レーチェの帰還と料理
ライムと子猫の餌を用意する為に調理場へ来たが、ついでに人間用の餌も用意しておく事にした。
今日はエアネルとレンネルの双子が料理当番のようだが(調理場前の壁に貼られた当番表に書かれている)、レンはともかくとして、エアの料理の腕は──まるで期待できない。
少しは槍の扱い以外も覚えて欲しいところだ。
……その双子は、今日は魔法を習得する為に、魔法屋へ行っているのだ。
「ずいぶん遅いな……昼食後に魔法屋に行ったとしても、そんなに時間は掛からないだろう」
冷蔵庫から牛肉の蜂蜜漬けを取り出し、それを柄付き浅鍋に油を引いた所へ投入する。
ジュ──ッと肉の焼ける音を聞きながら、別の小さな鍋に少し水を入れ、煮干しと豆を少量、茹でて軟らかくしたところへ、昨日余らせた炊いた米を投入する。
すると足下にやって来たライムが、しきりに頭を擦り付けてきた。子猫の様子を見守っているとばかり思っていたが、俺の後を付いて来ていたようだ。
「まだだぞ、いいから子猫の所で待っていろ」
「ゥニャァァ~~」
しっ、しっ、と手を振ると、不機嫌そうな鳴き声を上げて、調理場の隅に置かれた椅子の上に飛び乗り、そこに腰を落ち着ける。
ご丁寧に、こちらを向いて座り込むライム。
まるで料理の監視をしているみたいだ。
牛肉をひっくり返すと、焼き色が付くまでコロコロと転がして、まんべんなく焼き色を付ける。
「いひゃぁっ⁉ 猫が……!」
けったいな悲鳴を上げながら調理場に入って来たのは、レーチェだった。
俺は「早かったな」と彼女に声を掛けつつ、ライムの餌が適当に温まったところで、火から下ろして皿に盛る。
彼女は両腕に何かを持って、調理台の横にある、小さな手押し車の上に、それを置く。
ライムは相変わらず、ちらりとレーチェに一瞥をくれると、プイっと顔を背ける。見ていると、文句を言い出すと思っているのかもしれない。
俺はそんなライムの側に皿を置いて、餌を食べるように声を掛ける。
「ニャァ──」
ライムは、礼を言うみたいな鳴き声を上げてから床に降り、皿の前に屈み込んで食事を始める。その横に牛乳を温めた物も用意してやった。
「調理場に猫を入れるなんて……」と、文句を言うレーチェ。
「それより、なんだその荷物」
布の手提げ鞄に入った物を覗き込むと、様々な果物や木の実、野菜や卵、チーズに焼き菓子などが入っていた。
「クラレンスで取れた物ですわ」
なるほど、土産という訳か。
「妹さんは、どうなった?」
生命の転輪護符の首飾りが、役に立ったのかと尋ねる。彼女は、ほっとした様な表情をして。
「ええ、あの首飾りの効果が出たらしく、体調が良くなったみたいだと。今朝、言っていましたわ。ありがとうございましたと、妹にも伝えておくよう念を押されましたわ」
俺は「それは良かった」と、会った事の無い彼女の妹の容態を聞いて、少しほっとした。
「それと、今晩の夕食用に『煮卵の肉包み焼き』(ミートローフ?)を作った物を持って来たので、それを食べましょう」
レーチェはそう言うと、肩に掛けた麻袋から布に包まれた物を取り出して、調理台の上に置く。
「へえ、誰が作ってくれたんだ──って、料理人を雇っているのか」
ええ、まあ……。と応えつつ彼女は、コホンと咳払いする。
「私と妹で作ったのですわ。日頃からお世話になっている──あなたと、団員──仲間達の為に」
少し照れた様に頬を染めるレーチェ。
初めて見る表情かもしれない。
「あなたには、本当に感謝していますわ」
彼女は改めて礼を言う。
「妹の為に『生命の転輪護符』を作ってくれて、ありがとうございます」
俺は肉をひっくり返しながら、「ああ」とだけ応える。
そんな風に改まって言われると、こちらも照れてしまう。
「物を作るのが、仕事だから──な」
そんな遣り取りをしていると、食堂にわらわらと仲間達が入って来た。
エアとレンも、慌てた様子で調理場に駆け込んで来る。
「──あっ、団長──と、副団長も。すみません、姉が、市外訓練場で魔法を試したいと言い出して……遅くなってしまいました」
その後ろから姉が、調理場に飛び込んで来る。
「ええっ⁉ あんただって、魔法の威力を確かめるって、乗り気だったじゃない!」
それとこれとは別だよ。とか言いながら弟は、調理に入ろうと手を洗い始める。
「蜂蜜漬けの牛肉は焼いているから、何か生野菜料理でも作ってくれ」
と声を掛けると、「それなら私が!」とエアが手を挙げた。
その顔には「切って皿に盛るだけ」だし、といった思いがありありと見て取れる。
「調味酢は置いておく、レン。ちゃんと見張っとけよ」
俺はそう弟に声を掛け、ライムの食べ終わった皿を下げておく。
エアの「ひどいっ」という叫びを無視して、ライムを抱き抱えると、レーチェと共に(彼女には子猫用の餌を持ってもらう)食堂へ向かう。
「こちらに顔を向けないように、押さえていて下さいな」
彼女の言葉に「分かっている」と言葉を返すと、俺の腕の中でライムが大きな欠伸をした。




