地の神からの手紙
大海原の上に浮かぶ小舟。
その上で横になっていた。
上半身を起こして周りを見る。
どこまでも広がる海。
この時には気づいていなかったが、俺の右脚が義足では無く、普通の脚に戻っていたのだった。
そう、この夢の中の俺には、右脚が義足。という事実は無いのだ。
これは別段、不思議な事では無い。
何故なら夢とは、記憶のぶつ切りを切り合わせて作るものだからだ。──それ以外の要素が出る場合もあるが(これにより、集合無意識の説が正しさを帯びる)。
大海原に一人。
普通なら不安に駆られたり、どうしたものかと解決策を探ったりするだろう。
しかし、夢の中の俺は周囲を見渡した後、おもむろに小舟から海に飛び込んだ。青々とした海の中に入ると、どんどん海の底へと引っ張られて行く。
息は苦しくならない。
何故なら、水の中では呼吸が出来ない、という常識が無いからだ。
俺は、どんどん深い水底に潜って行く。
まるで海の底に居る者が、俺を招いているかの様に、暗い海の底へ……
すると、暗い海の底に何か──明かりが見えてきたのだ。
小さな明かりは、段々と大きな光になって──俺は、その光の中に飲み込まれて行く。
*****
そこで俺は夢だと気づいた。
目覚めた感覚で、この夢は吉兆だと感じた。
これから海底の神殿へと、仲間を送り出す事に不安を感じていた俺に、無意識が示したのは”恐れるな”という訴えだと感じられたのだ。
たかが夢、そう思うかもしれない。
しかし夢が、夢を見る者の不安や迷いを断ち切る事は、往々にして良くあるのである。
この時の俺も、早朝に気分良く目覚めると、小鉢植物園に水をやり、廊下に出て猫達に挨拶すると、玄関に置かれた小鉢にも水を与え、表に出て神々へ祈りを捧げた。
今日は、いつもよりも日差しが暖かく、秋の中でも暖かな陽気に包まれている。
「水飴を使って、焼き菓子でも作ろうか」
俺は早速、調理場へ向かうと猫の餌を用意してやり、それを持って巣箱に運ぶと、再び調理場に戻って小麦粉(薄力粉)に牛酪、卵を用意して──壁に掛かった泡立て器を見て、はっとする。
「そうだ、ホットケーキを作るとしよう」
そう思い立った俺は、卵を卵黄と卵白に分け、卵白を泡立てる──、空気を含ませる様に泡立てながら、計量した水飴と卵黄を混ぜて、ヘラで切る様に(卵白の泡を潰さない様に)混ぜ合わせ、篩に掛けた小麦粉をさっくりと混ぜ合わせる。
「あれれ、今日の朝食担当は団長じゃありませんよ」
そう声を掛けて来たのはカムイだ。その後しばらくしてからメイとユナもやって来る。
「おはようさん。──これはホッ、……フォーシク(パンケーキ)だ。昨日食べたのよりも、ふっくらと焼けるか試しているんだ。お前らも食べるか?」
するとメイがいち早く「食べる──!」と声を上げる。
「いただきます」とユナとカムイも言うので、団員達の分も結局、用意する事にした。
ユナが少量の小さな丸パンを焼き、メイが生野菜料理とチーズを用意し、カムイが豚バラ肉の燻製と卵を焼いた物を用意する。
そうしたものを食堂へ運ぶと、仲間達が座って紅茶を飲んでいた。
朝食の皿がテーブルの上に並べられると、各人の前に、それぞれの料理を乗せた皿が配られる。
「あら? これはフォーシクですか。ずいぶん厚く作られていますけど」
レーチェの感想に、周りの者からも「昨日のよりも二倍くらい厚いですね」などと声が漏れる。
牛酪と蜂蜜を掛けて食べると、それは懐かしい味がした。
各場所から「ふわふわだ──!」などの歓声が上がる。
「昨日、海藻から水飴を錬成しておいた──少量の塩の結晶も取れたが、これは錬成で使わせてもらう。海藻から結構な量の水飴が作れるから、これも管理局に提案した方がいいな」
おお──、と感心したらしい声が、そこかしこで上がった。
砂糖の供給は意外にも、海から得られる物で賄えるかもしれない。
これは錬金術ならではの結果だろう。
特にメイは喜びながら、蜂蜜を掛けた分厚いフォーシクを切って口に運び、満面の笑みを浮かべている。
なんとも幸せそうな表情で癒されるが、砂糖中毒が悪化したらどうしようと、若干の不安を覚えるのだった……
食事が終わって皿を下げ、紅茶を飲みながら、簡単な今日の予定などを交えた談笑をしていると、玄関の呼び鈴を鳴らす音が「カララン、カララン」と聞こえてきた。
「朝早くから来客とは、いったいどんな用件だろうか」
せっかくの気分の良い朝に、おかしな訪問販売だったら(こちらの世界でそんな者が来た試しは──ナンティルくらいだ)、すぐにお引き取り願おう。
俺は立ち上がり、仲間達には冒険の相談を続けるよう言って、玄関に向かう。
扉を開けると、そこには神官と、その護衛が立っていた。
「早朝から失礼します。オーディスワイアさんですね? 我々は地の神ウル=オギト様の使いとして参った者です」
茶色と緑色の目立つ神官服を着た若者が、手にした木箱と麻袋を差し出す。
「ウル=オギト様より書状をお預かりしています。こちらもどうぞ」と彼は懐から封筒に入った手紙を渡し、頭を下げて去って行った。
『 オーディスワイアへ
私の力を秘めた神結晶を渡す。
新たな大地との接合計画が唱えられてから、随分と時間が流れたものだ。それだけ今回の発見は意義深い。上手く向こうの神とも折り合いが付けばいいのだが
何はともあれ、交渉の場に我等も、この結晶を通じて参加する為に今一度、お前の力を借りよう。
神貴鉄鋼の延べ棒と、報酬も送る。
では、後は任せたぞ。
ウル=オギト 』




