帰還の前の寄り道
そろそろこの章も終了です。
次回の章で一区切りとなる予定です。応援をよろしくお願いします。
身体の痛みは消えたが、精神的疲労がどっと押し寄せてきた。
神の間を出て、水路を張り巡らせた、美しい室内庭園のある間に来た時、俺はその場に片膝を突いてしまう。
「混沌の野郎……! 絶対に叩き潰す‼」
復讐心を滾らせ、気持ちを奮い立たせると、気合いと根性で立ち上がる。
立ち眩みがして、よろよろと数歩前に踏み出したが、その場で一度立ち止まり、丹田から身体に気を流す事を意識しながら、呼吸法で気の循環を高める。
正常に戻った勁に気が流れ、緩やかだった回復力を、全神経を集中する事で最大に引き上げる。気力から生命力を生み出す──
根源から、生命の末端まで繋がっているのだ。
では、混沌は──? 俺はほとんど無意識に考え続けていた。
世界を、大地を覆っている、あの混沌を排除する力──必ずあるはずだ。それは混沌を調べる事で明らかになるはず。
「お前が泣き叫んで赦しを請うまで、金鎚でぶっ叩き続けてやる……!」
その為には素材が、金が、必要になりそうだ。
混沌の弱点を探るという、新たな目標を持ってしまった。
「まったく……これから忙しくなるって言うのに」
俺は体力が回復してきたのを感じると、室内庭園の間を出て、その先にある控えの間の扉を叩き、返事を待たずに扉を開けた。
「オーディス、治療は成功したかにゃ?」
部屋に入るとナンティルが声を掛けてきた。
「おうよ早速帰って、やり残している作業をやらないとな。久し振りに金鎚を握りたくてウズウズしてきたぜ」
うんうんと頷くナンティル。
「それにしては顔色が悪いにゃ。何かあったのかにゃ?」
「ああ……少し、な。身体に負荷が掛かり過ぎて死にかけただけだ。問題ない」
「問題大ありにゃ……」
そう彼女は心配そうに言ったが、俺がすぐにフォロスハートへ戻ろうと急かすと、「分かったにゃ」と返事をして神殿を出て行く事になった。
帰り際に、ナンティルが「ちょっと待つにゃ」と言って、通路の先にあるドアを叩いて部屋の中に消えた。
ものの数分で彼女は戻って来て、神官長に挨拶をしたと告げる。
「もういいのか」
「なーに、ちょっと顔を見せに行っただけにゃ。これで私の諜報活動も終わりにゃ」
なるほど……そう考えると、ナンティルは言わば、フォロスハートとパールラクーンの和平条約を結び付けた立役者。という事になるのではないか──本人にその意識は無い様子だが。
神殿を出ると、馬車の停留所に向かう。
そこには猫獣人の男の御者が待っていて、玄関町ボロッコスまで俺とナンティルを送り届けると言った。
「ボロッコスまで横になってた方が良くないか? なんなら膝を貸してやるにゃ」
「金を取られそうだから、いい」
ちっ、とナンティルの口から舌打ちが漏れる。
「本当に金を取る気だったのか! この守銭奴! 鬼畜! 金の亡者!」
「誰が金の亡者にゃ! 人聞きの悪い!」
それからもしばらく言い争いが続いたが、体内の気の流れが安定し始めると、急に眠くなり──少し目を瞑ると、そのまま眠り込んでしまった。
気づくと馬車に揺られながら横になっていた。
ナンティルがいつの間にか横に座り、太股の上に俺の頭を乗せている。
せっかくなので、そのままもう一眠りしようかと思っていると、馬車は目的地に着いたようで、ゆっくりと停車した。
「ボロッコスに着いたにゃ。起きるにゃ」
ナンティルは俺の頬を摘んで引っ張る。
「いたいいたい」
太股の余韻も無く叩き起こされた。
彼女と馬車を降りると、そこには転移門へ続く道に近い停留所であるらしい。
「私はこれから店に寄るにゃ。オーディスはどうするにゃ?」
「そうだな……せっかくだ。ナンティルの店に行ってみるとしよう」
そう言うと彼女は「よし、財布は持って来たにゃ?」と容赦が無い。
「そんなに持って来る訳ないだろ。ツケにしろ、ツケに」
ナンティルは「しょうがないなぁ」とか言いながら道を歩き始める。
大通りにはやはり、多くの猫獣人が歩いていた。
先を歩く彼女は大通りから脇道に入ると、細い裏路地を通って、別の通りにやって来た。
そこには商店が並ぶ路地で、風変わりな土産屋などもある。
剥き出しの状態で積まれた金属の皿や、壁から下げられた大きな鍋など。様々な日用品や、棚やテーブルなどの家具なども山の様に店先に溢れ、異国情緒に包まれた通りになっていた。
「こっちにゃ」
そう言って連れて来られたのは、この辺りでは落ち着いた雰囲気を持つ、道具屋の様であった。




