満員御礼という地獄
知っている人は知っている、知らない人はずっと知らない。これなーんだ。
それは「大忙し」を越えた忙しさである。
特に孤立無援の状態で、全ての作業をたった一人でこなさなければならない。そんな状態の事である──
誰か、助けてくれませんか?
何故、この様な事になったのか、それは分からない。ただやたらと「ここの強化錬成が凄い!」とか「やだ。私の利用してた鍛冶屋、強化率低すぎ⁉」みたいな事を聞いたりして、ここにお願いしてみたい。と客が押し寄せたのだ。
ありがたい話だが、いくらなんでも一日に三十人分の錬成は(できないとは言わないが)無茶だろう。もちろん「三日後までに」とか受け取り日数の違いを設ける事で、対応したのだが──
「やばいよ、やばいよ。このままじゃまた、倒れちゃうよ」
しかも中には上級の冒険者が訪れて。
「失敗しても構わない。この槍に『竜殺し』と『剛貫通』『破壊力増加』を付けて欲しい」
と素材と前金を置き、狭い鍛冶場の中で「おおっ」というざわめきが起こったのだ。
彼が要求したのものは、高位錬成と同難易度の依頼だ。他の店でももちろん断りはしないだろうが、五割以上の確率で槍が失われる危険がある。
「硬化と劣化防止の上に、それらを乗せるとなると──おそらく三割の成功率しか出せないと思うが、その時は『白竜角の槍』が失われる事になるが……それでもやれと?」
冒険者は重々しく頷きながら、「これは予備のものだからな、噂を聞いて賭けてみたくなっただけだ。無くなっても恨まんよ」と、その冒険者は言っていたが……武器屋で売れば、一財産になる槍が失われるかもしれないこの恐怖……!
この緊張感を愉しめなければ、錬金鍛冶師は務まらない。俺は表面上はいつもと変わらぬ様子を装って、「分かった、引き受けよう」と応えたのである。
「あ──、この依頼やっばいよ──! 集中して掛からんと……! いや、待て。まだ慌てるような時間じゃない……!」
俺はその夜、寝室の寝台の上で、そんな一人芝居を打ってから眠りに就いた──
何故かレーチェが夢に出てきたのは、彼女のエロい姿を目に焼き付け過ぎたせいかもしれない。
いかん! 雑念を払わねば……!
翌朝になると表に出て、空に浮かぶ火の神の焔日(火の神が作り出している太陽の代わりとなるもの)の暖かさに包まれながら祈る──錬金術には神の前に頭を垂れ、謙虚な気持ちで取り組まねばならないのだ。
ここフォロスハートにはありがたい事に、目に見える神と力が溢れているのだ。信仰心に目覚めずして何が人であろうか。
ああ、しかし神よ……私は未だ若い娘に欲望を燃やし、いやらしい気持ちになってしまうのです……人間だし、多少はね?
などと口には出さずに懺悔(?)し、早速作業に取り掛かる事にした。まずは簡単な、今日の午前までに片付けるべき物をさっさと済ますと、問題の白竜角の槍と、それに組み合わせる素材を錬成台の上に並べる──これをさらに成功させる配列や、付け足すべき素材について思考する。
霊晶石は、複合属性の調和に使うと安定するが、「白竜の逆鱗」と「鋭角なる巨獣の棘」等を組み合わせるとなると──竜の角と逆鱗の対立を調和させる為には──血だ。
竜血晶だ、間違いない。
しかし素材保管庫にあるのは、黒竜の竜血晶と、青竜の竜血晶のみだ。俺は鍛冶屋を閉めると近所の素材屋へ駆け込む──が、無い。
白竜の素材はやはり、そうそう置いてはいないか……あの槍を持って来た冒険者なら、あるいは白竜の竜血晶を持っているかもしれないと考え、鍛冶屋へ戻り、あの冒険者の所属旅団を確認し、その旅団の拠点へ向かう。




