冒険者、黒獅子ヴォージェス
俺も、吊り橋の建造方法について──簡単な調整案をしたりしながら、一時間ほどの会議に付き合った。
「いや、実に参考になった。改めて礼を言おう。オーディスワイアよ」
二人の賢者は退席したが、初老の男は会議室に残り、俺とメリッサが話している所に近づいて来て、そう言った。
「いえ。ところで、あなたの名前をお聞きしても? まるで、兵士か冒険者かの様な体つきですが」
俺の言葉に、賢者は声を出して笑い、自分は「ヴォージェス」だと名乗った。
「ヴォージェス? あの『黒獅子ヴォージェス』ですか?」
鋭い目をした初老の男は、快活な笑顔を見せて笑い、「いかにも」と答える。
「賢者ヴォージェス様は、以前。ゲーシオンの旅団『黒獅子の鬣旅団』の団長だった方です。──もう、二十年近く前の事だそうですが」
とメリッサが応じる。
「うん。俺が冒険者として活動を始めた頃に、辛うじて噂を聞いた事がある冒険者だ。その頃にはもう、現役を離れていたらしいが。大槍一本で黒獅子を三頭も狩ったという逸話を聞いた事がある。──たった一人で」
黒獅子はゲーシオンの転移門に出現する猛獣であり、その名を冠した「黒獅子の鬣旅団」は、当時のゲーシオンで一、二を争う規模の大きな旅団だ。
「かっはっは! まあ、昔の話だ。若い頃は無茶ばかりしたものよ」
賢者ヴォージェスは、若かりし頃に冒険者として名を馳せ、黒獅子の鬣旅団内で小競り合いが起きた時に、それを治めた事で旅団長に選ばれ、その後数年に渡って旅団を纏め上げた功績を認められ、引退を迎える賢者の一人に推挙される形で、冒険者から賢者へと転職(?)したらしい。
「賢者になったとは聞いていませんでした」
「それはそうだろう。市民には、七賢者──今は五賢者だが──の名前すら知らされないのだから。少なくとも今まではな」
権力が受け継がれる訳では無い──賢者とは、あくまで「意見をする者」なのだとヴォージェスは言った。
様々な視点からの意見を発し、それらを纏め上げるのは、管理局の職員や、その上司という訳である。
「フォロスハートの為に出来る事をする。冒険者も、市民も、その事を第一に考えられれば──我々は、いつでも一つの答えに向かって邁進できるのだが」
そんな事を口にすると、彼は軽い咳払いをした。
「そんな戯れ言は、ひとまず置いて──お前は、神々に何か頼み事をされたのではないか? 神殿から管理局の方に、神結晶と神貴鉄鋼が送られて来ているぞ」
メリッサですら、まだ耳にしていない事を教えてくれるヴォージェス。
おそらく、彼の耳となる者が管理局内に居るのだろう。
「そうでしたか、早いですね。──さすが神殿の仕事だ」
俺の呟きに、賢者は何か言い掛けて口を開いたが……「そうだな」とだけ答えると、俺の肩に手を置いた。
「それでは、お前にしか出来ぬ仕事を頼んだぞ。大地の接合の事は、管理局や他の錬金鍛冶師に任せておけ。──それと」
ヴォージェスは肩に置いた手を離し、こう言った。
「西海の大地での働きに感謝しよう。『黒き錬金鍛冶の旅団』──覚えておこう」
そう言って立ち去ろうとする賢者に、俺は声を掛ける。
「あ──、その。旅団の名称、変更するかもしれないです。『白金の』とかに」
大柄な賢者ヴォージェスは肩を竦めて「古い風習だな、まだ残っていたのか」と口にする。
「最近では、旅団の格を表すのに二つ名を付けたりする様な旅団は、少ないらしいぞ。初めから期待を込めて『金の』と付ける事も増えたとか──まあ、問題は旅団の『名』では無く、『質』の方なのだが」
そんな会話をし、俺の後ろではメリッサが旅団の名の変更を耳にして──何か思案していた。
俺はメリッサと共に、管理局の神殿関連の仕事を請け負う部署に顔を出し、「黒き錬金鍛冶の旅団」宛てに送られて来た神結晶や、神貴鉄鋼を受け取った。
かなりの重さだが、なんとか持ち運べそうだ。
管理局の外へ向かう道を歩いていると、メリッサが言う。
「この短期間で『錬金鍛冶の旅団』は多くの成果を上げました。私としても、早い段階から注目していた旅団なので、鼻が高い気持ちです。名前が変わっても、これからもよろしくお願いしますね」
彼女は、そう言い頭を下げるが──俺は、思わず突っ込んだ。
「まてまて、よろしくってなんだ」
「もちろん、新技術の開発や、旅団の運営の事ですよ。これからは、上級難度の転移門での活躍が多くなるのでしょうから。ますますの活躍を期待していますよ」
彼女はにっこりと、不穏な笑みを浮かべる──俺は、思わず「あ、うん……」と生返事で返してしまった。
計算高い彼女の事だ。また素材の提供などを申し出て、その見返りに何か仕事をさせる気なのだ……
一抹の不安を感じながら管理局を出ると、俺はその足で鍛冶屋へと向かう。
大地を繋ぐ吊り橋が完成するのを願いながら。神々の力を増幅させる──神結晶の効果を引き上げる台座の研究に入ろうと、その作業への思索へ集中を開始する。
ヴォージェスさんについて、ここでは書かれませんでしたが。オーディスワイアが剣と盾を使っていたのを辞めて、大剣を使うようになった切っ掛けが──実は黒獅子ヴォージェスだという話を──外伝にでも書こうかな、とか考えています。まだまだ先の話になりそうですが。




