謎の魔法屋の噂話
不思議な魔法屋を出た私は──ふらふらとした足取りで大通りまで戻って来ていた。どの道を通って来たのか覚えていない。……ただ、あの店で私は多くの魔法を習得したのだ。──それはまるで、夢の中の出来事みたいに感じられた。
どんどんと自分の中に沸き上がる、魔法の心象と呪文、それらが魔法を行使する意識に刻み込まれていく感覚。
こんな体験は初めてだった。いつもは一つか、二つの魔法を習得するだけで精一杯だったのに、たった数十分で二桁近い魔法を覚えたのだ……
そう言えばお金を払った記憶が無い。
財布を見ると、銀貨が減っている様子も無かった。いったいどういう事なのか……私は、ぼうっとする頭で考えようとしていたが、頭の中に次々と浮かんでくる無数の呪文が響き渡り、段々と怖くなってきた。
「ヴィナー!」
急に腕を引っ張られた、目の前を馬に引かれた荷車が通過して行く。
「なにやってんだ!」
それはカムイだった。肩を怒らせて目を見開き怒りを露にする。
「死ぬ気か!」
良く知る幼馴染みが見せる真剣な表情に、私は「ごめん」と謝った。ぼうっとして馬車道に飛び出してしまうところだったのだと、改めて気づく。
「みんなは、どこ……?」
ふらついている私を心配して「大丈夫か?」と尋ねるカムイ。
「よくわからない……」
頭を押さえながらそう言うと、カムイは私の手首を掴み、先導するみたいに私を引っ張って行く。
子供の頃にこんな事が良くあったかもしれない。昔の私は泣き虫で、いつもカムイやウリスに守られていたんだっけ……
その事をいつからか忘れて、自分は強く生きるんだと、近所のおばあちゃんに魔法を教わるなどして強くなった気でいたのだ。それは「気がしていた」だけで、実際は、弱い私のままだったのだ。
弱い自分を受け入れられずに、自分を守る為に攻撃魔法を習得して、他人を避けて生きて行こうとしていたのだろうか。まるで周りには敵しか居ないと思い込んでいたかの様だ、傷つけられるのが嫌で、人を傷つけて遠ざけようとしていたのか、私は攻撃魔法だけが自分を守る術だと思い込んでいたらしい。
あの魔法屋に居た魔導師は私の弱さを見抜き、他者を受け入れる事から新たな意識を持たせようとしたのだと──今なら、はっきりと分かる。
魔法使いとして成長するのを邪魔していたのは、私自身の弱さだったのだ。その事にはっきりと気づかされた。
「私はもう逃げないから」
カムイに腕を引かれながら、私はそう宣言する。
「いや、馬や荷車からは逃げろよ」
カムイは呆れた様な口調でそう呟いた。
旅団の皆は買い物をしていた。素材屋の他にも、武器屋に防具屋を巡り終え、衣服や装飾品の店を覗いている仲間を放って大通りを歩いていたところ、カムイは私が道に飛び出そうとしているのを見つけたらしい。
装飾品店から出て来た皆と合流すると、ちょうど馬車を二つ確保したと、リトキスさんとエウラさんがやって来る。
買い物を切り上げると私達は宿屋へ戻り、荷物を二台の馬車に乗せてミスランへ帰る事となった。
*****
馬車の中でカムイは、私がふらふらと荷車の前に飛び出しそうになった事を話して、何故そんな事になったのかと尋ねてきた。
私は不思議な魔法屋で出会った魔導師風の男の事や、魔法をいくつも覚えた事を掻い摘まんで話すと、エウラさんがこんな事を言い出した。
「私、伝承とか怪談とかが好きで、そういった話を集めているんですけど、シャルファーには昔から伝わる『不可思議な魔法屋』の話があるんですよぉ……」
何故かおどろおどろしい言い方でエウラさんが語ったのは、路地裏に現れる謎の魔法屋で、伸び悩んでいる魔法使いを呼び込み、強力な魔法を与える代わりに、その人の愛する人を奪って行く……という話だという。
「愛する人が居ないから大丈夫だったんだね」
とウリスが言うと、カムイも笑い出す。
「その前に、本当に魔法を覚えたのかよ。あんな風にふらついているなんて、白昼夢って奴を見ていただけじゃないのか」
エウラさんは「不可思議な魔法屋」の話はいくつもの型があって、複数ある事から信憑性の高い伝承なんだと説明する。
ちなみに、この魔法屋をもう一度訪れようと思っても、どの道を通ったのか記憶しておけない、という共通点があるらしい。
私はその不思議な魔法屋について話す事は止めようと思う。……だって、昔の弱い自分を思い出すから。そんな話、誰にも聞かせたく無いに決まってる。
私はエウラさんから話して聞かせろとしつこく迫られたが、具合が悪くなったと言い訳をして、揺れる馬車の中で一眠りする事にしたのだった。




