レーチェの不安
その日の夜、夕食前にレーチェが帰って来た。
土産だと言って出したのは、都市ウンディードで作られている、水玉葱とトマトを使って作られた調味料の瓶詰めと、養殖している川魚の干物だった。
「ウンディードに行っていたのですか?」
ユナが尋ねると、レーチェは深刻な口調で「ええ」と応えたのみだった。何やら悩んでいる様に見えたので。
「何かあったのか? 相談なら乗るぞ」
と俺が言うと、レーチェは首を横にだか、縦にだか。振ったのか分からない、曖昧な動作をする。
「おいおい、いったいどうした」
心配になった俺の顔を覗き込む様に見てくるレーチェ。真剣な目をしているので、何やらあったらしいというのは分かる。
「……そうですわね。オーディ──団長。あとで少しお時間を頂けます? 少しお聞きしたい事がありますの」
俺は、彼女の言葉に何やら不穏なものがあるのを感じていたが、それが何なのか。結局、彼女の口から語られるまで気づかなかったのだ。
食事中はレンネルから、「回復魔法」を効率的に扱う為の装身具について話しを聞き、かなり効果的だったと少年は嬉しそうに話す。
エアネルは弟の隣でその話を聞きながら、自分達の魔法の武器作りは、どうすれば始めてもらえるのかと尋ねてきた。
「それは素材次第だな。お前達が旅団用の素材を多く集められれば、それだけ多くの物を作り出せるし、強化も行える」
そんな話をしてやり、魔法の武器が欲しければ冒険に出て、魔力結晶や精霊結晶などを手に入れて来いと責っ付く。
食後の会議では、明日の冒険は上級と中級に分かれて班を組み、冒険に向かう事が話し合われた。
「あ、それと。オーディスさん。新人達から大量の海藻を受け取ったのですが。どう保存したらいいのか分からないので、庭に置いた木樽の中に水と共に入れて置きましたが」
リトキスがそう教えてくれた。
そうだった。海藻から甘味料を錬成するつもりだったのだ。
「お、そうか。助かる」
そうリトキスに答えておき、レーチェの方を見ると、彼女は何やら紙を見つめながら思案している。
その様子を見た俺は、旅団の経営についてか、あるいは鍛冶屋を含めた体制の見直しについて考えているのだろう、と推測したのだが──彼女の抱える不安は、まったく違った方向のものだと、この後に知る事となった。
会議が解散すると、レーチェはそれとなく最後まで食堂に残り、俺の顔を窺うと、席から立ち上がってこちらに歩いて来る。
「ここではなんですから、応接間に行きましょう」と促してくるので、俺は彼女の言葉に従って客間へと向かう。
何故だろう。まるで彼女の中の不安が伝播したかの様に、俺も不安を感じ始めていた。
これではまるきり、離婚を切り出される前の旦那の気分ではないか? ……いや。離婚を迫られた事は疎か、結婚した事も無いのだが。
しっかりとした木製のドアを開けて客間の中に入る。革張りの長椅子に腰掛けたレーチェの前に腰掛けると、彼女は手にしていた紙を折り畳みながら、これから話す事を整理しているみたいに目を泳がせる。
「団長。実は私。今日の休暇でウンディードへ向かいましたの」
「それは知ってる。土産がまさにウンディードの物だったろう」
俺がそう言葉を返すと、彼女は小さく頷いて「そうでしたわね」と呟く。
「ウンディードに行った理由は、神アリエイラとの謁見をしたからなのですわ」
彼女の言によると、執事を通してアリエイラに謁見を申し入れ、受け入れられたのだという。
「実は私は、執事にあなたの過去について調べさせていたのです」
少し前から、と彼女は言う。
「俺の過去」と言われ、いったいそれは何時ぐらいまで遡ってのことなのかと考え込み、思わず表情にその事を出してしまったのだろう。彼女は重々しく頷いた。
「あなたが記憶を失って、ウンディードからミスランへと運ばれて来た頃の事ですわ」
俺は、その時になって初めて、彼女が何に不安を感じているのかが分かった気がした。
「あなたの過去を探る内に、どうしても分からない、それ以上探る事が出来ない壁に行き当たりました。それが、水の神アリエイラに繋がる事柄だったからです」
水の神は民衆には隠されている。徒や疎かには彼女に近づく事は出来ない。
「私は女神に『オーディスワイアの過去を知る人物としてお話を伺いたい』と申し入れをし、それを受け入れて頂いたのです。そして、水の神から、起こった事を聞かせて頂きました」
そこまで言うと、彼女はまるで遠くを見る様な目をして俺の目を覗き込んでくる。
「オーディスワイア、あなたは──。あなたは、いったい何者なのですか?」




