神結晶と精霊力
いよいよ明日、完結予定。
まあ、華々しい結末とか、そんなのではないので、あしからず。
神結晶については実のところ、ずっと昔から、その効果を高める方法が執り行われてきているのだ。
神結晶の周りに精霊結晶を配置した魔法陣を使っての、神への精霊力の昇華作業がそれだ。結晶から、それそれの属性の精霊力を高めて、神へ奉納する儀式──
だが俺は、この前の、神の力を封入した四つの神結晶を、一つの台座に纏める事で、安定し調和した状態を作った。
実はこれこそが、神の力を、神々が張る結界を、より強力な物にする要因なのだと知った。
例えば風の神に神結晶の力を奉納するのに使われるのは、風の精霊結晶を配置した魔法陣なのだが、そうでは無かったのだ。
四つの力が互いの力に干渉し、その力を高め合う。──要するに、風の神に神結晶の力を捧げる時の魔法陣にも、火や地や水の精霊結晶を用いて、儀式を行うべきだったのである。
「それさえ分かれば、後は組み合わせる配置や、法則性を発見すれば良いだけだ」
それについては、もうすでに、錬成台の上で何度も行ってきた、錬成法則が応用できるはずだ。
その法則を応用したものを、神貴鉄鋼に魔力回路を生成した台座の中に封じ込め、四つの結晶を組み込んだ台座に、魔法陣と調和する術式を組み合わせて完成する。
こうして出来た台座に乗せられた神結晶は、奉納の儀式を通して昇華され、台座によって増幅した力が神に捧げられるようになるのだ。
鍛冶屋に着くと入り口の鍵を開け、誰も居ない鍛冶場に入り、管理局から持って来た神貴鉄鋼や、神結晶を並べ、そこに倉庫から持ち出した各種の精霊結晶と鉱石、宝石などを並べる。
本来なら昼食を取る時間だが、胃に物が入っていると集中できないので、食事は取らないで作業に入る。
しかし、まずは──小さな神結晶を錬成台の上で調べ、今までは敢えて避けていた、深い調査を行う。
──つまり、神結晶を消費してでも、その構造を深く追求し、探索する作業を行う。魔法や、錬金術の技術を駆使しての解析と分解……
この調査研究の為に、五つの小さな神結晶を消費したが、台座を使って神結晶の力を効率良く、神に献上する為の方策を手にする事が出来た。
まずは炉に火を入れ、神貴鉄鋼を溶かして魔力結晶、四つの属性の精霊結晶の力を付与する。
四つの属性を一つの物に付与するという、ただでさえ難易度が高い作業の上に、装飾部分を細かく造るので、より難しい作業になる。
霊晶石で対立属性の調和を計りながら、慎重に四つの属性を付与した台座を造り出した。
出来上がった台座は「台」と言うよりは──「盃」に似ている形状になった。なるべく細かい突起や、複数の脚を付けないようにと考えて造っていたら、この形に落ち着いたのだ。
それから俺は──なんと、一度も失敗せずに、全部で四つの台座を作製する事が出来たのだが、気づけば夕方近くの時間になっていた。
「終わりましたか?」
急に、離れた場所から声が掛かる。
そこには、テーブルを用意して、そこで書き物をしているケベルとサリエの姿があった。
なんでも、神貴鉄鋼から不純物を取り除く為に、金鎚で叩いていた音が、二階で勉強していた彼らの耳に届き、一階に降りて来ると、俺が作業していたので声を掛けたのだが──
「まったく聞こえていないみたいで、よほど集中していたのでしょう。僕達は、ここで作業の内容を書き取りながら──終わるのを待っていましたが、まさか、こんな時間まで、ぶっ通しで作業するとは思いませんでした」
そこまで集中していたとは……頭の中で、それぞれの台座を構築する形状や、装飾を考えながらの作業だったので、いつも以上に神経を研ぎ澄ませた結果だろうか。
弟子達の書いた帳面を見ると、事細かに作業の工程が書かれている。魔力鉱石を炉の中に投入した事や、対立する属性の結晶を金属に加える前に、霊晶石を使用する事など。
また、気づいた事や疑問に思った事も書かれていたので、俺は彼らに、それらの内容に対する答えを教え、作業を行う上で必要な、目には見えない──いくつかの注意点についても忠告する。
錬成に必要なのは集中力。時に想像力。
だが、それらを成し遂げるには、その前に、観察力が必要になる。
これは錬金鍛冶のみならず、多くの職業で共通する事柄だろう。特に職人の仕事は、口で言って憶える様なものでは無い。
手先の作業だけでも無い。
多くの職人は、手先の器用さだけで物を作っているのでは無いのだ。
心や魂。そういったものを含めた、身体を有する己。
それ(総体)が、作るべき物に向かって自らを問い、試し、考え抜き、答えを導き出す。
そうした作業と結果の中に、普遍的な──己の本質が垣間見えるのである。
だからこそ、そうした創作者達は、己の産み出した物に愛着を感じ、時に誇らしく感じて喜び、時に憤慨して──それを自ら否定する。
……だが、今回の俺の仕事は、そうした個人的なものを超えた、──世界の真理の一端に触れるかの様な、遠大な意味合いを持つ作業であった。
精霊の、神々の力の根源に対しての取り組みから理解したものは、世界の理が、必ずしも人間を許容するものでは無い、という事実。
世界の理とは、紛れも無く──人間の為にあるものでは無く。自然界の摂理を秩序付ける、冷徹なまでの強制支配の力として存在する。
その事実を再認識する事になった。
俺達は、その力の恩恵を受けるべきであって、支配しようとしてはならない。
世界とは、人間の法や尊厳の埒外にあるものなのだ……
職人が「自己」を物に「投影」するというお話。
小説も同じでしょうが、敢えてそれを(意識的に)外さないとろくな物が生まれない場合も──特に、言葉を扱う場合は注意ですね。




