火の女神と巫女
今回の章で肝となる展開を暗示している話ですが、事件が起こるのはもう少し先です。
迎賓館の客間は赤い絨毯を敷き、小さな石のテーブル──柘榴石の原石で作られた物──の側に置かれた革張りの長椅子が向かい合って置かれている質素な空間だった。
俺をここに連れて来た神官とは別の女性神官が、紅茶を運んで来て──紅玉をあしらえた茶碗に華やかな香りのする紅茶を注ぎ入れる。
彼女は「少々お待ちください」と残して客間を出て行く。
火の神ミーナヴァルズは俺が紅茶に口を二度付けた頃にやって来た。
「お待たせ致しました」そう巫女が言う。
女神は紅玉の仮面を付け、白い法服に似たゆったりとした薄着を着て、頭部の銀冠から垂れ下げられた深紅の薄布を身に纏っている。
そうか、今月の終わりに執り行う儀式の為に──身を清めている最中なのだ。これは助かった。
むろん、そんな表情は表に出さない。
「製作を依頼された象徴武具の大剣です、ご確認ください」
俺は大剣に巻き付けていた布を取ると、象徴的な鞘に納まった剣を差し出す。
ミーナヴァルズはそれを受け取り、大きな鞘から剣を抜くと、左右に広がり、上部に向かって燃え上がる形をした六つの刃と頂点に鋭く光る大きな刃を確認して、鍔や柄頭に使われた紅玉と柘榴石に触れると、巫女に耳打ちする。
「さすがはオーディスワイア、ここまで手の込んだ大剣を作れるのはお前だけであろう。見事、実に見事である」
そう言うと巫女は、こほんと咳払いをした。
「火の神ミーナヴァルズは今月の終わりに行う祭儀『送夏の儀』の為に、身を清めている最中ですので、今日のところはこれで……申し訳ありません。報酬の方はすぐに手配致します──それでは」
女神は一瞬何かを喋ろうと口を開きかけたが、巫女は錫杖をしゃん、と鳴らして彼女を制した。人界では神も巫女の指示に従わないといけないのだろう。
何事も規律によって守られているのだ。
拍子抜けしたほど何事も無く終わった。女神に水の神との事で、あれやこれやと言われずに済んだのは幸運だった。嫉妬に狂うなどという事は無いだろうが、嫌みの一つも言ってくるだろうという事は覚悟していた。
火の神には申し訳ないが、まずは儀式に集中して頂くとしよう。フォロスハートの繁栄と安定の為に。
女神との謁見もあっと言う間に終了し、客間に残された俺は一人で紅茶を飲んでいた。
大掛かりな象徴武具の作製も終わり、肩の荷が下りた──そんな気持ちになる。
窓の外を見ながらゆっくりしていると、ドアを叩く音が。声を掛けると数人の神官と巫女が入って来た。先ほどの女神の錫杖を持った巫女では無く、神殿内での世話係として女神に仕える巫女だ。
彼女は象徴武具作製の報酬だと言って、神官達にしっかりと布にくるまれた梱包された包みを持ってきて、それをテーブルの上に置く。
相当に重い物の様だ。ジャラジャラと音が立たない様に数十枚ずつ硬貨を紙で包んでいる物だ。
それを持ち帰れるようにと、別の神官が丈夫な皮の袋を持って来て、その中に布に包まれた報酬を入れる。
「ありがとう」
「どうしましょう、すぐに帰られますか? それとも市内を案内させましょうか?」
巫女は帰りの馬車を手配してくれると申し出た。以前も乗って帰った高速馬車なる物で送られる事を頼むと「承知しました」と、彼女らは下がって行く。
庭でお待ち下さいと言われた俺は、素直に巫女の後ろを付いて行き、庭にある長椅子に腰掛けて庭を見学しながら馬車が来るのを待っていた──
*****
しかし、俺の造り出した象徴武具の力であんな事が起こるとは──
神々の為に造り出した物が、フォロスハートの為を思って造り出した物が、まさかあのような危機をフォロスハートに呼び込む事になろうとは、思いもしなかったのである。




