姉想いの暴走妹
妹の登場からはじまる急展開。
もともとオーディスワイアはレーチェを相当に気に入っていましたが。
庭の広場で闘い合うカムイとレオシェルドを遠くに見ながら、椅子に座るリーティスの隣に腰かけた。
「縁談とか何とか……気が早いなんてもんじゃない。まだ互いの気持ちも分かってないじゃないか」
「あら、そうでしょうか? 私はお似合いだと確信していますよ」
「いや、そうじゃない」
似合いだとか、似合わないだとか、そういう問題じゃないだろう。
「互いの気持ちがだな……」
そう言いながら自分の気持ちはどうだったのか、という想いが湧いてくる。
「わかりました、ではもう一度お聞きします。オーディスワイア様は、私の姉であるレーチェ・ウィンデリアを愛する事はありませんか?」
うぐっ、と言葉を詰まらせてしまった俺。
急に問い詰めるみたいに迫ってきたリーティスの顔、怖いくらいに真剣な表情をした少女──その顔が、にっこりと微笑んだ。
「もっと自分自身の気持ちに素直になっても、よろしいのではないでしょうか」
愛する事はないか、と聞かれると答えようがない。──と言うよりも、俺の周りに居る女性の中では、レーチェが一番、俺の好みの類型にぴったりとはまるのは明らかだった。
しかし、そうした想いに強く心を引かれなかったのは、火の神ミーナヴァルズや、水の神アリエイラの存在があった為だろう。
彼女らとの(疑似)恋愛的なやり取りがある為に、身近な女性達に好意に近い感情を抱きつつも、積極的に恋仲になろうとは思えなかった、そういう部分もあったのだと思う。
「素直に──ねぇ、いや、もちろんレーチェの事は好きなんだが……伴侶とか言われると、少し抵抗がある」
まさか俺が水の神と、特殊な関係にあると言い出す訳にもいかず、俺は彼女にどう対応すべきなのか、神と人の間で揺れる──信仰心か、それとも愛か──といった心境だ。
「そんな事を言って、誰かにお姉様を取られてもいいんですか?」
レーチェが誰かのものになる、という想像は──確かに嫌な気分になる。
「好きですよね? お姉様のこと」
俺は迫ってくる少女の怖い笑顔に、渋々と頷いて認めた。
「ま、まあ……結婚するとか、そういうのは置いといて、──好きではある」
そう告白すると、リーティスは満足そうに微笑み、俺から離れて椅子に両手を突くと、「なら大丈夫です」と力強く宣言する。
「お姉様もあなたが好き、オーディスワイア様もお姉様が好き。まったく問題ありませんわ」
少女の中ではすでに、そう決定してしまっているらしい。
レーチェは今、レンネルと闘っていた。
レンネルも剣と盾を使う戦闘定型になり、元々の防御力が一段と高くなった印象だ。
レーチェとの真剣な闘いに周囲に居る新人達も、固唾を呑んで見守っている。
「お姉様の手紙に書かれていたのですが、オーディスワイア様も、以前は剣と盾を手にして冒険に出ていたとか?」
「ああ──ずっと前、金色狼の旅団に入ったばかりのころはね。それから攻撃特化の大剣に変えて、そちらの方が相性が良かったらしく、そのあとはずっと大剣だけを武器にしていたな」
そうなんですかと言いながら、レーチェ達の闘いを見守るリーティス。
「では、お姉様と闘ってみせてくれませんか」と少女は唐突に言った。
「そして、お姉様に勝ったとき、オーディスワイア様から『おまえが好きだ、結婚してくれ!』と告白するのです」
俺は思わず吹き出してしまった。
無茶にもほどがある。
「ばっ……! むちゃくちゃ言うな、そんなことやる奴いるか!」
どこの少女マンガだ。……こっちの世界にも、そんな展開の娯楽小説でもあるのだろうか。
俺は少女の無茶な発言に頭を抱える。
なんだか品の良いカーリアを相手にしているみたいな気持ちになった。あの少女も独特な発言で周囲の人間を混乱させる事がある。
リーティスは俺の背中を叩いて、訓練に参加するよう促す。この強引さは確かにレーチェの妹だと思えた。姉の方もこれと決めたら、とことんまでやろうとするのだ。
レンネルとの闘いもレーチェが制していた。どちらも高い防御と回避能力を持っていたが、レーチェの鋭く正確な連続攻撃の前に、レンネルは場外に追い出されてしまった。
「さあ、さあ、姉も休憩に入ったようですよ。次に場所があいたら姉と闘って、そして勝利の告白ですよ」
「しないしない、絶対にしないぞ」
彼女は立ち上がると、体重を乗せて俺を押し出してしまう。
よろよろと歩き出し、渋々とレーチェの居る方に向かって行く俺。
後ろからは期待に目を輝かせるリーティスの視線。
このまま逃げてもいいのだが、それでは格好がつかない。
俺は溜め息を吐き、レーチェとエウラが話しているところへ近づく。
「あら、どうしましたか? そんな真剣な顔をして。……というか見てくれまして? あなたの教えてくれた戦法が綺麗に決まって、我ながら驚いてしまいましたわ」
ん? ……ぁあ、盾を構えて突撃し、相手にわざと躱させて反撃を取る技か。
「あの技は相手の動きを正確に予測して反撃すると同時に、盾で相手の攻撃を受け流すという、鋭い観察眼と反応速度が必要な──単純だが、高度な技だぞ。あれを使いこなすなんて正直おどろいた。かなりの戦闘能力があるんだな」
俺が率直にレーチェを褒めると、彼女は少しびっくりしたような顔をして、こほんとわざとらしい咳払いをする。
「ま、まあ……あなたの教え方がよかったというのもありましてよ。感謝いたしますわ」
エウラは「なんか二人とも、いつもと違う感じですね……」などと呟く。
「そ、そうですかしら……」
「気のせいだ」
さてどうしたものかな……などと考えながらリーティスの方を窺う と、じっとこちらを見つめて無言の圧力で訴えかけてくる。
俺は溜め息を吐き、エウラに向かって「俺に革鎧と、木剣と盾を持って来てくれないか」と頼んだ。
「分かりました」と、彼女は理由を聞かずに武具を取りに行ってくれた。
「どうしましたの?」
「あ──ほら、あれだ。訓練に付き合えと言ってただろ? だから相手をしてやる……といのもあるが、お前の妹に言われたんだよ」
「リーティスに?」
「ああ」と答えつつ、どこまで話そうかと思ったが、面倒なので直球でぶつかっていく事にする。
「お前に訓練で勝って、『結婚してくれ』と宣言しろだとさ」
ん──? という感じで首を傾げるレーチェ。
「はっ? ……はぁっ⁉ な、ななっ、なぜそんな話に……⁉」
「うむ、彼女の中では、俺とお前は『いい感じの仲』だと言うのだ」
おろおろと焦っているレーチェを見るのは楽しい。
顔を赤くしているのは、予想外の言葉をかけられたに所為にしては──赤くなりすぎだろう。
「まったく、あの子は……!」
「というか、見合いの話が出たのは本当か?」
照れ隠しか、長い金髪をしきりに指先でいじっている。
「ええ、まあ……ございましたわ」
「そのときに、お前の態度が妙だったとか言っていた」
具体的な内容には触れずに、わざと曖昧な言い回しをしたが、レーチェはその内容については覚えていない様子だ。
「妹が何を考えているかは知りませんが、オーディス団長が──そんな……けっ、結婚を申し込むなんて事には、どうしたってなりませんわ」
「まあそうなんだが」
そう応えながら、ここで引き下がっていいのか? と心に迷いが浮かんでくる。




