混沌騎士と魔法弓
管理局から鍛冶屋に戻ると、ケベルが応対して客と話し合っていた。どうやら、いくつか新しい仕事の依頼が入ったようである。
サリエは、装飾品を作製する依頼を受けたらしい。どういう訳か彼女の昔馴染みが彼女を尋ねて来て、装飾品の依頼を発注したみたいだ。
正直言って、俺や先代の爺さんがやっていた時には、装飾品の作製を求められたのは数えるほどだ。すでに作ってある装飾品錬成強化を施す依頼なら、数えられないほどこなして来たが。
新しい依頼の中には、「蒼髪天女旅団」に所属する上級冒険者から受けた物もあり、それは俺が引き受けて作業する。
強化錬成の依頼だが、すでに何度か強化されている武器に強化を重ねる依頼だ。強化錬成した物は、使い込む事と、時間が経ち、強化した物が定着する事で、また錬成強化を重ねる事が出来るのだ。
錬成強化を繰り返し行う為の錬成品もあるが、生成するのが困難で、それを作る素材も貴重なのだ。水銀と硫黄、魔晶石に魔力結晶などなど……
「純化結晶」などと呼ばれる錬成品だが、希に、これを落とす「混沌の魔物」や「混沌の騎士」などが居る。
……混沌の騎士! こいつは洒落にならない強さを持った、黒ずくめの全身鎧を着込んだ敵で、身体から黒や赤、紫色などに変色する発光気を放つ、不気味な奴だ。
こいつが出現する領域は、それだけで難易度が二十も引き上げられているのでは、そんな風に言われる事もある──危険な敵である。
俺も何度か正面から一対一で(仲間が傷ついて回復している時などに)戦ったが、一撃の速さや重さは、こう言っては自画自賛になるかもしれないが、俺と肩を並べる手強さであった。
あの禍々しい発光気を纏う姿は、悪夢の具現化そのものだ。
あるいは人類史の、互いに傷つけ合ってきた歴史から生まれて来た──総体そのもの。そんな風に思わされる怪物。
白銀騎士を、手練れの冒険者になる為の「先生」だと評した俺だが、混沌騎士は、熟練者を殺しに掛かる混沌からの「刺客」、とでも言った相手である。
リゼミラの連撃ですら武器や盾で巧に弾き、魔法にも高い耐性を持つ。隙が無く、弱点と言えるものは無い。
俺が作り出した「対混沌攻撃力」の効果が、奴の発光気(これが魔法の効果を弱めていると考えられている)を打ち消したり、あるいは弱らせる事が出来れば──そう思う。
「師匠。いいですか?」
サリエが、完成した指輪と依頼書を持って来て、点検を求める。
俺も、上級冒険者の依頼を済ませたところだ。
「装飾品の出来については、サリエの方が詳しいだろうから、依頼の内容についてだけな」
俺は多少、自虐的にそう言うと、紅玉が付いた銀製の指輪を鑑定する。
「うん、いいんじゃないか。依頼書よりも数値は高い──装飾の効果のせいか、火の属性攻撃力強化の数値も高い……これなら客も納得するだろう」
俺の言葉を受け、真剣な表情をしていた少女が、ホッと笑顔を見せた。
「ありがとうございます──それでは、この後は、新人達の防具の仕上げに掛かりますね」
うん。と俺は応え、残りの仕事を片づける事にした。
昼食休憩を取って宿舎に向かうと、何やら庭で話し合う声がする。──今日は、ウリス以外は冒険に出ているはずだが。
扉を開けて敷地の中に入ると、数人の姿があった。そのうちの数人は赤い神官服を着た巫女で、ウリスの側に居る人物は──なんと、火の神ミーナヴァルズであった。
「うむ、そうじゃ的に当たる瞬間に、矢に込めた力が爆発するのを想像しながら射る。そうする事で──。おや、やっと来たかオーディスワイアよ」
紅玉の仮面で顔を隠した女神。その隣に居た巫女がこちらを向いて話し掛けてくる。
「いったい、何事ですか。──その、燃えている的は」
ウリスは弓の練習をしていたのだろう。
三つの的に向かって矢を射っていたはずだが、その的の一つがたったまま炎に包まれている。
「うむ。この娘、なかなか洗練された感覚を持っているようで、一つ面白い技を教えていたのよ。矢に魔法を込めて撃ち出す、言うなれば『魔法弓』とでも呼ぶべきものをな」
ウリスが射った矢が的に向かって飛ぶ。
それが燃えた的に当たると、小さな爆発を起こし、的を真っ二つにして焼け落とした。
「よ──し、いい出来じゃ。その感覚を、今度は強力なものにして放てば、実戦でも頼りになるじゃろう」
女神はそう言いながら、焼け落ちた的に向かって手を振ると、火は一瞬で消え去る。
「この娘──ウリスと言ったか? なかなか見所がある故、火の魔法を授けてやったのじゃ。自然を愛する狩人に、戦いの術を教えるのは気が引けるがの」
火の女神はそう言いながら、側仕えの巫女に合図を送り、俺に木箱を手渡させた。
「報酬はすでに倉庫の中に入れておいた。この箱の中身を届けに来たんじゃが、思いがけず魔法弓を教える事になってしまったな。我らはすぐにフレイマに戻らぬとならぬが、オーディスワイアよ、他の冒険者にもよろしくな」
巫女はそう告げて、手にした錫杖を鳴らし、宿舎を出て行った。
なんとも急な登場と帰還であったが──俺よりも、ウリスの方が衝撃を受けた様子だ。
「まさか、神様に、こんな技術や魔法を与えてもらえるとは……」
放心状態になってしまったウリス。
純朴な信仰心を持つ彼女には、夢の様な出来事であったのだろう……




