鋼から不純物を取り除け
炉から離れた位置に立つ俺とメリッサ。錬金術師たちや作業員も大勢いる。彼らに危険を伝え、離れた場所から炉を見るように言うと、さっそく実験を開始する。
これだけの大きな炉に行うのは初めてだ。俺が勤めていた鉱工業の小さな会社でやっていた作業だが、炉の中に薬品をぶち込んだらすぐに離れていた。
炉から噴き出す火花の勢いは凄まじく、正面に立っていたら火傷では済まない。
小さな町の工場だったので、炉は新しい物ではなかった。俺は扱った事は無いが、電気炉なんていう物もあった。
電気で熱を起こすのだが、アーク式だの高周波誘導式だので、くず鉄を酸化精錬したり、残った不純物を取り除く還元精錬などという行程があるらしい。
一度、大手の工場に見学に行ったのだが、自分の会社との差を如実に知り、戦慄したものだ。
「あ──こりゃ敵わんわ」
そんな言葉しか出なかった事は良く覚えている。
炉を傾けている作業員は手渡された白い結晶を握ると、離れた場所に居る上司の顔を見て頷いた。
上司が頷き返したのを確認すると、男は炉の中に結晶を投げ入れ、すぐにその場を退避する。
次の瞬間、燃え上がった炉から火花が噴き出し、凄まじい勢いで飛び散った。バシバシと音を立てて降り注ぐ火花が、床に敷かれた鉄板に落ちてころころと転がる。
炉の中から噴射する火花はまるで花火の様だ。
それがしばらく続き、橙色の火花がしだいに弱まって行くと、周囲からざわざわと話し合う声が聞こえてきた。これで金鎚で叩いたり、円筒圧縮機にかけなくていいのかと、そう話しているのだろう。
次に灰色の結晶を投げ入れると、先ほどよりは弱い火花が飛び散り、不純物の除去が終わった。
「これで粘りのある鋼になっているはずだ。せっかく大きな金鎚があるなら、火花が出るか試しに打たせてみよう」
メリッサに言うと、彼女は長い柄の先に付いた金鎚を持つ作業員に声を掛け、流れてくる溶けた金属を打つように仕草で呼び掛ける。
男達は流れてきた真っ赤に燃える金属を叩き始める──が、火花はほとんど出ない。それを周囲で見ていた者達から拍手が起こった。
「これなら『神の手』の装甲も簡単に作り出せるかな?」
メリッサに尋ねると、彼女は大きく頷く。
「もちろん。さっそくあなたの作った結晶を量産するよう、錬金術師に指示を出しましょう。あなたにも新技術開発費を用意しないといけませんからね」
俺はその前に、せっかくここまで来たのだから、「神の手」の姿を見ておきたいと言う。すると彼女は「では、下の階層へ向かいましょう」と言って昇降機へと向かった。
昇降機はまた、かなり下の方へと降りて来たようだ。二、三分くらい掛かってやっと、次の階に止まり、ドアが開いていく。
そこは先ほどの階と同じく、床には石や金属の板が張られ、人も数多く働いている場所だった。
違うのは、通路の先に大きな隔壁と広間があり、そこに大きな甲冑が膝を折って待機している場所がある。
その広間に来ると、天井の高さや壁に設置された大きな武器や盾などが目に入る。──それらはこの、巨大な甲冑が手にする武装だ。
銀色の大きな甲冑──「神の手」と呼ばれる神騎兵の周囲には、足場が築かれ、天井から下がった起重機で装甲が運ばれ、背中に取り付けられるところだった。
壁際に置かれた金属の大きな棚にも、武器や装甲の一部などが置かれ、大勢の職員が忙しなく動き回っている。
金属の匂いに満ちた場所だ。
ここにある神騎兵は一騎のみだった。他の機体は混沌の中を移動し、フォロスハートに近づく混沌の軍勢を倒しているのだとメリッサは言う。
「ここの責任者から聞いた話ですが、全部で三騎の『神の手』が稼動しているそうです。神々の力が増せば、四騎目を造り出す事も考えているようですね」
この格納庫に控えている一騎は、修復などの管理を受け、数時間後には入れ替わりで別の一騎と交替するらしい。
銀色の機体の前に来ると、その大きさに圧倒される。膝を折り、少し前屈みになっているので、だいぶ高さは軽減されているはずだが──それでも、三、四メートルの高さはあるだろう。
立ち上がれば、この区画の高い天井まで手が届くのではないか。そんな風に思っていると、銀色の兜の中、目隠しの部分が──青く光った。
『おや、あなたはオーディスワイア。初めまして』
突然、甲冑の中から声がした。
男性とも、女性とも言い難い──いや、そのどちらの声も聞こえる、そんな声だ。
『錬金鍛冶師のあなたも、我らの量産作業に携わるべく、駆けつけてくれたという訳かな』
その言葉はどことなく楽しげに聞こえたが、無機質な機械的な声色である。
「いや……そういう訳ではないが。今回は装甲を作る時の、鋼の精製作業の効率化に助力しただけだ」
すると神騎兵は『おお』と声を上げる。
『それはありがたい、それが出来れば、軽硬合金を造る作業も早くなるだろうから』
俺は頷き、確かにこの甲冑には軽硬合金が使われ、さらに表面にも防御効果のある塗料が塗られている事に気づく。
「それにしても、神騎兵には意思は無いと聞いていたが、しっかりと会話が出来るじゃないか」
俺が言うと、神の手は『はははは』と笑う。
『我々には意思は無い。神々の力の顕現に過ぎないのだ。神々と繋がっている為に、フォロスハートの人々の事は知っているが。そして、そこに住む者を守るのが我々の使命だと、そう理解している』
人工知能に似たものなのだろう。
彼らはあくまで「戦う者共」なのだ。
彼ら神騎兵の言う「我々」とは、実は一つの個体のようなもので、個人的な意思を持たぬ──力と存在の間にある、曖昧なものなのかもしれない。
『あなたが対混沌攻撃力の武器を造ったと聞いている。そんなあなたが我らの力となってくれるなら、それは頼もしい事だ』
俺はうん、と頷き──自然とこう口にしていた。
「もちろん俺に出来る事があるのなら協力しよう。混沌に対抗する方策を練る事も、自分の仕事だと認識している」
そう請け負った。
後ろに居るメリッサは喜んだだろう。銀色の甲冑に映り込む彼女が、強く拳を握ったのが見えた。
『それはありがたい。我らの戦いの記録を見て、ぜひ何かしらの助言や、新しい武器の開発などの示唆にしてほしい』
神騎兵が言った言葉の意味を聞こうとメリッサを見ると、彼女は頷いて「神騎兵管理監督に話を通しておきましょう」と去って行った。
どうやら、ここにある神騎兵の戦いの記録に関する情報を受け取りに行ったようだ。彼女の行動の早さから──今回の目的は、俺に神騎兵に関わる技術開発に参加させるのが狙いだったのだと気づく。
そして彼女のもくろみ通りに事が運んだという訳だ。
『それでは、またいずれお会いしよう。オーディスワイア』
俺はフォロスハートを守る大きな騎士に別れを言って、昇降機のある広い空間まで戻ってきた。しばらく混沌の中を飛び回って戦う神騎兵の姿を思い浮かべながら、メリッサが戻るのを待っていると、彼女は紙の束を挟んだ物を手にして戻ってきた。
板の左右二カ所にクリップが取り付けられていて、圧力で二枚の板に挟んだ紙を綴じているらしい。──書類綴じにしては大掛かりだ。
「神騎兵の戦い方、基本戦術や武装が書かれた資料らしいです。私達『技術班』もこれからは『神騎兵』の生産や強化に、積極的に意見を行うよう求められているのですが、オーディスワイアさんにも、その一翼を担ってもらいたいと思い、ここに連れて来たのです」
だろうな、俺はそう呟きながら資料を受け取った。
「これは貰っていいのか?」
「ええ。ただし、民間には秘匿すべき情報なので、誰かに見せるのは厳禁です。いいですね?」
神の力に関する情報だ。
管理局の一部の人間しか知り得ない情報だろう。
「分かった。これは自室で読む事にしよう」
俺とメリッサは昇降機に乗り込むと、地の化身エウシュマージアの象徴武具の作製について、大まかな段取りなどを説明し、極力早めに作製に取り掛かる事を約束した。
もう少し神騎兵の形や大きさについて触れた方がよかったかな……難しい。
最後の部分、ウル=オギトへの象徴武具については次話での話で知るので、一部削除します。




