水の神との再会
都市ウンディードへ向かう前に、木箱にしまっておいた水晶の腕輪「水の護符」を腕に付ける。これがあれば女神の居る奥神殿にも入れるのだ。
急な事だったので、お土産を用意する事も出来なかったが、作り置きの焼き菓子があるので──その瓶詰めを持って行く事にした。
それと水中深くに潜り続ける為に、呼吸器を持って行くのも忘れない。
指には発光結晶を付けた指輪をして行く。これで照らしながら霊晶石を探す方が楽だろうと考えたのだ。
湖の深さは分からないが、あの大きな水の神──その顕現体である竜が住む場所だ。相当の大きさと深さがあるだろう。
神聖な領域に入るので、朝から風呂に入って体を念入りに洗っておいた。これは自分なりの誠意だ。
「では行って来る」
ライムに声を掛けると、彼女は「ウニャァ──」と鳴き声を上げて応えたが、眠そうに子猫達と一緒に横になっている。
寒くなったせいか、あまり庭にも出なくなった。
階段横の空間に、ちょっとした木製の運動場所を用意しているが、高い場所に上ってじっとしていたり、狭い場所に隠れたりする事の方が多そうだ。
俺は宿舎を出るとウンディードに向かう馬車に乗り込む。
それほど時間が掛からずにウンディードまで来たが、一緒に乗り込んでいた冒険者らの会話が気になって眠れなかった。
彼らの話の中に「黎明の白刃旅団」の名が出たのだ。この旅団は若手達の間で人気を博しているが──あまりに実力主義で、仲間内でも厳しい訓練をしたり、冒険先でもかなり無茶をしているらしい。
若者同士の切磋琢磨の関係なら良いのだが、あまりにも勢いのみで活動している旅団のようだ。
何しろ彼らに指示を出す年長者が居ないようなのだ。旅団や冒険に関する経験のある司令塔が居ないのに、短期間で中級難度の転移門にまで進出しているのは──かなり危険なのではないか、そんな風に他の旅団からは見られているのだろう。
新しく作った旅団であっても、他の旅団活動から経験を得て立ち上げるのが一般的だ。
無謀な考えを持つ若者達によって立ち上げられた旅団は、勢いに乗っているのは確かだが、実績を上げようと躍起になっている感は否めない。
管理局が旅団の統制を執る、新しい部署を立ち上げると言っていたが、早くした方がいいのではないか。余所の旅団の事とはいえ、多くの若者の将来に関わる事柄だ。看過する事は出来ないだろう。
馬車は神殿の前に停まり、そこで降ろされた。
その一つ前の停留所で冒険者達は降りて行き、転移門から冒険へと向かうのだろう。
俺は神殿を迂回して、神殿の裏手に回る為に神殿の敷地内へ入る許可を貰い、奥神殿へ向かって行く。
神殿管轄区への門を守っていた神官見習いは、水の護符を見せられると、すぐに門を開けて庭先へと通してくれた。
庭の中を進む道を通って裏手へ向かい、木立の中を進む道を歩いていると、道の先で人が待っているのが見えた。
「お待ちしておりました」と巫女が頭を下げる。
水の神に仕える巫女だろう。──彼女は「こちらへ」と言って、奥神殿の白と青い輝石の輝く建物の横を通り過ぎると、木々の間を通る石畳を歩き、先導する。
その道の先には青い光が満ち溢れ、広々とした空間が広がっていた。
大きな湖の畔まで来ると、そこにはアリエイラが待っていた。彼女は水色の上着に青い長スカートを履いている。
案内を勤めた巫女は、女神に一礼すると湖から去って行く。
「オーディスワイア……なんだか、しばらく見ないうちに冒険者の頃みたいな、戦士の様な体つきになっていませんか」
そう言われ、俺は「う──ん」と考える。
最近は鍛冶仕事の後に、仲間達の訓練に付き合ったりしていたせいかもしれない、そう告げながら湖の畔まで来ると──女神は両腕を広げて立つ。
俺はそっと近寄ると、優しく抱き寄せられた。
「こうするのも、ずいぶん久し振りのような気がします」
「まあ……精神世界で何度か会ったくらいですから……」
そう言いながら彼女から離れ、持って来た革袋の中から焼き菓子の入った瓶を取り出す。
「俺が霊晶石を探している間、これでも食べながらお茶をして待っていて下さい」
彼女はここで待っていてもいいのですが、と言うので「いや、俺は裸になるので──それはちょっと」そう応えると彼女は頬を赤らめ、それでは奥神殿で暖炉に火を入れて待っていますと残し、森の中に続く道へ歩いて行く。
水の神の後ろ姿を見送ると、俺は小さな麻袋を取り出し、体を拭う綿織物などを用意して衣服を脱ぐ。
簡易暖房装置も持って来た──予想通り、湖の周囲は結構肌寒い。水に潜った後に付けようと思っていたが、このままでは湖畔に立つだけで体が冷えてしまう。
水に足を付けると、そこまで冷たい温度では無かったが──その中に長時間入る事を考えると、かなり厳しい気がしてきた。
「まず運動して体を温めよう」
言いながら屈伸したり、準備運動を始める。
水の中に入るのに義足を付けたまま行く訳にはいかないので、陸地に置いていくのだが──片脚で泳ぐのは大変そうだ。
運動をしながら覚悟を決めると、口に呼吸器をくわえ、指に発光結晶の指輪を掌側から光が出るように付け直すと、麻袋を持って湖の中へと入って行く。
白い砂利の敷かれた浅瀬を四つん這いの格好で進む。浅瀬は段々と深くなり──そこから先は急に深くなっていた。
俺は自らの重さで下へ下へと潜って行く。
四つん這いで砂地を掴むように這っていたが、指輪の明かりを付けると、深い水底に向かって泳いで行く。……コポコポと呼吸器から小さな泡を吐き出しながら、湖底に向かって進んでいると。
光を当てた先に砂がボコボコと動いている場所が何カ所かあるのを発見した。──地下から水が湧き出しているのだ。
その白い砂の周辺が特にキラキラと光を反射させている。
霊晶石だろうか。
俺は心が高鳴るのを感じた。
あんなにも多くの光の粒が、俺が来るのを待っているのだ。……いや、待っていないかもしれないが。──この際そんな事はどうでもいい。
湖底へ向かう前に辺りに光を当てながら見回してみたが、湖の奥に──より深い場所があるみたいで、その遠くの部分までは光が届かなかった。
美しい完璧な透明度を誇る湖の中だが、何よりも湖底の砂まで綺麗なのだ。
やっと湖底に辿り着いたが、上を見上げると──湖面はたぶん、百メートルも無い場所にあるだろう。
砂地に膝を突くと砂の中に手を入れて、結晶を探そうと砂を持ち上げてみる。
すると砂の中から、指輪の光を受けてキラキラと様々な色に光り輝く石が出てきたのだ。
それらは霊晶石だけでは無かった。
無色透明な霊晶石に混じって、青玉や翠玉、紅玉に柘榴石など……様々な宝石が出てきたのである。
(湖の中の宝石箱や~~)
ゴボゴボと泡を吐き出しながら、俺は夢中になって霊晶石や宝石を拾い集めたが──まだ他にも水が湧き出す場所があり、しかも水の出ていない場所でも、かなりの量の霊晶石に宝石などが見つかったのだ。
一度、麻袋に詰めた物を持って湖の畔へ引き返す事にした。
重い麻袋を背負いながら、のろのろと湖底を這って陸地に上がる。
陸に来るまで結構な体力を消耗してしまった。
小さな麻袋だが、調子に乗ってかなりの量を運んで来てしまったのだ。
乾いた砂地の上に麻袋の中身をぶちまけると、霊晶石が半分くらい、その他は色とりどりの宝石類や水晶が大量に出てきた。
全部で二百近くはある。
大きさも小指の先くらいの物から、鶏の卵の小さい奴くらいの物まであった。
レーチェが聞いたら羨ましがるのではないだろうか。
しかし……あまり大量に採っても持ち帰る事は出来ないし、この湖の持ち主である水の神にも礼を欠いた行為だろう。
宝石や水晶はなるべく採らないでおいて、まずは目的の霊晶石を採るべきだ。そう考えると──もう一度、湖の中へと入って行くのだった。




