神々の心配
寝台に横になったあと、背中の中心部から、寝台にゆっくりと飲み込まれるみたいな、気味の悪い感覚を味わった。
ぞわぞわとする感覚のあと、自分の体が宙に浮かんだような、そんな感覚になる。
(意識に干渉する何か──)
誰かが俺を呼んでいる。
(こんな真似が出来るのは……)
神だけだろう。──強引な手段に訴えてまで俺を呼び寄せるとすれば、火の女神ミーナヴァルズか。
それにしても、これほど強引に俺の精神を呼びつけるとは。
俺は意味もなく、彼女に叱責されるのを覚悟しながら、目を開けて周囲の状況を確認する。
そこは青と白の空間。
自分が雲の大地に寝そべり、青い虚空を見上げているのに気づいた。
「ここは──風の神の領域……?」
上半身を起こしながら呟く。
「そうだ」と、落ち着いた神の声。
声のする方向を見ると、そこには青い仮面を付けた若い男が立っていた。
「とつぜん呼び出してすまない」
と、仮面の男は言いながら、白い雲の中から青色の椅子を二つ浮き上がらせてそれに腰かけ、俺にも座るように言う。
「オーディスワイア。君はパールラクーンに行く決心をしたようだね。──いや、それを止めるつもりもない。ただ──分かるだろう? 私の同胞は、それをあまり快く思ってはいないのだ」
風の神ラホルスはそんな前置きをして、他の三神も、俺の身を案じているのだと説明する。
「もちろん、私も心配している。何故なら、現在のパールラクーンの状況は、あちらの神にすら、制御不能の状態にあるのだから」
…確かに、女神アヴロラが健在の状況で、犬亜人の侵攻に脅かされたままというのは、気になるところだった。
「我々四神の力は、あちらの世界でも通用するが、冒険者を守るにしても限界はある」
転移門先の冒険でも戦場でも、四大神の加護だけでは、身を守る事は出来ないのだ。だからこそ個々の戦闘力や、根性が必要なのだ。戦いとは往々にしてそうしたもの。
理屈や技術だけでは覆せない危機に対し、果敢に立ち向かって行くには、精神的な力が最後に物を言う。
「風の神よ。いずれにしても、小獣人たちを助けるには、俺がパールラクーンへ行く他はないでしょう」
彼女らの作った兵器を稼動させるには、彼女らの力だけでは無理かもしれないのだ。
「分かっている。だからこそ、私だけがこうしてお前の旅立ちの前に、お前に会いに来たのだから」
他の三神が居ては、話が進まないと思ったらしく、風の神だけがこうして、精神世界を通じて会いに来たのだと言う。
「まずは──パールラクーンの中央神殿都市に向かい、神アヴロラから状況を聞き出すといい。きっと、我々には分からぬ事が聞き出せるはずだ」
風の神はパールラクーンの危機について、何か感づいている様子だが、それを話す気はないらしい。
「分かりました。アーカムに立ち寄り、そこで話を聞いてきます」
俺がそう答えると、ラホルスが頷く。
あちらの世界で起きている事柄は、ただ単に亜人対人間という、単純な構図ではなさそうだ。
「用心する事だ。アーカムの周辺は安全らしいが、いつ戦闘になるかは分からないからな」
「はい」
そんな話をラホルスとした後に、俺は眠りに就いた。
神の領域から意識が下降し、そのまま自分の(肉体の)見ていた夢に移行したらしい。
不安を抱え、怯え、膝を抱えている人々や、小獣人の姿。
戦いに傷つき、疲れ果てた戦士達。
そうした人々の間を歩き、不安を煽るような不気味な色の空を見上げ、戦場へと向かう俺や仲間達。
俺自身も相当に不安だったのだろう。
戦場へ向かおうという俺の、心象を表した夢を見たのだ。
薄暗い世界の中で傷つき打ちのめされた人々。
そんな未来になる前に、俺が行動を起こさなければ。
そんな決意と共に拳を握り、ぱっと目を見開くと、窓から薄明かりが射し始めていた。俺はさっと機敏に動いて義足を装着し、部屋の中で義足に体重を掛けるあらゆる動作を確かめる。
「よしっ」
万全の体調とは言い難いが、眠気覚ましに植物に水をやり、朝の訓練を行う事に決めたのだった。
朝食前の軽い運動。
新しい義足にある程度なれたが、まだまだ感触に違和感がある。
力加減を間違えると、左足よりも勢い良く跳び上がってしまう。
「この力を利用して、突進力を利用した一撃ができそうだが」
そう考えて突きを打つ練習をする。
「おぉっ、とっとっと……」
前方に突進する素早い踏み込みの力を剣に乗せて打ち出す。しかし、うまく踏み止まる事ができない。
体が右前方に流れてしまう。左足だけでは踏み止まれないのだ。
「慣れるまでは、力加減をしないとな」
実際に敵の体に攻撃を当てられれば、前方に向かう力を敵に流せるのだが。それがどこまで体に掛かる負荷を軽減できるかは分からない。
通常の戦闘くらいなら、この義足の持つ安定性で、かなりこなせるくらいにはなった。
細やかな足捌きも可能になり、大きく横へ跳ぶような回避行動も安定している。
「よし、これなら……」
と、そこへ子猫を抱いて現れたユナとメイ。
「おはようございます」
「おはよう」
ユナに抱かれた子猫が「ゥニャァ──」と返事をした。
メイに抱かれた子猫は体を小さく丸め、寒そうにしているが、彼女は撫でながら子猫を愛でている。
ユナの腕の中に居る子猫は元気で、しきりにユナの頭の方に背伸びして、彼女に甘えている仕草を見せた。
「今日から、パールラクーンですね」
ユナは心配そうな声を出す。
「気をつけてくださいね」
「ああ」
彼女は敢えて言葉にしないよう気を使っているのか、顔には「心配です」という言葉が滲んだ、不安げな笑顔を浮かべていた。




