お金は大切! だから金を使え!
夜眠る前に金庫を開けてみた。中身を確認するまでもなく、中は金貨が詰まっていた。なぜ確認せずとも分かるか、それは金庫の横に置かれた皮袋の山があるからだ。
「そうだった、中に入りきらないから皮袋のまま放置していたんだったな」
はっはっは、そんな笑い声を上げるが──これはいかん、いかんぞ。
俺は向こうでもこちらでも、金にはまったく執着しない性格だった。せいぜい病気になった時に医療費があればいいか……くらいに考えて貯金を続け、ほったらかしにしていたのを思い出す。
別に欲しい物がある訳でも無く、旅行や飲食にもそれほど楽しみを見出していた記憶も無い。
こちらでは特に旅行(冒険)に出て、その為に必要な装備を買い揃えるくらいしか金を使った記憶が無い。
小鉢植物園の硝子の器も自作していたくらいだ。何事も一から作るのが好きだった俺は、食事も外食で行った店は多かったが、一度か二度行けば──それで店の味付けの特徴を掴んで、後は自分の家で料理して味を再現する方が好きだったのだ。
「俺って金のかからない男だったんだな」
しみじみと思いながら、この分だと鍛冶屋の金庫も相当だぞと思い直す。
「明日にでも霊晶石を買い占めに行くか」
そんな物騒な宣告をして、その日は眠りに就くのであった。
*****
翌朝の早朝に水やりと神への祈りを捧げていると、ぞろぞろと旅団員が庭に出て来た。
「なんだなんだ」
するとレーチェが指揮を執って、隣の家との間にある石の壁を解体にかかった。上の石壁から石の塊を繋げている粘土部分を鑿と金鎚で削り取っていく。
大人数で壁の中央から外側に向かって作業を開始する。
朝食前には中央に人が並んで通れるくらいの隙間が開けられたが、今日中に終わらせるには訓練する人と、交代交代で作業を継続する必要がありそうだという結論になった。
「壁の解体はともかく、建物の方をどうするかも考えないとな」
朝食時にレーチェにそう声を掛ける。
「そうですわね。せっかく建っている物を取り壊すのもなんですから、あのまま使う事を考えてもいいのでは?」
建物は宿舎と反対側の位置にあり、敷地の端の方に建てられているので、庭の広さはそのまま訓練用の広場として使える。建物は宿舎の予備として使う事にすればいいか……そんな風に話し合う。
「なんだか大きな旅団になりそうですわね」
その新たな建物を宿舎として使うとなると「蒼髪の天女旅団」並の、大きな拠点を持つ旅団になりそうだ。
「だが、あまり多くの団員を受け入れても──それだけの人数を教育、育成できるだけの人員は居ないだろう。これ以上増えるとなるとリトキスやエウラなどにも、冒険よりも若手の育成に集中してもらう事になりかねないな」
それは確かに困りますわね、とレーチェ。
「だろう? しかし若手の育成はフォロスハートの将来を考えれば、それは絶対に必要な事だ。旅団の価値を短い間に高めるか、長期的な目で高めるか。それが問題だな」
若手の育成を行う教官役の人材を入れる事も考えなければならないかもしれない。
大勢の団員を抱えるのは正直に言うと気が進まないのだが。
今のところさしたる問題は起こっていないが、人数が増えれば──間違いなく団員同士で争ったり、何らかの問題が発生するだろう。
「面倒なのは嫌だなぁ……」
そんな風に呟いたのをレーチェに聞かれてしまった。
「面倒事は仕方がありませんわ。人が交われば、そうなるものと諦めてくださいな」
「さすが領を取り纏める領主様だ。よし、後は任せた」
するとレーチェが目を吊り上げ始める。
「じょっ、冗談だ。俺も協力するから……ただ、新しい宿舎についても、団員を増やすかどうかについても、慎重に進めよう」
朝食を食べ終えると、俺とレーチェは新しく購入した建物を確認しに行った。
古い建物だが、壁はしっかりとしているし、窓や扉、ドアなどの立て付けも問題ない。
「問題は床や階段の木の板か……」
それは歩く度にギシギシ、ミシミシと音を立てている。
「これは確かに修繕しなくては使えませんわね」
二階に上がって部屋の一つに入ると、庭の方を見る。──皆が壁の解体を行っており、道路側の壁の近くに石材が集められている。二つの敷地が一つになると、相当の広さになるのが二階から確認できた。
「これでこの辺りの敷地の多くは『金獅子の錬金鍛冶旅団』の物になったな。……まさかこの短期間でここまで大きな旅団になるとは想像もしなかった」
俺が窓の外を見ながら言うと、横に並んだレーチェが言う。
「あら、私はあなたが旅団の鍛冶師となるのを引き受ける返事をした時には、すでにこうなる事が分かっていましたわ。必ず大きな旅団になるというのは、私の想定の範囲内の事ですわ」
何だかどっかの起業家が言いそうな言葉を口にするレーチェ。
窓の外の景色を見ながら、お金の使い方をもう一度考えてみる。このまま部屋にお金を置いていても意味は無い。
死に金だ。
生きた金にする為に経済活動の中に、それをどんどん投入しよう。いざという時の為に金を用意しておくのは個人としては良い行いだが、世の中の需要と供給を回し続けるにはお金の流動性が必要なのだ。
血液の流れが止まれば人体は壊死する。
極端な話、社会経済の血液であるお金の流れが止まれば、経済は崩壊する可能性がある。
偏った血液の流れでは駄目だ、ちゃんと隅々まで循環させなければ意味が無い。
旅団の為に使うのも良いし、鍛冶屋に使うのも良い。
団員や徒弟達のこれからの為に使うのが一番だろう。──もちろんフォロスハートの為になるのならそれが一番だ。
この建物の修繕費は旅団費から出す事になるだろうが、その他の面では俺からも積極的に金を払う事にしよう……
まずは霊晶石を買い集めよう。
……買い占めると印象が良くないし、同業者が同じように買い漁り出すと問題が大きくなるので、ほどほどにするよう注意しなければ。
それにしてもこれからは素材の入手についても、効率的な入手手段を考えていかなければならないだろう……




