い空間の奥──そこで寝そべる大きな、大きな人影。
緑色の絨毯が敷かれた先に居る、巨大な体を横たえた女神は、相変わらず気怠げにしてふかふかの座椅子布団に体を預けていた。
『……お久しぶりですねオーディスワイア、どうぞこちらへ』
女神は目も開けず口も開かずに、頭の中に呼び掛けてきた。
『あなたが小獣人族の求めに応じ、こちらの戦いに協力する決意をしてくれた事に、感謝します』
薄衣を身に纏い、大胆に肌を晒す女神は、うつ伏せに布団の上に寝転び、たわわな乳房を押し潰す格好で、布団に押しつけている。
「お久し振りです」
『このような格好で失礼します。もうお聞きの事でしょうが、この大地に争いが巻き起こり、私の力の及ばぬものが、大地の生命を食い尽くそうとするみたいに、わたしの力を奪ってゆくのです』
女神の声は力なく、弱々しい山彦の様に不鮮明だった。
「パールラクーンで何が起きているのですか」
すると女神は微動だにせず、目をうっすらと開き、独り言の様に呟く。
『実は……半年ほど前に、大地の周囲に張られた結界を越えて、混沌に侵入されてしまったのです』
女神はその事を神官達に説明し、北部の山脈への調査に行かせたらしいのだが……
『残念ながら、混沌の発見には至りませんでした。それほど強力な力を持った個体ではないので、大地の気脈を強化し、混沌の力を退けようと、私は多くの力を使って抵抗したのです。混沌はもう感じられなくなったので、消滅したものと思っていましたが……』
「そうではなかった?」
俺の言葉に瞬きで頷くアヴロラ。
『そうなのです。あれからしばらくして犬亜人の数が明らかに増加し、北の山脈地帯から南下して、猫獣人の狩り場や集落に現れ、彼らと争う事が増えたのです』
ふむ──と、考えていると、女神はさらにこんな説明を始めた。
『それに気掛かりな事が。……私も神官から報告を受けただけなのですが、この戦いで倒された犬亜人の死体が、翌日には数が減っているというのです』
「死体が消える……? よく分かりませんね、混沌と何か関係がありそうな現象ですが……」
夜中の間に犬亜人が一部の死体を回収しているとは思えない。
『混沌のはっきりとした気配が感じられない以上、明確な事は言えませんが、今回の犬亜人の増殖と侵攻は、混沌の影響があると考えてください』
混沌が犬亜人を使って何かしようと企む……?
そんな事が可能なのだろうか? 混沌には意思が存在しないと思っていたのだが。
大地に住む生き物を侵蝕し、取り込んでしまうのならあり得るが、犬亜人の数を増やしたり、侵略するよう仕向けるなど、指揮するだけの能力があるとは思えないのだ。
「……分かりました、充分に注意してシュナフ・エディンに向かいます」
女神は本当に多くの力を使い、消耗している様子だ。以前は動いてこちらを見つめたりしてきたが、それすらも出来ないようで、ぐったりと体を横たえている。
今も混沌を追い払うよう、力を尽くしているのだ。
俺は女神に頭を下げると、謁見の間から出て、仲間達に事の次第を報告に行く。
「あ、もう終わったんですか」
アディー達は控えの間に置かれた女神の像を見ていた。その像は俺が贈った「生命の杖」を手にした女神の像で、部屋の奥にある黒い台座の上に立っていた。
「この石像が手にした杖って、オーディスが作ったやつなんだってね。ここに書いてあるよ」
リゼミラが指差した小さな立て札には「生命の杖手にする女神像」と書かれ、その下に「フォロスハートの錬金鍛冶師オーディスワイアから贈られた杖は、パールラクーンとフォロスハートの友好の証」であると記されていた。
光沢のある白い石を削って作られた人間大の石像は美しく、かなりの名工の手によって作られた物であると思われる。……実際の女神に似ているかと言われると微妙なところだが、目を閉じた女神の感じは出ている。
「友好の証か、ずいぶん大きな扱いなんだな」
「それで、その女神様の話はなんだったんですか?」
アディーに尋ねられた俺は、混沌の大地への侵入が、今回の犬亜人の侵攻と関係があるのではという、女神の言葉を簡潔に伝えた。
「なるほど……それは厄介ですね」
「夜の間に死体が消える? 混沌から生み出された敵の死体も、日を跨ぐと消えたりする場合があるな。確かに混沌の仕業と考えられる」
レオも女神の推測に後押しをする。
「実際に戦っている者から聞いてみないと分からないが、ただの犬亜人の群れではなさそうだ」
俺は三人の仲間に気をつけるよう言って、すぐにシュナフ・エディンに行こうと控えの間を出て、神殿都市の東へ向かう事にした。




