女神の治療
タイトル上の『方舟大地フォロスハートの物語』から、《外伝》や登場人物の設定などを読める物を投稿してあるので、そちらも是非読んで見て下さい~
『あなたの中には、他の者には感知できないくらい小さな、混沌の粒子が入り込んでいます。それがあなたの体内を流れる気脈(勁)を傷つけていたのです。気脈を復元する前に、その混沌の粒子を取り除かなければなりません』
そこまで言うと、女神は溜め息の様なものを漏らした。
『しかし、その混沌は、気脈から神経へと通じる場所に根を張っている物もあり、それを取り除こうとすれば、あなたは激痛に苛まれる事でしょう。それでも構いませんか?』
うへぇ……ここまで来て、そんな罠があるとは……
しかし、俺の答えは決まっていた。
「もちろんです。それを取り除き、全てを元通りにして貰えると言うのなら、腕をもがれても文句は言いません」
俺の言葉に、女神は重々しく頷く。
『では、私の掌に乗りなさい』
アヴロラはそう言うと、大きな腕を動かして、俺の前に手を広げる。
彼女の掌は、俺が横になると頭と膝から下が、はみ出すくらいの大きさだった。
掌に横になると、そっと指が閉じられて、俺の身体は女神の手の中に収まる形になった
『それでは、始めますよ……』
ぼうっと、女神の手が緑色の光に包まれる──俺は苦痛を覚悟して、身体に力を入れる事なく、ただ自分の成すべき事、身体を癒した後の事を考え始めた。
「グぁッ⁉ ────‼‼」
臍辺りから、腹部、胸部へと痛みが広がってきた──それは、電気を走らせた痛み──それを、より酷くした痛みだった。
俺は声を出すまいと、目を瞑って鍛冶仕事の事を思い浮かべる。
本当はそんな場合では無かったが──おそらく、身体は無意識に痛みから逃れようと、暴れ回っていただろう──痛みに抵抗する為に、灼熱の炉の前で、燃え上がる金属を金鎚で打ち叩き、盛大な火花を散らしている作業を思い浮かべ、ひたすら金鎚を振り続ける。
痛い、本当に痛い……‼ 神経を引き剥がしているのではと疑うほどだ。失神しないのは、痛みが酷すぎて、逆に気絶も出来ないのではないか──そんな風に思う。
痛い(ガツン)、痛い!(ガツン)痛い‼(ガツン)と、痛みを金鎚でぶっ叩いて、黙らせる様な心象に変わっていた。
この痛みは俺の中に、混沌に対する圧倒的な怒りを呼び覚ます結果になった。
(へへ……失敗したなぁ、混沌よ。俺はキレた、完全にぶちギレたぞ……! 必ずお前をブチのめす武器を造り出してやるから、覚悟しておけよ……‼)
頭の奥に、混沌を金鎚でぶっ叩いている俺の姿が見えた──そういえば、混沌結晶を使った武器とかは、どうなるんだろう……(魔力に補正が掛かる事は知られている)混沌に有効な武器を造る時は、混沌結晶の中に、その答えを見出だせるんじゃないだろうか……混沌の対立物って何だ……?
そんな事を自然と考え始めたのは、痛みが引いてきたからだった。
気づくと俺は、女神の手に抱かれてぐったりと横になったまま、真剣に考えていた。
混沌の野郎をぶち殺す、その着想を得る為の手掛かりを、何となくだが手に入れられる予感がしていた。
『あなたは、本当に強いのですね。苦痛の中で、混沌を倒す事を目標にして、痛みに耐え抜くとは……』
女神はそう言いながら手を広げ、俺を翠玉色の瞳で優しく見守ってくれている。
「いいえ、女神よ。痛みに耐え抜く為に、ではありません。本気で混沌を叩き潰したいと、心の底から思いましたよ。そして、必ずその為の武器を造り出し、この痛みを俺に与えた返礼をしてやろうと、心に誓ったのです」それを聞くと、女神は少し微笑んだ。
『そうですね、あなたは発想に富む人だから──フォロスハートの神々も、そんなあなただからこそ、気に入っているのでしょうね。あなたなら、いつか混沌に対する強力な攻撃手段を創り出してしまうかもしれない。──そんな風に思わせてくれますから』
俺は女神の手から降りて、自分の足で立ち上がった──義足がガチャリと音を立てる。
痛みの後遺症なども無く、先ほどまでとは違って、充実した気力に満ち溢れているのを感じる。体の中を流れる気、だけでは無い──なんと言うか、闘志に似たものが、沸々と身体と心から沸き上がる。そんな風に感じていた。
「女神アヴロラ様、ありがとうございます。このお礼は、必ずさせて頂きます」
そう宣言すると、女神はくすくすと、声を出さずに笑う。
『私は、あなたの過去の話などを聴ければそれで満足ですが。今度是非──こことは違う世界について、聴かせて欲しいものです』
その言葉には曖昧に笑って、こう答えるしかなかった。
「あの世界については、嫌な事ばかり思い出しそうなので、止めておきたいですね。何か面白い話を思い出したら──その時はお話しする事にしましょう」




