魔法の杖の完成と、錬金術の記録
錬金術に関する技術について。
それは人の意識を超えた「何か」からもたらされる、といったものだと言われる。
彫刻家が「素材の中にある像を掘り出す」という事を言う人が居るのも、こうした感覚を表しているのでしょう。
四大精霊の加護を封入した魔法珠を、火竜の角と骨で作った杖に組み合わせる。杖に付与された魔力回路と繋げ、完成した魔法の杖。
自分が作り出した杖の中で、間違いなく最高傑作の出来だ。
細部にこだわり抜き、魔力強化や硬化、劣化防止の基本性能も持たせた一品。
最高の仕上がりだ。
その性能を錬成帳面と、客に渡す錬成品の性能評価書(保証書)に記しておく。
肩の荷が一つ下りた気持ちだ。
そしてなんとなくだが、分かった事がある。
昇華錬成はやはり、その錬金術師の心や、精神性、集中力などが反映されるという事だ。
それは以前の世界で得た情報とも一致する。
錬金術という作業はマンリー・P・ホールの言っているように。
「術(学ぶ過程)を通じ、卑金属(無知なるメンタル体)はことごとく純金(知恵)に変容される。理解する事でチンキにひたされたのである。そうであれば『神』への信仰と接近により、人間の意識は(地上界の金属に代表される)卑しい動物的欲望から、純粋な金色に輝く『神』の意識に変容し、啓示をうけ、救済され、そのなかに『神』を顕現し、僅かなきらめきから高貴な栄光に輝く『存在』へ広がってゆくであろう」
高貴な栄光──それは昇華錬成を心象させる──、その作業を通じて成し得る、術者の精神的な進化。「神への信仰と接近」による「神の意識への変容」を果たす儀式のようだ。
それは自分の体験としては「忘我」の境地だったが、一瞬であっても、神の領域へと迫る体験だった事は間違いない。
極限まで研ぎ澄ませた集中力を以て、作業に没頭する魂に、神が啓示を与える。術者にはそのように感じられるという事だ。
その日は新たな仕事は入らなかった。
昇華錬成を果たした余韻で、残りの仕事は手がつかない状態だったので、むしろ幸運だった。
明日か明後日にはラティフィスが杖を取りに来るだろう。
まさか昇華錬成の起きた品を受け取るとは、夢にも思っていないはず。
彼女の驚く姿が目に浮かぶ。
魔法の杖は保管庫にしまい、徒弟達に鍛冶屋を任せ、宿舎の自室で今回の錬成から学べた事柄について、帳面に書き記しておく事にした。
こうした経験も、錬成指南書として発表し、いずれはそうした個別の錬金術師の経験を纏めた、錬金叢書のような物として著れるかもしれない。
あらゆる方面の研究が進み、積み重ねられた情報が資料となり、より深い技術の深化が進む。
フォロスハートの未来に必要な情報と技術を、これからも残し続けていかなければならない。人々の生命や暮らしを守るのは、世界との調和の取れた技術だ。それは科学であっても、化学であっても、──または魔法であっても同じだろう。
あるいは学問もそうだ。
これらの積み重ねには、個人の力ではどうする事も出来ない。正しい業績を積み重ねるには、何代もの引き継ぎ、受け継がれる意思がなければならない。
個人で出来る学習や研究には限界がある。
それを多くの人々と共有し、さらに後世に引き継いでもらわなければならないのだ。
より良い、綺麗で誤りのない、優れた知性と技術だけが受け継がれ続ける。そうした継承だけが、混沌に囲まれた世界に必要な、現実的な事柄なのかもしれない。
厳しいこの世界の実情を思いながら宿舎に戻ると、庭で訓練をしている仲間達に視線を送り、さっさと自室へ引っ込んでしまう。
体験した事柄はすでに錬金帳面に書き記したが、より深い思索を行って、術者の精神と錬金術の関係性について書き記す事にしたのである。
その思索と研究の中で、改めて多くの書物を書き記した研究者や錬金術師、時には心理学者などの、多くの先人達の思索や研究があったからこそ、今の自分があるのだと理解する。
知性の、理性の発達とは、一人の人間の中で行われた訳ではないのだ。多くの人々の関係性の中で生まれた、人間精神(人類)の軌跡。
そんな事を想っていると、ドアをガリガリと引っ掻く音がする。
「おいこら、やめれ」
俺は立ち上がり、ドアを開けて、その犯人を見下ろす。
「ニャァァ~~」
そこには白い子猫が居た。
母猫のライムかと思ったが、何を思ったのか、子猫が俺に会いに来たらしい。
「なんだなんだ、どうしたんだ」
ドアを開けたら子猫はするりと部屋に入って来て、俺の足にすり寄ってくる。
「ニャァ──」
抱き上げると、ずいぶん大きくなったもんだと改めて知る。体重がかなり増え、掌には乗せられない大きさだ。
廊下に出ると、階段の方からライムと他の二匹の子猫も、歩いてこちらに向かって来るのが見えた。
子猫の一匹は全身が青い毛に包まれ、もう一匹は青と白の毛が混じった子猫。
どちらも俺の姿を見ると駆け寄って来る。
「珍しいな、おまえ達から寄ってくるなんて」
もしかして、新しい小屋を作ってくれた事に、礼を言いに来たのだろうか? こちらの猫は、人間の心に反応したり、呼び掛けに応えたりする事が多いとは思っていたが。
子猫達が足下で「ニャァニャァ」とまくしたてる。
「分かった、分かったから……ああそうか、そろそろ夕飯だしな」
離れた所に座り込んでいる白い母猫は、こちらを見ると立ち上がり、ぴんと尻尾を立てて階段の方へ歩いて行く。
彼女は新設の小屋に向かうと、子猫達を呼び、大人しく夕飯を待つように言っている様に見えた。
「術を(学ぶ過程)を通じ~」
『<象徴哲学体系Ⅳ>錬金術』マンリー・P・ホール著 人文書院
より引用。




