パールラクーンの大地へ
パールラクーンでもオーディスワイアの迷いや、過去について語られます。
戦場へ自ら足を運ぶのには勇気が必要ですね。
朝食を食べ終えると、いつも通り本日の予定を皆で確認する。
「俺たちは今日からパールラクーンへ向かう。向こうでの仕事もあるので、帰りが何日後になるかは分からないが、こちらはいつも通り、訓練と冒険に向かってくれ。それと──」
カムイとリトキスに視線を送り、頷く。
「武闘大会の応援には行けないが、思い切りやってこい。できれば──そうだな、三位以内に入ってくれたら御の字だな」
その言葉にリトキスはさらりと受け流すみたいに肩を竦め、カムイは重々しく頷いて見せた。
副団長の話に移る前にメイが立ち上がって、こんな事を言い出す。
「連絡をくれれば、いつでもパールラクーンに向かうから。助けが欲しい時は、いつでも言ってね。団長」
少女はいつもと変わらない表情でそう言ったが、彼女なりに心配しているのだというのは伝わった。
「ああ、分かったよ。緊急事態の時は、向こうに居る管理局の職員に通信して、助けを求めるようにする」
そう応えるとメイが椅子に座り、その隣でユナがほっとした様子を見せる。
副団長が今日から数日の主な予定と、武闘大会について説明すると、朝礼はお開きになった。
俺とレオは自室に戻ると、防具を身に着け、着替えなどを入れた背嚢を背負い、玄関にやって来る。
俺は軽硬合金の胸当てと籠手を付け、レオは竜鱗を張り付けた竜革の鎧や籠手を身に着けていた。
「その鞄は?」
俺が背嚢以外に、肩から提げた鞄を持っているのを見て、レオが尋ねる。
「薬とか、錬成した道具とか、色々だよ。あとは小獣人用の武器と防具とかな、悪いがそれらも運んでもらうぞ」
そう言いながら義足の確認をしていると、玄関に腰かけた俺に白猫のライムや、その子供達が近寄って来て、体をこすりつけてくる。
「なんだなんだ、暑苦しい」
「ニャァ──」
ライムが鳴くと、子猫達もウニャウニャ、ミィミィと鳴き出した。
「よしよし、しばらく留守にするからな」
それぞれの頭から背中を撫でてやって立ち上がると、レオと共に庭へ出る。──そこには仲間達が待っていて、見送りの為に待っていてくれたようだ。
「見送りなんていらんぞ、すぐに帰って来る。──心配するな」
レオも新人達に声を掛けて、さっさと外に出て行った。
「気をつけて」
心配そうなレーチェの声。
「大丈夫だよ、旅団の事は任せるぞ」
行ってくる、そう告げて宿舎の外に出る。
いつも通りの朝の風景。鍛冶屋の前には二人の徒弟が待っていて、彼らは黙って頭を下げて俺を見送った。
(そうとう頼りなく思われてんな)
そう思ったが、全盛期の俺ならともかく、片足を失ってからは冒険にも出なかったから、無理もないか。パールラクーンの危険な生物よりも、今回は犬亜人との戦争に加わるかもしれないのだ。
どちらが危険かなど分からないが、小獣人の国に着くまで、戦いに巻き込まれたくはない。
──いや、犬亜人との戦いの前に、向こうの生物と戦って慣れておいてもいいか、そんな風にも思う。 転移門のある広場に行くと、リゼミラとアディーディンクが待っていた。
アディーは昔と変わらない法衣に身を包み、リゼミラは真紅鉄鋼を多く使った鎧と籠手、脛当てなどを身に着けている。──それらは真新しい装備で、錬成による強化も施されているらしい。
「いよいよだね、こうして集まって出かけるなんて、昔を思い出すね」
リゼミラはまったく気負う様子もなく、俺やレオの顔を見てそう口にした。
「冒険に行くんじゃないぞ、戦争だ、気を引き締めていけ」
足下に置いてあった荷物を背負うと、リゼミラは「わかってるよ」と応えて、俺の手にしていた鞄の一つを手にした。
アディーも似たような調子で、戦争に向かうという恐れは感じていない様子だ。
それとなく戦争での戦いに巻き込まれるかもしれないんだぞ、と釘を刺すと、小さな大魔法使いはこう言った。
「──まあ、そうなんですけど。ぼくたち三人に加えてレオシェルドさんも居て、不安や恐怖は特に感じませんね。もちろん数の多さで来られると厄介ですけど、それに対しても、なんとかなると思いますよ」
と気楽なものだ。
昔の冒険でも俺達三人に対し、十倍以上の敵と交戦してきた経験もあるが、アディーの楽観的な態度は、自分の魔法使いとしての実力と、強力な仲間の戦闘能力を信頼しているからなのだろう。
確かに、俺自身も犬亜人ごときに負けるなど思わない。戦いの中で研ぎ澄まされた技量と感覚は、数の不利を覆すだけのものを持っていた。
それは俺だけではない、リゼミラもアディーもレオも、それぞれが単身で大勢の敵を打ち破る力と技量を持った、達人の位階にある者達だ。
「……そうだな、戦闘になったら、全力でぶち当たるだけだな」
「ぼくも魔法で援護しますから」
「ほら、行くぞ」
リゼミラはまるで、これから遠足にでも向かうみたいな調子で荷物を持ち、転移門へと歩いて行く。
パールラクーンに通じる転移門は、広場の隅に位置する場所に設置され、門の左右に兵士や管理局の職員が待ち構えていた。
門の近くにテーブルや木箱が置かれ、通信機を持った職員がこちらを見て声を掛ける。
「オーディスワイアさんですね、お話は聞いています」
メリッサがすでに手配をしていたのだ、余計な書類などを書く必要もなく、転移門を通る事が出来そうだ。
「通信機は、こちら側と転移門の向こうでは繋がりません。だから、転移門の向こう側にある通信伝達員に伝えてください。そうすれば伝達員が転移門を通って、ここから管理局に通信機で伝える事になっています」
「そうか、了解した」
詳しくは向こう側に居る通信要員に話を聞いてください、そう言われたので、俺は黙って頷いた。
転移門の前に立ち、しばし立ち止まって考える。
これから向かう先は、戦場となっている大地。
こちらの兵士や冒険者も敵に立ち向かっている最中だ。俺はその戦いには参加せず──まずは、猫獣人族や小獣人族を守る方法を考え、救う案を提示するのを目的にしておく。
もちろん戦線が逼迫していれば、そんな悠長な事も言ってはいられないだろうが。
「ほら、なに立ち止まってんの? さっさと行くよ」
リゼミラは鼻息も荒く、戦いにのめり込む勢いで、俺の背中を強く、強く叩く。
「いってぇ……!」
思わずつんのめりながら、転移門に向かってよろめいた。
俺はその勢いのまま緑色に光る靄の中に入って行き、パールラクーンの大地を踏むのだった。




