キャシル素材店で買い物を
「しまった、石英もねだっておけばよかった」
などと台車を引きながら大通りを歩いていた時に、そんな事を思い出した。硝子を作る素材も無くなっていたのを思い出したのだ。
まあ買い物には行くつもりで金も持ってきた。台車もあるし、荷物が増えても大丈夫だ。
混沌結晶もそういえば残りは多くはない、まあこの素材についてはいつもの事だが。
素材屋でも滅多に出回らない、だいたい素材屋に持ち込まれた混沌結晶は、取り引きしている錬金術師などに流れるようになっているのがほとんどだ。
俺はまだこのミスランで鍛冶屋を始めてから、それほど素材屋と親しくしている訳でもないので、そうした取り引き相手は一人も居ない。
「ナンティル頼みだったな、そういえば」
素材屋とそうした交渉をしておいた方がいいかもしれない、うちの旅団に居る冒険者が上級難度の転移門にばかり冒険に行くようになり、混沌の悪魔などを狩りに行くようになれば、多少は入手する機会も増えるだろうが。
「それはまだちょっと先かな」
リトキスやリゼミラなら上級へ向かうだけの実力はあるが、問題は魔法使いか……
「ユナとアディーディンクだけが上級に行ける魔法使いだしな……、しかもユナはまだ竜狩りに行ったばかりの上級難度新人みたいなものだし」
ぶっちゃけリゼミラとアディーディンクの二人だけでも、混沌の悪魔を倒す事は出来るだろうが、何が出現するか分からない混沌勢を相手にする場合、二人で向かわせる訳にはいかない。
混沌の悪魔の中には危険な者も多いのだ。
「けどリゼミラも魔法の剣を使えるようになったし、割といけんじゃね……」
あの女の戦い振りを最近は見ていないが、冒険先での活躍を仲間から聞く分には、相当な力を発揮していると耳にしている。
そのうち混沌の魔神もたった一人で撃破するんじゃないだろうか……
「そうなったらもはや人間じゃないだろ、あいつ……」
いやいや、さすがに「無限の混沌領域」に現れる巨大な存在を相手に、単身で勝てるはずがない。集団戦で魔法使いの支援を受けながらでないと、命がいくつあっても足らないのだから。
そうこうしているうちに大通りから脇道に入り、素材屋のある通りに台車を進ませる。
何軒かの素材屋や鍛冶屋(包丁などの生活用品を作る鍛冶屋)が軒を連ねている通り。道幅は台車が二台ギリギリですれ違えるくらいの幅しかないが、俺の引いている台車はもともと横幅が小さい物なので大丈夫だろう。
ここにある素材屋にはたまに訪れるくらいだったが、一軒だけそれなりに贔屓にしている店がある。それが「キャシル素材店」だ。
開放された店の前に台車を停めると、軒先に並べられた箱や台の上に置かれた商品をちらりと確認し、店の中にあるカウンターを見た。
「あ、オーディスワイアさん、お久しぶりです~」
そう声を掛けてきたのは、この店の店名にもなっているキャシルだった。
この店を開いたのはミスランを中心に冒険していた店主なのだが、彼はどうやら店には居ないらしい。
「お父さん? いま仕入れにいっているから店にはいないんです」
キャシルの父と母は冒険者だったが、子供が産まれるのをきっかけに冒険者を辞めて、素材屋を開く事にしたという。
別にキャシルの父親と知り合いという訳でもないのだが、この少女が冒険者や錬金術師などの話に通じているので、たまに店先で話したりしているうちに仲良くなったのだった。
キャシルはまだ十三歳くらいの少女。
彼女の名前が店名になっているのは、彼女の両親が生まれてくる我が子の事を想って付けたのだそうだ。
人好きのする明るい性格と年相応の好奇心を持った少女で、両親の影響もあるのだろうが冒険に対する興味も、ふつふつと沸き立っているらしい。
「聞きましたよぉ~、旅団の名前が『金獅子』に変わったらしいじゃないですか。もうミスランになくてはならない旅団の一つですからね」
「耳が早いな。しかしまだ上級の転移門に行き始めたばかりの、これから成長していく団員ばかりだぞ」
いやいや、と少女は首を横に振る。
「売り出し中の『黎明の白刃旅団』はなんか危なっかしい感じみたいですが、『金獅子の錬金鍛冶旅団』は堅実で、着実に階段を上がって行っているとお父さんも言っていました」
少女の父親は俺が現役の頃には冒険者を辞めてしまったが、冒険者との繋がりをもっているので素材を買い取ったり、旅団や冒険者の情報も鋭敏に取り入れているらしい。
「お褒めいただいて恐縮だが、混沌結晶はあるか?」と本題に入った。
「混沌結晶は──無いですね。数週間前にいくつか買い取った記録はありますが、それは『蒼髪の天女旅団』に所属する錬金術師に売ったとあります」
帳面をぱらぱらとめくって答える少女、やはりそうそう出回らないか。
「旅団の鍛冶師さんなら、団員に素材集めを頼めばいいんじゃないですか?」
「そうは言うが、混沌の悪魔などと戦わなくては得られない素材だぞ、危険が大きい。入手できるかも運だからな。──まあ、そのうちにな」
「うちにはそもそも混沌結晶を持ち込んで来る冒険者は少ないですけど、手に入ったら確保しておきますよ。取引先の錬金術師が買いに来たらそっちへ回しちゃいますけど」
確保してないじゃん……と思ったが、取引先より先に来れば売ってもらえるのか。時機が重要だな。──そんな事を考えつつ石英をくれと言うと、それなら山のようにあります、という返事だった。
「ゲーシオンで開かれる武闘大会にも参加されるんですよね?」
石英を秤に掛けて麻袋に入れながらキャシル尋ねてくる。
「ああ、うちの旅団からは二人出すよ。旅団の名前も変わったんで、そのお披露目だな」
すると彼女はにっこりと笑ってみせた。
「ミスラン最強の旅団はどこかって友達の間でもよく話しますが、『金色狼の旅団』『金獅子の錬金鍛冶旅団』『蒼髪の天女旅団』の三つと、最近では『黎明の白刃旅団』なんかも上がってますが、──私はお得意さんの錬金鍛冶旅団を応援しますね」
どこまで本気か分からないような言い方をするキャシル。
俺は肩を竦めつつ商品を受け取り、硬貨の入った皮袋を手渡す。
「まあ──あまり期待せずに見守ってくれると助かる」
まいどありがとうございます、少女はそう口にしながらニコッと笑顔を作った。
「私が仕入れた情報によると、達人と名高い剣士のレオシェルドさんも旅団に加わったとか。これは期待されるに決まっているでしょう」
まるで何かの審査員みたいに語るキャシル。
俺は苦笑いしながら店を出て台車に荷物を乗せると、それを引きながら──レオの情報がもう広まっていたのかと驚いたのだった。




