戦いに揺れる心
戦いに赴く兵士の気持ち、そうした感覚になるオーディスワイア。
フォロスハートに飛ばされてきた彼も、はじめは恐怖心などに押し潰されそうになりながら、懸命に冒険に出ていた、というお話。
「またなんか小難しい事を考えてる」
前に座るリゼミラが言う。
「ん、ああ……」
顔に出ていたようだ。だが、それも無理ないだろう、戦争での残酷な暴力の有様は、映画や映像資料、その他にも本から得た知識で理解しているのだ。
戦争の恐ろしさは、「日常」という皮を被って隠していた人間の残虐性が、勢いを増して現れ出て、暴力の波に飲まれてしまうところにある。
理性よりも暴力を受け入れてしまえば、敵だろうと味方だろうと、どちらにしても平時に持っていた均衡感覚は失われ、精神的に破滅を齎す事すらあるのだ。
「戦争に突入する不安があるのは理解しているけれど、もう少しあたしたちの力を信じてもいいんじゃない?」
そう言われはっとする
冷静になって考えてみれば──以前の俺達は、危険な存在を相手に勝利を収めてきた。それも、巨大な化け物とも渡り合ってだ。
(地球での戦争の──人対人の戦いを想定していたが、そうじゃないんだった)
こちらの世界には魔法もあるし、気による肉体の強化など、個人の戦う技術も、段違いに高い。
ただ剣や槍や銃を渡されて戦うのとは訳が違う。俺自身も、相当の強さを手に入れたんだった。
それに相手は人間じゃない、犬亜人だ。
言葉を喋る事もなく、凶暴で、獣が二足歩行を始めたかのような生き物。
武器を扱う知能を持った相手だが、魔法はほとんど使ってこないと聞くし、武器などの装備にしたって、魔法が掛かっている物など作れはしないはず。
そう考えると気持ちがいくぶん楽になる。
「そうだったな、俺達三人で冒険していた頃は、敵の数も、大きさも、凶暴性も──途方もない敵と戦ってきたもんだ」
それに加えてレオシェルドも居るのだ。
「そうそう、大船に乗ったつもりで任せなって」
そういえば昔、冒険者になり立ての頃の俺は──よく不安や恐怖から、考え過ぎていたものだった。
リゼミラは血気盛んで、危険な戦いにも先陣を切って臨むが、俺はどちらかというと慎重に考えてから行動するよう、注意していたものだ。
アディーディンクはそんな俺とリゼミラの間に立ち、上手く活動方針を決定して、時に慎重に、時に大胆に戦いに赴いたのだった。
(そうだ──戦争と言っても、互いに強力な兵器で殺し合うようなものじゃないんだ)
魔法で多くの敵を攻撃したり、味方を守ったりする事だって出来る。──さらに怪我をしても、ある程度は治せるのだ。
悲惨な戦場の切った張ったをするのではない、むしろもっと残酷な、一方的な蹂躙。
蛮族(犬亜人)を撃滅するだけの、武力による制圧になる可能性だってある。
(そのばあいは、俺達は理性などかなぐり捨てた、危険な殺戮者になりかねないな)
むろん相手が人間であるなら降伏を勧告し、無駄な血を流させないよう振る舞うが──今回は、話などまったく通じない相手なのだ。野蛮できけんな侵略者。これを退ける役割を求められているのだ。
「少し用心深くなり過ぎていたようだな」
俺は前に座っているリゼミラとアディーを見た。
「かなりの数で迫ってくるとしても、ぼくの魔法で撃退して見せますよ。それでもまだ押し寄せて来るっていうのなら、そこは退却しつつ、こつこつと相手の戦力を削いでいって、最終的に勝利すればいいんです」
アディーのその言葉は、冒険者時代にも耳にした事のあるものだった。
手強い敵として名高い「混沌の尖兵」に、初めて戦いを挑もうと決めた時も、俺は相当慎重に作戦を決めて臨もうとしていたが、やばくなったらアディーディンクに回復させながら突撃する、といった無茶な事を言うリゼミラを抑え、アディーは冷静に「こちらが被害を受けるばかりで、相手に損害を与えられない状況なら、すぐに撤退しましょう」と言った。
俺が考え過ぎて答えを出せない時には、冷静に撤退を推奨するアディーと、前へ前へ進もうとするリゼミラに押されながら、俺は危険な戦いも、この二人と共に乗り越えて、自信をつけていったのだ。
俺だけだったら「金色狼の三勇士」などと呼ばれるほどの冒険者には、なっていなかっただろう。
傷つくのを怖れずに進むリゼミラと、考え過ぎる俺を上手く操縦していたアディー。この三人の関係があって初めて、効率的な活動が取れていたんだ。
「アディーにもリゼミラにも、そしてレオにも今回は頼らせてもらおう」
そう告げた俺に、アディーは見透かしたみたいに「ですね」と口にして楽しそうに笑う。
俺の隣に座っているレオを見たが、奴は腕を組んで目を閉じ、まるで眠っているみたいに馬車に揺られている。──その顔には、戦いに臨むという緊張や恐怖は、まったく浮かんでいない。
(どうも俺だけが弱気になっていたようだな)
地球での戦争の危険を伝える知識は、こちらのそれとイコールではない。それを考慮すべきだった。
戦いの場から長いあいだ離れていた為に、不安ばかりが心に浮かび上がって、正確な分析や判断が出来ていなかった。これでは冒険者になったばかりの頃と何も変わらない。
気の弱い、臆病な冒険者では、戦士にはなれない。戦いの場に必要なのは──冷静な思考と判断力、決意を持って戦いに臨む強い意志。
覚悟を持った者だけだ。
俺達はそういう意味では、多くのものを背負い、責任と覚悟を持って戦い続けてきた。志のない戦いへの参加は、ただ力を奮いたいだけの、争いを求める闘争心や加虐心でしかなかったりするが、しっかりとした理念を持って戦いに臨む時、人は色々な考えや理想の下、尊厳を持って戦う事が出来る。
(俺も年を取ったものだ)
気弱になるのは不安を感じるからだ。
不安は弱気を誘い、弱気になると恐怖が襲ってくる。
不安には理性や強い意志で対抗し、恐怖には勇気を持って立ち向かう。
不安や恐怖をなくす事は出来ないが、抵抗する事は出来るのだ。それらに負けないという強い気持ち、覚悟や意志をしっかりと堅持し、立ち向かう勇気を振り絞る。
初めての命懸けの戦いに臨む時、若かりし頃の俺は、恐怖に打ち勝とうと虚勢を張るのではなく、なんとか理性を働かせて、慎重に危険を回避する努力をしていたが──万全な対応などない。
危険を前にして足が竦んでいては戦えない、それを悟ったのは──何度目の戦闘だっただろうか。
こちらの世界に来て、初めての冒険と戦闘。
殺るか殺られるか、そんな命の遣り取りに初めて踏み出すには──
気が滅入るほどの不安や恐怖を払拭し、自分の心を駆り立てる闘志を沸き立たせるのが一番だ。
そして俺の場合それを果たしたのが、共に戦う仲間の存在であり、フォロスハートに住む人々の生活を守るという役割、任務を意識しての活動だった。
人間は決して一人では生きられない。
それを支えるのに力や勇気を振り絞って、冒険へと向かう活力にしていた。
自分を生かし、仲間を、自分の属する集団を守る。
そうした気持ちを盛り上げる事でやっと、戦いへ赴く勇気を持てたのだ。
今、それをはっきりと思い出した。
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