ナンティルが相談に
不穏な話が出てきました……パールラクーンでの事ですけど。
猫獣人の生来の性格とは、やはり猫っぽさの表れなんですね。
仲間が宿舎と新しく手に入れた敷地の間にある壁を取り除いている間、俺は鍛冶屋に行き、客から受けた武器の強化や、防具の打ち直しなどの仕事に追われた。
それらの仕事が片づくと、サリエと共に判子作りを行う。木を彫って彫って彫り続ける──昼食前にほとんどの物は出来上がり、完成した木彫りの判子に「劣化防止」の錬成効果を付与する作業を行う。
こうした作業をケベルもサリエも行えるが、今回は一遍に行う為に俺が錬成する事にした。少ない素材で多くの物に錬成効果を付与するのは若手には厳しい。
錬成台の上に判子と不銹結晶を用意して錬成を始めると──誰かが鍛冶場にやって来た。
素材の配置などを行い終えた後に、その人物をちらりと確認すると──その人物は大荷物を床に降ろしているところだ。
猫獣人の行商人ナンティルだ。
ずいぶんと久し振りに会う気がする。以前はもう少し定期的に顔を見せていたと思うのだが……
判子に劣化防止を付与すると、完成した物を点検し、用意しておいた木箱の中に一つ一つ設置していく。
「やあやあ、終わりましたかにゃ?」
そうした作業を終えると彼女は話し掛けてきた。それまではケベルやサリエと話し、彼らの作る商品の買い取りを目論んでいるようだ。
「徒弟の商品もここの鍛冶屋の商品の一つだ、端金で買い叩かせる訳にはいかんぞ」
すると彼女は鼻をひくひくと動かし「そんな事してないにゃぁ」と返事をする。
「どうもどうも、お久し振りだったかにゃ? 本当は早く来たかったのにゃけれど、ごたごたしていて行商に来れない日が続いたのにゃ……」
彼女の言う「ごたごた」は尋常じゃないゴタゴタだったのだろうと推察する。この活力の塊の様な猫獣人が生半可な事で弱音を吐いたり、気弱な発言をするなど無いだろう。
「何かあったのか」
「ん──。いやいや、大した事ではありませんにゃ」
そう言いながらも彼女は、フォロスハートとパールラクーンの間で、新たな商品取引についての取り決めをしよう、という話し合いをした事を説明する。
「へえ、ずいぶんと重要な役職に就いたみたいだな」
「いやいや、こちらの商売に詳しいのは私が一番だろうというだけで、役職に就いた訳ではないにゃ」
そう言いながら彼女は、海産物の取引についてや、犬亜人討伐の為にフォロスハートの冒険者の協力を取り付けた事を説明する。
「フォロスハート側からの提案もあって、それには小獣人族の協力と理解も得られないと駄目だという結論になったにゃ」
「それはそうだろうな。俺がその場に居てもエルニスとの協力なしに進めるなど、フォロスハートとしては受け入れられないと言うだろう」
どうやら相当にパールラクーンの……というか、猫獣人族の勢力図は押し留められているらしい。エルニスも自分達の領土を守るのに精一杯だが、俺が造った魔法の剣を手にしたミリスリアとエスクア──二人の活躍で、エルニスの国「シュナフ・エディン」は犬亜人の侵攻からは守られているらしい。
「エスクアはともかく、ミリスリアも前線で戦っているのか──? むむ……、彼女らを手伝ってやりたいところだが──」
義足を引っ提げて出向き、文字通り戦いの場で足を引っ張るなんて様になったら、どうしようもない。
「冒険者の協力と共に、戦士達の訓練にも力を貸してくれるように頼んだにゃ」
彼らはどうも、共闘という行為に意欲的では無いらしい。生来のものが邪魔をしているんだとナンティルは言うのだが……
「おいおい、それで敵に倒される事になったら意味が無いだろう。生来のものかどうか知らんが、戦争に個人的な感情は関係ない。戦って死ぬか生きるか、それだけだろう」
まあ俺も戦争を経験している訳じゃないが。少なくとも命懸けの戦いなら何度も経験している。
生来のものだから仕方がないなどという泣き言など「犬にでも食わせろ」と、俺はそう言った。
「そんなもの、犬亜人だって食わないにゃ」
ナンティルはムスッとした顔で反論する。
「猫獣人は群れるのがあまり得意じゃないにゃ。戦争だからといって、すぐに一致団結して戦うなんて、そんなに器用じゃないのにゃ」
どうもこの話題になると平行線になりそうだ。
「それはそうと、霊晶石は無いか? パールラクーンでは宝石類が豊富に採れるだろう。結晶や霊晶石が採れるんじゃないのか?」
あぁ──と彼女は腕を組む。
「在庫にはいくらか余裕があるはずにゃ……けれど最近、『ヘルフェルト霊山』にある拠点を犬亜人に奪われてしまったにゃ。そのせいでこれからは霊晶石が手に入り難くなる予定にゃ──」
「すぐ奪い返せ」
「簡単に言うにゃ!」
俺は考え込んだ。これは一度、本気で猫獣人に協力して犬亜人の排除を考えるべきだろう……霊晶石の為に。
自分で言うのも何だが、実利的な判断過ぎたか? しかし猫獣人や小獣人に協力してフォロスハートが戦争に参加するには、そうした利益について考えねばならない。
得る物も無く、人々を戦争に向かわせる判断など──管理局もしないだろう。
うちの旅団からもパールラクーンへ向かわせ、犬亜人との戦いに参加させる事になるかもしれないのだ。
だが霊晶石やその他の物の仕入先でもあるパールラクーンが、犬亜人に占領されるのを避けたいのはフォロスハート側も同じなはず。
犬亜人との戦いに人員を割くほどの余裕があるとも言えないし、危険もある。だがいずれフォロスハートは犬亜人の討伐に向かう事になるだろう。
俺もその為の準備をしなくてはならないかもしれない。
仲間の命を守る為だ。金も時間も惜しむつもりは無い。全力を尽くして彼らを守る武器や防具、錬成品を用意しよう。
「いま持っている霊晶石は全部で十二個ですにゃ」
ナンティルがそう言って皮袋に入った結晶を見せる。
「それ、全部もらってもいいか?」
「もちろん大丈夫にゃ」
「よし、それと宝石や金属の延べ棒もあるなら、それも見せてみろ」
俺がいつになく食い気味に言うので、彼女は黙って頷きながら、大きな背嚢の中から延べ棒や宝石、不銹結晶や各種の精霊石と精霊結晶なども取り出して見せる。
それらの多くを買う事にし、彼女には霊晶石の確保などを頼んでおいた。──これから先、もしかすると霊晶石が不足するかもしれない件については黙っていたが、彼女も商売人なら気づいているだろう。
まだまだ物資の調達には苦心しそうな雲行きである。




