別れの朝に
翌朝目覚めると隣にアリエイラの姿は無かった。まるで昨日の事が夢だったかの様に、なんの痕跡も残されていない白いシーツ……
温もりを探すみたいにシーツを触ってみるが、冷たい感覚が心に広がるだけだった。
それでも俺の中には水の女神への熱い想いが溢れている。この気持ちが夢であるはずが無い。
寝台から起き上がると、窓に掛けられたカーテンを退かして焔日を浴びる。テーブル席に置いた荷物を確認すると、そこには──手紙と青玉が付けられた水晶の腕輪が置かれていた。
食堂で食事を取ると、神官に連れられて裏門に向かう。馬車を用意するという彼らの気遣いに礼を言いつつそれを断った。ウンディードの街を見て回ってから、民間の馬車や荷車で帰ると告げる。
すると彼らは「水の護符」を持つ客人に、その様な扱いをしたら自分達が叱られてしまうと訴えるので、苦笑いをして、彼らのしたいようにしてくれと言っておいた。
「水の護符」とは、青玉をいくつも付けた水晶の腕輪の事だ。美しい水を表す装飾が浮き彫りにされた腕輪は、水の神の力が封入されたアリエイラからの贈り物だった。この腕輪を持つ者は、奥神殿にすら入る許可を得た者として扱われる。最大の客人の一人に数えられるのだという。
手紙にはその事が書かれていた。短い間の再会の喜びと──、長年の後ろめたい気持ちを打ち消してくれた事に感謝している、といった内容の手紙だった。
彼女は寂しくなったら、こちらから会いに行くといった内容も書いており、俺を空高くまで舞い上がらせる様な気持ちにさせてくれた。
手紙の最後に書かれていた言葉──。これは手紙を残しておいて良いのかとすら思わせる一文であったが、しかしその言葉を読むだけで、自分の中に水の神に対する愛で満たされていくのを感じる──
『あなたのアリエイラ』
その文が頭の中で何度も反芻し、街中を見て回り、神官達の用意した馬車でミスランに帰って来たのだが、街の事も帰りの道も良く覚えていなかった。
気づいたらミスランだった、とでもいった感じだ。
恍惚とした気分のまま、良く知る道を歩いている。──なのに、まったく違う場所を歩いている様な、何もかもが新しい物であるみたいに俺の目には映るのだ。
当分の間は、この浮かれた気持ちが続くだろうと、半ば諦めに近い想いを抱いていた。これがずっと続くとしたら問題だ、大問題だ。下手をすると日常生活にも支障を来す、そんな度合いだ。もはや病気である。
「でも、幸せだなぁ……」
いや、すでに病気の域だ。その自覚がある。
愛だ恋だと、いい年した男が口にするのも憚られるが、そうとしか言い様が無い。
とは言っても、ずっとこのままで居る訳にもいかないのだ、俺はその事を知っている。愛すべき者が居るのなら、その為に、それを守る為に、戦わなければならないのだという事を。
*****
俺は錬金鍛冶師の爺さんから譲り受けた鍛冶工房を見に行った、まだ取り壊されてはいなかったが、爺さんが住み、俺も爺さんの後で住んでいた建物は、すでに半分以上が分解され、石材となって集められていた。
古い物が新しい物に取って代わられる。
それは否定的なものでは無いはずだ。古いものから学び、新しいものに受け継がれて行くのなら。
俺も色々な人から、様々なものを受け取ってきた。それを受け継ぎ、伝えて行かなければならない。
旅団宿舎の前に来た時には、俺の中にあった浮ついた気持ちは胸の奥にしまわれた。この気持ちは大切にしまっておこう。
玄関の鍵を取り出して扉を開ける。
そこから新たな気持ちで取り組もう、旅団の仲間の為に、冒険者達の為に、そしてフォロスハートの為に。
──神々の為に。




