大いなる鼠の再来
「誰が強盗っちゅか」
女の声でそう言ったのが聞こえてきた。庭を歩いて来る見覚えのある一団。地の神ウル=オギトと巫女、そしてその護衛達であった。
「地の神ウル=オギト。あなたの依頼をこなしたせいで、仕事の量が劇的に増えるのではないかと、今から戦々恐々としている有様ですよ」
俺がそう訴えると銀色の大鼠は、真っ赤な座布団の上で「ちゅっ、ちゅぅ──」と鳴き声を上げる。
「わっははは、そう言うなっちゅ──。これもフォロスハートの為だと思って、献身するっちゅぅ──」
巫女の「わっははは」は完全に棒読みだったが、わざとだろう。抑揚なく喋る様式なのだ。
俺はウリスに、レンと一緒に茶を用意するよう小声で言って、彼女を下がらせた。ウリスは信仰心が強い娘だ。神の前に立つなど、恐れ多いと膝を折りかねない。自然の多い環境で育ったウリスにとって、地の神が最も身近に感じる神だった、という事も大きいのだろう。
客間へ、ウル=オギトと愉快な……。巫女達を通すと、彼らを長椅子に座らせ、その背後に複数の世話係の巫女や、護衛を立たせる。
なんとも威圧感のある構図だが、別にこちらが普通にしていれば、壁のシミの様な連中なのは、以前の事から学習済みだ。
しばらくするとレンがお茶を運んで来た。人数が分からないので、茶碗を多めに運んで来ている。後ろで控えていた巫女の一人が前に出て来て、レンから銀盤を受け取ると、人数分のお茶を入れ後ろへ下がる。
レンも頭を下げて客間を出て行こうとしたが、その時ウル=オギトが鳴き声を発した。
「待ちなさいっちゅ、お前は以前ゲーシオンに居た、双子の弟っちゅね? 姉は元気でやっているっちゅか?」
巫女が神の言葉を伝えると、レンは緊張した面持ちで「はい! 元気です」と、教師に名前を呼ばれた小学生の様な返答をする。
「うん、それならいいっちゅ。お前も無理をせずに、元気でいるのが一番っちゅ」
神の言葉にレンは大きく頭を垂れ、客間を出て行った。
「あの少年達には期待していたっちゅが、仕方ないっちゅね。旅団の長に、碌でもないのがなってしまうと、あんな事になるっちゅ。お前も気をつけるっちゅよ? お前は大丈夫だと思うっちゅが、後継者がお粗末では、話にならないっちゅぅ──」
そうウル=オギトが言うので、レンとエアが入っていた「黄土の岩窟旅団」が、その後どうなったのか尋ねてみた。
「多くの団員が他の旅団に移って行ったっちゅよ。残されていた者達で結局、通常の活動──責任量制を撤廃した運営、をする方向になったっちゅが、後の祭り。あの旅団の噂は、当然辞めて行った者達から広まったっちゅ。残された団長と団員の間で揉めに揉めて、ついには解散になったっちゅ。中堅規模の旅団にまでなりながら、団長交代で、あっと言う間に旅団の解体にまで転げ落ちたっちゅ。やるせないっちゅね」
鼠姿の神様が、どの様な表情でそう言ったのかは、窺い知る事が出来ない。
常に無表情な巫女の様子から察する事も出来ない。お茶を啜りながら、場の空気を変える手立てを考えていると、例の蜜蝋を思い出した。
「そう言えば、ウル=オギト様は蜜蝋はお好きですか? 今朝に新鮮な蜜蝋が届きまして……」
そう言うと、銀色の鼠を乗せた座布団を大事そうに抱えていた、もう一人の巫女が反応した。手が僅かに動いて、大きな鼠が上下に揺れ動く。
「蜜蝋っちゅか、いいでちゅね。何を隠そう私を運んでいるこの巫女は、蜜蝋が大好物っちゅ。蜜蝋と聞くと、私を放り投げて蜜蝋に飛び掛かるのではないか、と思うくらいっちゅよ」
そう言われた黒い法服を着た巫女は、抱き抱えている鼠の方にではなく、隣に座る白い法服を着た通訳の巫女に向かって、声の無い罵声を浴びせ始めた。どうやら今言った事の大半は、通訳の即興だったらしい。
俺は少々お待ちを、と残して客間を出て。速やかに蜜蝋を切り分けて皿に乗せ、銀の匙を付けて運んで行った。




