考えるな、感じろ。……やっぱり考えろ。
会議も終わり、それぞれの部屋へ戻ろうとした時になって思い出し、レンネルを呼び止めた。
「なんですか?」
「おう、これこれ、忘れるところだった」
俺は物入れから小さな水晶の装身具を取り出して、レンネルに手渡す。
「ああ、これは──回復魔法の効果を上げる錬成品ですか? ありがとうございます」
少年は、まるで初めて贈り物を受け取った少女の様な微笑みを浮かべる。
「うん。それには魔力強化や魔力量増加なども付与してあるから──えっと……これだ。胸物入れに入れたのを忘れていた」
そう言いながら、胸物入れから鑑定書を取り出す。
うっかりしていた、という風に言った俺に、レンは「ボケちゃったんでしょうか」と、割と真剣な調子で言う。
「ひっでえなぁ……まあ、歳を取るごとに記憶力は落ちていくからな。──明日は我が身だぞ」
若者は、あまり本気にした様子も無く「覚えておきます」と言って、装身具の礼を言って通路を歩いて行く。
「オーディス団長」
猫の様子を見に行こうかとした時、急に背後からレーチェに呼び止められた。
「おわぁっ、──なんだ。脅かすな」
振り返るとレーチェは一瞬、呆れた様な顔をしてみせたが、すぐに真剣な顔つきになって、明日は休みを頂きたい。と言ってきた。
「それは構わないが……随分、唐突だな。何かあったのか」
「ええ、まあ……でも、たぶん。そんな大事にはならないと思いますわ」
彼女は何か、含みのある言い方をする。
「それなら、いいが……。俺の方も、鍛冶の仕事が忙しくなって来てな。仲間の装備品を強化してやりたいんだが、時間が足りない状態だ」
彼女はそれを聞いて、何故かほっとした様な顔をする。
「そうですか、いえ。仲間の為にも頑張って下さいな。団長」
そう言い置いて、彼女は自分の部屋へ戻ろうとし、階段前で猫に見られて、慌てて顔を背けながら二階へ逃げて行った。
そう言えば、ライムは二階には近づこうともしない。子供達が真似をして、二階へ上がらないようにと、配慮しているのだろうか。
あるいは、レーチェが居る二階には近づきたく無い。そんな風に思っているのかもしれない。
「ゥニャァ──」
ライムは俺の顔を見るなり、いきなり不平を口にしたみたいな鳴き声を上げる。
子猫達は巣箱の中で、一塊になって眠っているが、彼らも数日の間に、かなり成長したように思う。
「なんだ、餌も食べただろう。何が不満なんだ」
俺はライムを抱き上げて尋ねたが、彼女はムスッとした表情でいるだけだ。
巣箱の中に戻そうとすると、綿織物と布が少し臭くなっていた。獣臭だ……あと、おしっこの匂いも混じっている。
「分かった、新しいのに替えてやる」
下駄箱の横の棚には、猫の為の色々な物が入っている。そこから少しぼろくなった布と綿織物を取り出して、古い物は洗濯に掛ける為、玄関に置いておく。
巣箱の中に布などを敷いてやると、ライムが子猫の横を通って、ごろんと横になる。
子猫達は気にしなかったのに、ライムが贅沢なのか、それとも子供の衛生環境に配慮したのか……? いや、それは無いな。単に臭かっただけだろう。
ああ、そう言えば。炭から錬成する消臭剤を作ってある。それを猫の巣箱や便所の横にも置いておくか。
そう思い。倉庫の中から、骨みたいな色と軽さをした棒を二本取り出して、猫の巣箱の近くに置いてやった。
たぶん明日になったら、子猫達が玩具にして、動かされてしまうだろうが。
自室に戻ると、猫や女の気持ちを考えるのは難しいな、などと思ったが、それは感じる事であって、考える事では無いのかもしれない。直感的に分かる事が正解な場合もあるだろう。
でも、安直に「これで大丈夫」とか思っていると、ぜんぜん大丈夫じゃない事も多々ある。
特に若い時の、「自分は大丈夫」という根拠の無い自信や。
何年も続けてきた事だからと、安心し切って油断を生み、とんでもない結果を引き起こす老人など。
感じるだけでは、やはり駄目なのだ。
昔の映画俳優は言った。
「考えるな、感じろ」と。
それは嘘だ。
いや、まったくの嘘では無い。もちろん直感に従って行動する事が、良い結果を招く事もある。
だがそれは、咄嗟にどうすべきかを判断するしか無い様な、そんな場面でのみ頼るべきだ。
考える時間があるなら、直感に頼るのはむしろ危険だ。安易な決定で無様を晒したくは無いだろう。
適当な考えや、感情の勢いのままにやった行動で。──どんな悲劇や損失を招くか、「やってみなくちゃわからない」と言う奴は、はっきり言ってガキなのだ。
良く考えて行動しましょう。
バイトテロや、判断がおかしくなって逆走するような、そんな事をしでかす前に。




