海底神殿に眠る者(アディーディンク視点)
いよいよ物語が大きく動き出します──たぶん──!
白い石で建てられた神殿周囲は空気の膜が出来ていた。先頭を行くリゼが空気の膜に触れ、その中へと入って行く。
「……うん。中は空気があるよ」
リゼが振り向いて、そう口にし手招きする。
僕達は互いの顔を見ると頷き合い、神殿を覆う結界の中へ入って行った。
確かにそこには空気が存在している──周辺の様子を確認しながら、呼吸器を腰の革帯に付けた物入れにしまう。
足下には神殿の入り口へと続く、灰色の石畳があり、その通路の両隅に溝が掘られ、その中を水が流れて海へと繋がっているようだ。
どうやら神殿の奥から絶えず水が流れ、海に向かって流れ込んでいるらしい。何の為に水が流れているかは不明だが、僕達は慎重に、神殿の奥へと向かう事にする。
「見てディーディー、これ、珊瑚じゃない?」
リゼが柱の陰や、壁に設置された──青や緑色に光る物体を指差す。……確かに、それは珊瑚の様だ。ぼんやりとした光を放ち、壁や燭台を置く台座の上に置かれていた。
神殿の造りは単純で、柱と通路に導かれた一本道があるだけだ。その通路を照らす発光珊瑚が通路の両脇に設置され、神殿内を厳かに照らし出している。
柱に支えられた通路を進むと、奥にある大きな扉の前に辿り着いた。……他には何も無い。
「この奥に行く以外の道は無いようだね」
「大きさの割に、内部の構造は単純ですね」
扉の両脇にある溝から、やはり水が流れて来ている。扉の奥から止めどなく流れ出ている水が、静かに、ちょろちょろと流れ続けている。
大きな石の扉を開けるのは大変だった。
全員の力で押し、何とか両開き扉の片側を、押し開ける事が出来た。
まさか、リゼが全力で押してびくともしないとは……夫である僕が言うのもなんだが、そんな扉が、この世に存在するとは思わなかったのだ──
開いた隙間から奥へ向かうと、そこはそこは大きな広間だった。白色や青色、緑色や淡紅色など、数々の色に光る珊瑚が、周囲の壁から生え出ているみたいだ。
高い天井の上からは、どういう訳か、日の光に似た白い光が降り注いでいる。──ここは、地上の光が届かない、海の底だと言うのに。
周囲の白い壁に設置──あるいは生え出ている珊瑚などを見ながら、広間の奥に向かう。
そこには大きな灰色の岩が無造作に置かれていた。
周囲の荘厳かつ、自然の美に溢れた建物の中に──忽然と現れた大岩。まったく周囲にある物と不釣り合いなそれは、広間の中央に奉られているみたいにも見える。
「待って下さい、何か──おかしい」
床を見ると、無数の小さな溝が掘られて、何かの図形を描いているみたいに見えたのだ。その溝の中を水が流れている。──その水は、どうやら岩の下から溢れ出ているらしい。
リゼは警戒しながら岩に近づく。……すると。
『これは……人間──か? ぉお、人間が、生き残っていたのか……』
神殿の広間に響く声。
それ弱々しい老人の──男の声らしかった。
「なんだ、どこから聞こえている……?」
皆は武器こそ構えなかったが、未知の声に呼び掛けられて驚いている。
『この大地には──人間は居なかった。守ってやりたかったが……私の管理する場所には、人間はまだ、やって来てはいなかったのだ……おお、あの暗い混沌めが──』
ゴリゴリゴリ、ゴゴゴゴゴッと音を立て、中央にあった大岩が動き始めた。
それは──岩では無かった様だ。
でこぼことした岩の部分が動き出すと、それは岩の甲殻を持った──巨大な蟹の姿を現した。
『人間よ──主等、どこからやって来たのだ』
それは優しげな老人の声で、そう尋ねる。
「私達は──別の場所からやって来ました。あなたの大地を、どうか私達の住む場所に繋げ、海の恵を私達に与えて欲しいのです」
僕はそう告げていた。
ほとんど無意識に出た言葉だった。
『……そこには、人間が住んでいるのか──そうか。だが……私の力では──いや。今の我等では、主等にとって危険になるだろう。手を貸してやりたいのは山々だが……危険なのだ』
そう言った岩蟹──の神。
レーチェさんが進み出ると、持っていた木箱の蓋を開け、リーファさんに箱を持たせると、その中に入っている神の力を封じた、宝玉の台座を取り出す。
すると、その台座が光を放ち、その光の中から──大きな、巨人の戦士の幻影が現れた。
『この大地の神よ。私はウル=オギト。人間の住む大地を管理する四柱の神の一柱なり、そなたの名前を伺いたい』
幻影を前にした大きな岩蟹は、目や口のあるらしい岩を動かして、身を正すみたいに脚を動かす。
『私は──エウシュアットア。海の神より、西の大海を管理する権限を賜った者。小さな島々に住まう精霊達の統括をしていた──』
そこまで喋ると、蟹の下からゴボゴボと水が溢れ出し、大きな岩蟹は身を伏せて、床に腹を押し付ける。
『どうやら我が半身が、あなた方の力に反応して、目を覚まそうとしているらしい。残念ですが──あなた方は、ここから去った方が良い』
エウシュアットアは身を縮こまらせ、床に身体を押し付けたまま動かなくなる。
『どう言う事でしょうか』
そう言って現れたのは、水色の仮面を付けた女性の幻影。
巨人の横に現れた女性は──水の女神アリエイラ。
彼女は大蟹と対峙して、水の溢れるエウシュアットアの下を見つめていた。




