水の神の膝元、都市ウンディード
馬車は一定の速度で進み続けた。馬車の中では、あまり口を利かずに揺られ続けていたが、途中にあるエンフィーナの街を通り過ぎて行くと、女の神官がここから、もうすぐですよと言う。
彼女の言葉通り大きな畑や水田の間を通り、川に架かった橋を越えたりして二十分ほどで大きな都市ウンディードに辿り着いた。街を囲む防壁も強固な物で、所々に大型の弩砲が壁の上に設置されている。──軽装鎧を身に着けた兵士らの姿もあり、最近では少なくなった混沌から現れる魔物に対する備えも万全の様子だ。
巨大な観音開きの扉がある門を通って街中へ入る。大通りはしっかりと舗装された歩道と、馬車などが通る踏み固められた地面の二つに、はっきりと分けられている。
多くの建物は二階建てで、石材と木材を組み合わせて建てられた物が多い。道を歩く人々の姿も多く、老人から子供まで多くの人々が行き交い、活気に包まれていた。
大通りを直進する馬車に揺られながら神殿が前方に見えてくると、馬車はゆっくりと道を曲がって斜めに伸びる道を進んで行く。
「神殿の正面口は人が多いので、裏口の方から迎賓館へ向かいます」と神官が言う。
今通っている道には兵舎や倉庫らしい建物が並んでいた、神殿を守るように配置されているのだろう。道の奥へ来ると壁に囲まれた施設が見えてきた。──神殿と街を分ける境界だ。裏門にも神殿付きの兵士が見張っていて、御者の呈示した物を確認すると馬車を通す。
裏門を潜ると妙な感覚に襲われた。三日前に感じた変な高揚感に似ているそれは──妙に心を揺さぶる、懐かしいものだと感じた。
大きな神殿の裏手にある迎賓館は、垣根に遮られた庭の中にあった。白い石を組み上げられて建てられた品のある建物だ。
石柱や壁の一部には水を印象付ける装飾が施され、全ての窓には硝子が張られている。
垣根の間に作られた門の前に馬車が止まると、降りるよう促され、門の前に降り立つ。
「こちらです」
と女の神官が迎賓館の中へと案内してくれた。床に敷かれた青い絨毯の通路を通って通路の奥へ向かう。──外へと通じる裏口が近くにある部屋へと通された。個室の客間であるが、一人で使うには些か大きい。
「昼食後に浴場にて体を洗われた後、清めの儀を行って頂きます。民衆の入れない神域に入って頂く前に、しなければならない儀式なのでご理解下さい。その後は奥神殿で神アリエイラと謁見となります。それでは……」彼女は出て行った。
取り残された俺は荷物をテーブル席へ置いて、窓から見える中庭を見ながら、ぼ──っとしていた。何故だろう、この景色に見覚えがある気がするのだ。
長旅であった訳でもないのに疲れた気分になり、白いシーツの敷かれた寝台を見ると横になる事にした。
靴を脱いで横になり、目を閉じる。──なんだか、この部屋の空気にさえ懐かしい物を感じてふと、目を開けて白い天井を見上げる。
「……知ってる天井だ」
その天井は正方形になる形で木枠が交差し、天井の白い壁を支えている。白い部分には、うっすらとだが水の神の紋章が浮き彫りにされており、それが一枚一枚天井部分に填め込まれているのだ。
俺はこの天井を見た事がある。そう確信した。
昼食に呼びに来た神官の後について行き、食堂までやって来ると、誰も居ない広々とした場所で一人、食事を口にする。──珍しい魚料理や貝料理に舌鼓を打ちながら。
調理場の方に料理人と給仕の女が居るだけの空間に取り残された俺は、大人しく食後に出された果物を口にしながら、人が来るのを待っていた。
ゆっくりと休んでいると神官の少女がやって来て、浴場へ着替えを持ってお越し下さいと告げる。一度部屋に戻り、荷物から着替えや石鹸などを持って浴場に行くと、先ほどの少女が体を洗う綿織物や石鹸を用意して待っていた。
「え、背中を流す気配り付き?」
そう言うと少女は真っ赤になって、首を横にぶんぶんと勢いよく振る。
「ですよね──」
乾いた綿織物を受けとると脱衣所に入って行った。




