黒獅子の来訪
「黒き錬金鍛冶の旅団」から名称が変わる、新たなフラグが立つ話。
前話のレビューの件ですが、なぜ悪意から他人を攻撃しようとするのかを、拙著『地獄の悪魔の解答~』の「人間の攻撃性を自然法則の観点から読み解く」でだいぶ前に書いてあります。<照応性>といった考え方を使った別視点を切り口にして書いているのでやや難しい内容になったエッセイです。読むときはご注意を。
しかし、この照応性という考えは錬金術の基本的な思考方法であるので、錬金術に興味のある方は「エメラルド板」や「エメラルドタブレット」で検索してみるといいでしょう。そこに基礎的なことが書かれています。
金鎚で分厚い金属の塊を打ち付けては、形を整えていく。魔力回路は安定し、地の力もしっかりと根付いている。
「よし、後は装飾部分だけだ」
ある程度の装飾は出来ている。凹凸の部分を削り、輪郭をはっきりさせるくらいだ。
後は金剛石を填め込み、柄を取り付ければ完成である。
「おう、ちょうど一仕事終えたところか? オーディスワイアよ」
急に近くから野太い男の声がして、慌てて振り返ると、そこには五賢者の一人であるヴォージェスが立っていた。
彼は暑い暑いと言いながら、俺の横に置かれた冷房装置の向きを変えると、その冷風を浴びて涼しげな顔をする。
「何しに来たんです? 賢者ヴォージェス」
「うむ、どうも未だに旅団の名前の変更手続きをしていないというのでな、気になって来てみたという訳だ。そう──私からも旅団の名前に、一つ提案があるのだ」
部外者だがな、彼は自分でそう言うと「がはははは」と豪快に笑い出す。
何というか……調子を狂わされる人だ。
「私が呼ばれていた異名『黒獅子』を取って、こうするのはどうだ?『金獅子の錬金鍛冶の旅団』どうだ、なかなか良い響きだと思わんか?」
俺は「う──ん」と考えた。黄金の獅子は錬金術の象徴にもある──太陽を飲み込む獅子──などを思わせるものだ。それは確かに良い着想だったが、若干気になる部分もある。
「しかしそうなると『金色狼』の真似をしたみたいで──何か、嫌な気もします」
古巣のパクリだなんて言われるのも癪だ。
「『金色狼の旅団』とは違うだろう。第一、狼よりも獅子の方が強い。間違いなく強い。いいではないか」
いや、他の旅団と競う気なんて、うちの旅団にはありませんよ。俺がそう言うと、彼は不思議そうな表情をして見せる。
「ほう……そうか、まだ聞かされていないのか? ──まあいい、まあそれは置いておくとしても『金獅子』の事は考えておいてくれ? なかなかいい名前だろう?」
ヴォージェスは謎の言葉を残して「立ち話でこんな話をするのもなんだが……」と前置きすると。
「実は西海の大地との接合の件以来、管理局では改めて世界の真実について、民衆に周知しようという雰囲気になった。──つまり、この大地は、より大きな大地の一部に過ぎない、という事実をだ」そう彼は言った。
管理局ではそれ以外にも、この小さな大地を守る為に人同士の結束を強化しようという話になったらしい。
「旅団や鍛冶屋についても、互いの持つ情報を積極的に公開し、さらなる技術の向上を競い合う中で、フォロスハート全体でより大きく強く発展していこう。そう呼び掛ける事になった訳だ」
なるほど、と俺が頷くと、彼は「がはははは」と再び豪快に笑った。
「『なるほど』ではない。お前が積極的に錬金鍛冶の技術情報を公開したのが起因しているのだぞ。それをダシにして、他の錬金鍛冶師などに呼び掛けていくつもりなのだ」
俺は肩を竦め、フォロスハートの今後の事を考える鍛冶師や冒険者が増えるといいですね、と答えながら──厄介事にならなければなんでもいいや、くらいの気持ちで聞いていた。
仕事は山積みだし、自分の時間を使ってやりたい事もある。
賢者ヴォージェスは「それではまたな」と残し、一人で去って行く。
街の鍛冶工房にやって来て、暑い暑いと言って帰って行った、大柄な老人くらいにしか徒弟達には見えなかっただろう。
あの人や、その仲間達が全盛期に成した冒険の数々があってこそ、今のフォロスハートがあるのだ。
俺は徒弟達にそう伝え、金鎚の装飾を完成させる作業に入った。
深く彫りを入れる所を削り、紙鑢を使って表面を綺麗にし、金剛石の半球を穴に填め込む。魔結液(簡易魔力回路を作る為に塗り込む液体)を穴に垂らし、金剛石を入れて接着した。
……全体的に鋭角な形をした金鎚を完成させると、柄の樫の木を削り、金鎚の頭の部分に空けた穴の大きさに合わせる──もちろん、楔を打つ事も考えている。
緩くて先がすっぽ抜けたら目も当てられない。
楔にも装飾を施した物を用意し、宛がうつもりだ。
それらを一つ一つ作り上げていると、あっと言う間に時間は過ぎ、昼から夕方へと変わっていったのである……
結局、完成は明日に持ち越す事になった。
金鎚の頭の部分は完成し、残すは柄を削って二つを組み合わせるだけだ。
頭と柄を繋げる時に、大きさが噛み合わないなんて事にならないように、その部分は慎重に作る為──一度、宿舎へと戻る選択をしたのだった。
宿舎に戻るとレーチェとエウラ達が洗濯をしていたので、彼女に徒弟が判子を作り始めた事を伝え、五日くらいを目処に完成を待つようにと言っておく。
「それはありがたいですわ。……しかしあなたは、ずいぶんとお疲れのようですわよ。しっかりと休みを取った方がいいんじゃありません?」
するとエウラも「そうですね」などと同意する。
「そうか? まあ、明日の体調を見て判断するわ」
俺はそう返答して食堂まで行く事にした。
その俺の様子を見ていたライムが俺の後をついて来て、食堂の椅子に座った俺の膝の上に乗ると、その場で丸くなる。
猫にも心配されるほど疲れた顔をしているのか? 俺は少し心配になり、その日は風呂場で汗を流すと、ずっと俺の後をついて回るライムと共に就寝する事にした。
少し大きくなった子猫達を巣箱で寝かせ、俺が寝台に横になると、ライムが胸の上に乗って来た。
いつもの様に足を折って、顔をこちらに向けた状態で目を瞑る。
俺は彼女の体を撫でながら、ゆっくりと──眠りに身を任せていった。




