旅団の立ち上げと侍女リーファ
「あ、あら? そんなにへこまれると、こちらが何か悪い事をしてしまった気持ちになるのですけれど……」
「いや、お前……レーチェの言う通りだな。しかし俺には人を束ねるなんて──あの頃はまったく思いも寄らなかったし、鍛冶師としての腕を磨こうと決心して、すぐに旅団を抜けてしまったからな」
レーチェによるとリトキスは、各地を回っている途中でクラレンスに立ち寄り、当時冒険者になる事を本格的に決心した彼女の、冒険者の指導者として紹介されたのがリトキスだったのだ。
「たった一ヶ月間でしたけれど、あの方からは探索や戦闘での技術情報をしっかりと学びましてよ」
彼女はそう言って大きな胸を張る。
「なんだ、たったの一ヶ月間か」
「何か仰いまして?」
「ところで私に何か用でも? 旅団の立ち上げについてでしたら、ここミスランで本拠地となる場所を捜している最中でしてよ」
彼女はそう言って紅茶を口にする。優雅な動作なのだろうが、ついつい上下する胸に目がいってしまう。
「それなんだが、すまん。お前の旅団に錬金鍛冶師として雇われる訳には行かなくなった」
彼女は一瞬怒った顔をしたが、紅茶の器を低いテーブルの上に置き、静かに「理由を」とだけ言った。
そこで話を元に戻し、女神から旅団を立ち上げるよう求められた事を説明し、もし旅団を立ち上げるなら俺を団長兼鍛冶師として使うか、俺が立ち上げる旅団にレーチェが団員として加入するか、どちらかだと説明した。
「なぁんだ、そんな事でしたの」
レーチェはあっさりと言う。
「別に誰が立ち上げるとか、団長が誰だとかどうでもいい事ですわ。私は自由に冒険ができればそれでよろしくてよ。──でしたらあなたが旅団を立ち上げる形の方が良いのではなくて? 『金色狼の三勇士』の一人が初代団長の方が、箔が付くでしょう?」
結構考えてるんだなと言うと。
「あなた……私をバカにしてらっしゃるの? 経営の事は領地の管理の仕方から街全体の収支、一軒一軒の店舗の事まで全て学んでいるつもりでしてよ」
おう、さすが貴族。なら旅団の経済面での運営はレーチェに任せるな。俺がそう言うと彼女は。
「ま、まあ任されましてよ……ですが、私は冒険がしたいのです。旅団の運営が複雑化した時は、私の侍女などに任せる事になるかもしれなくてよ」
彼女の言葉に、その侍女は俺が倒れた時に身体を支えてくれた奴かと尋ねた。
「ええ、……良く分かりましてね? 彼女は私の優秀な侍女兼、私の護衛ですのよ。今もそちらの部屋にいますわ」
「だろうな、護衛というか、彼女も昔冒険者だったんだろう」
俺の言葉に彼女は「さすがですわね」と言って驚きの表情を一瞬見せる。何でも武器を使わずに戦う対人戦闘を、その侍女から学んだらしい。
「リーファ、来なさい」
そう呼び掛けると奥のドアが開き、侍女姿の女が姿を現した。
稲穂色をした長い髪を後ろで纏め、翠玉色の美しい瞳は、やや鋭い視線でこちらを見ている。身長が高く、俺とさほど変わらない(百八十センチ近くはありそう)背丈だ。
「リーファ」
そう言ったのはメイであった、少女は立ち上がり侍女の方を見つめていた。ドアを開けて入って来た鉄面皮の女も、眉を少し上げて驚いた様子を見せる。
「メイ……? 久し振りね。ずいぶん大きくなって……」
メイは侍女の元へ駆け寄ると、その細い身体に抱きついた。侍女は大きくなったと言っていたが、少女が抱きついても子供と大人の構図に変わりがなかった。
「あらあら、どういう事ですの? うちの侍女とあの娘が知り合いだったなんて──凄い偶然ですわね」
「確かにそうだが、メイは体術の熟練者らしいから、おそらく同じ門下生だったのでは?」
俺の言葉に侍女──リーファは「はい」と応えて「良く分かりましたね」と続けた。
「俺が倒れた時のあんたの動きや腕力、そういったものが、格闘を学んでいる連中のそれと同じだったからな」
そう言うとリーファはくすくすと笑いながら、メイの背中を優しく抱き寄せる。




