遠征への出発と水の都への出発
昨日のうちに色々な事を話し合ったが、遠征先では、今までと違った場所に向かうのだから、慎重に行動するようにと、しつこいくらいに何度も言い聞かせた。これで分からなければ犬や猫以下だ。
俺の方はというと、水の神からの手紙は見せずに、神貴鉄鋼の短剣の礼をしたいというお召しを頂いたので、都市ウンディードへ行く事になったと説明はしておいた。
うちの旅団には、三つの都市の旅団から「黒き錬金鍛冶の旅団」に移って来た団員も居るが、都市ウンディードで旅団に入っていた団員は居ない。
せっかくウンディードに行くのだから、そこでしか買えないような食べ物を買って来い、と言った要求をされたが、遠征から帰って来る日よりずっと前に帰って来る事になるだろうから土産は無い、そう断っておく。
仲間達を送り出した後で、俺は小鉢植物園に使う硝子小鉢を一つ用意し、その中に荒く削った様々な形の、色とりどりの宝石を入れて、空色の布でくるんだ──水の神に持って行く土産だ。
着替えやお金を用意し、あまり大きくない鞄にそれらを入れて、宿舎の玄関先で待っていると、壁の上に白いのが、ひょこひょこと歩いているのが見えた……猫だ。
簡易寝床に餌を用意しておいたものの、数日間ここには誰も居なくなるのだが大丈夫だろうか──。もともと野良なのだから大丈夫だとは思うが、少し心配だ。
「ここにはしばらく誰も居なくなるからな? 数日後には帰って来るが。食べ物は、よその奴から貰ってちゃんと食うんだぞ?」
近づいて来た猫にそう言うと、芝生の上に転がって日向ぼっこを始める。
「大丈夫かな」
寝っ転がった猫の腹をわしゃわしゃと撫でると、嫌がって甘噛みをしてくる。
「あ──やめい。これから水の神に会いに行くのに、手を傷だらけにした状態で行けないだろ?」
「ぅにぃゃぁ──」
変な鳴き声を上げてこちらに背を向ける。いいからさっさと行け、とでも言ったのだろうか? 心配してやったのに、冷たい奴だ。
すると馬の蹄が石畳を踏み鳴らす音が聞こえて来た。ガラガラと車輪を転がす音も聞こえてきたので、俺は立ち上がる。
「じゃあな、しばらくは留守にするから」
猫に声を掛けたが、猫は尻尾を振っただけで、こちらを見ようともしない。
玄関の扉を開けると目の前に馬車が止まった。驚いた事に水の神の紋章が入った、豪奢な造りの馬車だった。普通の馬車で来るとばかり思っていたので、不意を突かれてしまった気分だ。
俺は扉の鍵を閉めて馬車から降りてきた神官の男の挨拶を受け、顔をしかめてしまった。
「おいおい、何もこんないかにもな馬車で来なくてもいいだろう」
こっちの言う事が理解できなかったのか、彼は首を傾げる。
「神アリエイラのお召しですから……この馬車を使用するのが慣例なので」
さあどうぞと言って開いたドアから馬車の中に入るよう促す。俺は分かったよと呟いてから神官の男に言った。
「猫が中に居るから、しばらく宿舎には誰も居なくなると伝えてやってくれ」
俺の言葉に男は扉の向こう側を見る様な仕草をした後、こう言った。
「たぶん大丈夫でしょう、あの猫には水の神のご加護があるでしょうから」
この時には神官の男は、猫の状態について気づいていた──というのが、最後の一文の意味。




