ナンティルからの手紙
宿舎に戻って夕食を食べていると、玄関の呼び鈴が鳴った。
こんな時間に来る客は珍しい。
それもかなり焦っている様子が、その鈴の鳴らし方でも分かる。
「誰だ、いったい」
呟きながら玄関に通じる通路に向くと、座っていたエウラが立ち上がり、玄関へと向かうのを見送りながら、その来客の目的は、たぶん俺なのだろうという予感がある。
そしてその予感は的中した。
「オーディス団長。管理局のメリッサさんです」
と、彼女は小走りに近寄って来て、こっそりと耳打ちする。
「ん……そうか」
俺は立ち上がり、玄関に向かいながら、客間に通すべきか、玄関前で済ましていいものかと思案する。
──だがメリッサにとっては、そんなものはどうでもよかったらしい。俺が宿舎から出て玄関を開けると、彼女はいきなり食って掛かってきたのだ。
「オーディスワイアさん! どういう事なのですか! パールラクーンへ、それもシュナフ・エディンに行くだなんて、私、聞いてませんよ!」
「お、そうだったか? 言い忘れてしまったな」
彼女は小獣人のパルトラから、俺が小獣人達を助ける為に行動すると聞いたのだと言う。
「武器や防具の製造、または兵器の作製をお願いしたじゃないですか……!」
彼女は暗い通りを照らす角灯を持った衛兵を連れ、さらになんらかの荷物を持たせていた。
「悪いが急を要する事だ。俺が小獣人族のミリスリアや、旧友のキャスティから助けを求められている以上、俺が行かなくてはならない。鍛冶の事は徒弟に一任してある。問題ない」
きっぱりとそう告げ、明日には出立する事を説明する。
「分かっています、もう止められないというのは。そこで、これを……」
衛兵が背負っていた革袋から、二つの木箱を渡された。
「その中には通信機と監視飛翔体が入ってます、もちろん映像鏡も。それを上手く使って、シュナフ・エディンを守ってください。通信機はパールラクーンに管理局の担当官が居ますので、何かあったらそちらに報告してください。それと、これを……」
彼女はそう言いながら、地図と手紙を取り出す。
「これはパールラクーンの地図。それと、ナンティルさんからのあなた宛ての手紙です。管理局にも応援要請が来ていますが、彼女は今、前線の一つを守る、部隊を率いて戦っているのです」
なんだと──あの女、今度は密偵ではなく、部隊長をやっているってのか。
俺が手紙の封を切ると、メリッサは角灯で手紙を照らしてくれた。
その手紙には「金も支払うから、投石機などを改良して欲しい」などと書かれていた。
あの猫女が「金を支払う」などと書くとは……
いくつか投石機を改造する手立ては思いついていたが、それを造り、研究している時間はなかった。
「管理局としても、すぐに小獣人族の守りに加わるよう、兵士や冒険者の振り分けを考えています。現役を退いた人にも協力をお願いして、今回の案件に取り組んでいます」
もちろん、猫獣人族の事も守らなければ、とメリッサは真剣な様子で口にする。
どうか気をつけて、彼女はそう言い残して帰って行く。
監視飛翔体があるのはありがたい。
これで索敵の効率が格段に上がるのだ。
敵の位置情報をいち早く知る事が、あらゆる戦場で有効なのは歴史が証明している。
俺はナンティルからの手紙をしまい、木箱を持ち上げる。
宿舎に箱を持ち運び、玄関に置いた。明日の出立に持って行く装備の一つになった。
食堂に戻ると、管理局が準備しているパールラクーンの共同戦線に、新たな動きが出来ており、犬亜人の勢力に対して、フォロスハートも本気で反撃を食らわせるつもりなのだと、改めて実感した事を仲間に伝える。
「監視飛翔体を二つ借りた。これを使い、小獣人の国を守れという事だろう」
いよいよだな、そういった表情をしているレオシェルド。他の面々もそれぞれの想いを抱いて、戦地へ向かう仲間を心配する様子を見せていた。
テーブルにメリッサからもらった地図を広げ、パールラクーンの地形を仲間にも把握させる。
「明日は錬成品や小獣人用に作った武器なども運ぶから、それを手伝ってもらうぞ」
そう言って俺はレオ、リゼミラ、アディーディンクの顔を見る。
三人は無言で頷く。
リゼミラは何故かニコニコしているので──俺は不信に思い、その理由を尋ねた。
「ええ? そりゃ、あんたとまた冒険が出来るって考えると、懐かしい気持ちになってね。その義足もなかなかいい感じに仕上がっているらしいじゃん。一緒に犬亜人どもをぶっ殺してやろう」
などと物騒な言葉を口にする。
「勘違いするな、今回のは冒険じゃない。戦争という──危険な戦いだ。下手をすれば、数の勢いであっと言う間にあの世逝きだぞ」
わかってるよ、と返す筋肉女。少々不安だが、昔から俺やアディーディンクの指示には従う奴だった。危険だと判断すれば、後退するという選択も考えられる奴なので、大丈夫だろう。
「レオ」
と声を掛け、仏頂面で振り返った男に一本の太刀を差し出す。
「ん? なんだ、その太刀は」
「俺が打った魔剣の力を持たせた刀だ。魔力と気を吸収し、持ち主を強化する力も持った武器だ」
受け取れと言うと、レオは首を傾げながらもそれを受け取り、ゆっくりと刀を抜く。
「なるほど、大したもんだ」
「明日からはそれを使って、存分に戦ってくれ」
そう言ってやると、奴は物騒な笑みを口元に浮かべ「わかっている」と言いながら、刀を鞘に納める。
レオは「少し素振りしてこよう」と言い残し、宿舎の外へと向かって行った。
こうした事の後で風呂に入り、自室に戻ると、何故かついて来た白い子猫を膝に乗せ、椅子に座って簡単な設計図を描き始める。
ナンティルの依頼であり、メリッサからも頼まれていた投石機の改良案。
投石機自体の改良ではなく、飛ばす物についての改良案だ。
要するにただの「岩」を投げつけるのではなく、「爆弾」を投げつけるようにする。
この爆弾は火薬ではなく、魔法を封入した炸裂弾の様な物を想定している。──爆弾する魔法の結晶体を中心に、周囲を石で囲い、さらにその周辺の石にも「硬化」(短時間のみ発生させる)を掛けて弾き飛ばす。
ただしこの爆弾を乗せた投石機は、魔法を扱える者が操作する事になるだろう。
術式は構築したが、それをちゃんと使えるかは、実地試験をしてもらうしかない。
核となる爆発させる魔法の力と、硬化を掛けた石片を弾き飛ばして攻撃する投石。手榴弾が金属片を周囲に飛ばして攻撃するのと同じ原理だ。
簡単な説明と、魔法の術式を書いたところで眠くなってきた。
清書する時には複写紙を敷いたところに書いて、二枚の設計図を残しておく。
膝の上で丸くなっていた子猫は、すでにぐっすりと眠りに就いている。
「お前は母親と一緒に寝ておけ」
子猫をそっと手に乗せると、ドアを開けて部屋を出て行った。
戦争に突入する覚悟──なかなか持ち得ない感覚でしょうね。
暗い話がつづく感じになるかな……




