小さな錬金術師
高評価に感謝します。たくさんのブックマークありがとう!
今回登場のベィンツ君は賢く、礼儀正しい少年。次話に出る若者は、自惚れた──愚かさあふれるタイプです(笑)
次話は日曜日のお昼頃に投稿予定です。
哀しそうに笑うアリエイラの手を握り、彼女に謝罪すると──少女の姿をした水の神が、首を横に振った。
「いいのですよ。あなたはこちらの世界に、あなたの居た世界で起きた、自然と人々の不和を齎す因子を持ち込む事を恐れているのでしょう」
そう言い当てる。
「因子」が何を指すかは──まあ、不明瞭なものであるのは間違いない。人の魂や精神と結びつくような、「心のあり方」と言った方がいいかもしれないものだ。
人の傲慢さ、手前勝手さが齎した、自然との軋轢。そこから生まれる自然環境の変化。そういったものがフォロスハートに生まれる事を恐れている。
だが、神が言うには──彼ら四大神が元々は精霊だったのを思うと複雑だ──人間と自然との対立関係は、必然とも言えるものであるという。
「人々の生活は自然から離れ、独自の生活環境を求める部分に重きが置かれます。それは人類の進化からすると──ある程度、当然と言えるのではないでしょうか」
自然の力を司っていた精霊であったアリエイラから、そうした言葉が出るのを複雑な想いで聞いていた。
果たして人間は──神からも自然からも離れて、独自の価値観や生活環境を持っていれば、善く生きる事が出来るのだろうか? 肉体的にも精神的にも強い戦士が、戦場で神頼みをするのは珍しい事じゃない。
それは人間は神(という勝者)の前には弱者だという考えからくる、ある種の諦観。──それとも人生の空しさを受け入れた者の、一種の開き直りに過ぎないものだろうか。
最期に頼れるものがあるというのは、心強いのではないだろうか。例えそれがまやかしに過ぎなかったとしても、それを信じている限りは──人は、強くあり続ける事が出来るのだから。
ずっと手を重ね合ったまま、俺と水の神は無言で通じ合ったみたいだ。そっと指を絡め合うと、彼女は優しく微笑む。
──そこへ、いい雰囲気を台無しにする来訪者が、再び扉を叩く音がした。
「あ、あら。また──誰でしょうか」
少しすると女神と一緒に女神官と少女の神官が入って来た。
女神官の指示に従って、少女が皿などを銀のお盆に乗せて運んで行く。
「申し訳ありません。オーディスワイア殿に会いたい、と言う者が居るのですが……よろしいでしょうか?」
アリエイラは首を傾げ、それはいったい誰ですかと疑問を口にする。
「はい、錬金術師のベィンツです。オーディスワイア殿は知っているでしょうが、ここウンディードを拠点にする少年錬金術師で……」
「綿草から柔らかい『ちり紙』を作った少年ですね」
俺の言葉に女神官は頷く。
「奥神殿にオーディスワイア殿が来ていると、どこからか耳にしたらしく、是非あってお礼を言いたいというのです」
今度は俺が首を傾げた。礼を言われるような事を少年錬金術師ベィンツにした覚えは無い。
「まあ、別に会うくらい構いませんが」
そう答えると、女神官はほっとした様子を見せ、さっそくで申し訳ないが迎賓館の方に部屋を用意したので、そこまで来てくれと言う。
俺はアリエイラとも相談し、ベィンツとの会談が済んだら──湖の方に戻って、拾い集めた物の回収に行くと約束した。
奥神殿を出て、迎賓館の方まで行くと──一つの部屋で少年が待っていた。
巫女見習いや神官見習いに連れられて、部屋まで案内された俺は、長椅子に座る少年と目が合う。
少年は立ち上がると嬉しそうに、にこにこと笑いながら、こちらに歩いて来たのだった。
「はじめまして、僕はベィンツといいます。ウンディードにある錬金工房で働いています。会えて嬉しいです、オーディスワイアさん」
少年が手を出してきたので、俺はその小さな手を握って、頷きながらも──当然の疑問を口にした。
「こちらこそ、柔らかいちり紙をよく作ってくれたと感謝しているよ。しかし──俺に礼を言いたいという事らしいが、いったいその理由は何なのか、俺には思い当たる節が無いんだが」
ベィンツは首を横に振り、錬金鍛冶の指南書を書き、その中で自身の保有する知識を公開した事で、多くの錬金鍛冶師のみならず──錬金術師にも多くの示唆を与えてくれ、フォロスハート全体の利益について、もう一度考えてみようという気運が高まってきたと少年は語る。
「技術を隠し持つのは良くないと、僕も以前から思っていました。もっとフォロスハートに住む人達全体にとって何が良いかを考えるべきだと、そう思うんです」
少年は生き生きと説明する。
「そしてもう一つ、海藻から糖蜜を作り出す錬成──あれはすばらしいです! あの糖蜜のお陰で、角砂糖の値段もかなり下がったみたいですから。……それにしても、西海の大地と接合したばかりなのに、よく海藻から短時間で糖蜜の精製に成功しましたね──僕には無理だなぁ……」
少年の言葉に一瞬ぎくりとする
以前居た世界では海は珍しくは無かった、などと言う訳にもいかない。
「たまたまさ」とスカしてみたが──内心、冷や汗を掻きそうになる。
その後も少年と錬金術や綿草の栽培などについて話をしたが、水の神アリエイラを待たせているのを思い出し、ベィンツと別れる事にした。
「その腕輪……『水の護符』ですか? 奥神殿に入れる人なんて、神殿の関係者以外で聞いた事がありませんよ」
ベィンツはまだ十代だというのに博識で、想像力も豊かな──錬金術師に向いている少年であると言えた。
彼との会話の中で興味を覚えたのは、「鉱山と荒野の大地」を緑豊かにする為の方策を練っている最中だと言っていた部分だ。彼の発想力や技術力に期待して、管理局が協力を求めたのだろう。
そうした物以外にも彼は、海藻から作り出した糖蜜を飴玉へと加工して、販売しようと考えているらしい。
「将来的には冒険者用に、回復効果のある魔法の飴玉を作りたいと思っています」
少年は冒険者の為に作った錬成品をいくつか公開しており、それが商品として道具屋で売られるように手配もしている。ベィンツの中には冒険への憧れのような気持ちがあるのだろう。
肉体的に弱く、戦いに対する覚悟といった気持ちの弱かった彼なりの、冒険への参与の仕方という訳だ。
俺はベィンツと再会を約束して別れた。
少年の「フォロスハートの為に」という、俺と共通する認識を持てた事で、彼との連携を考えて物事を進める未来も見えてきた。若い発想を声に出してもらい、それを実現するのに協力する、といった可能性も出てくるのだ。
迎賓館から奥神殿に戻ると、そこには少女の神官が待っていて、湖の方でアリエイラ様がお待ちです、と告げられた。
湖の方へと向かうと──畔の一部が変化していた。……色とりどりの宝石や結晶でキラキラと反射しているのだ。
「綺麗ですね」
そう声を掛けながら女神アリエイラに近づいて行く。
「そうですね。これほど多くの宝石達が砂の中に埋まっていたなんて、知りませんでした」
白い砂の上を水晶の蟹や海老が行ったり来たりしながら、宝石や霊晶石などの結晶を運んでいる。
「この辺りの物は、もう乾いているみたいですよ」
とアリエイラが宝石の前に屈み込む。
俺の拾い集めていた宝石や結晶だ。
簡易暖房装置を止め、それが冷えるまで待ちながら、少年錬金術師ベィンツとフォロスハートの為に働く決意を確認し合ったのだと話すと、彼女はにっこりと微笑んで見せる。
「あの子は、オーディスワイアに会ってみたいと、ずいぶん前から言っていたみたいですね。きっと、価値観を同じくした先輩だと思っているのでしょう」
そう言いながら女神は、濡れていない宝石を皮袋の中に入れ始める。
俺と彼女は霊晶石と宝石や結晶をそれぞれの袋に分けて入れ、霊晶石を使った錬成品や、魔法の剣について話しながらその行為に没頭したのだった。




