不正者への処罰、混沌への放逐
中世や近世のお話で見られる様な──罪人に対して罵声を上げたり喚き散らして処刑を訴えたり、石を投げつけたりする様な感じは敢えて避けました。統制の取れた(仮にも神々が実在する世界の)民衆なので日頃の不平不満を罪人にぶつけたりする様な集団では無い、というイメージですかね。
それが「良い」のではなく、人間味の薄い、少し屈折した集団の不気味さ、みたいなものを主人公は漠然と感じているみたいです。
二日後のミスランの管理局前は人でごった返していた。衆人に晒す為に用意された台の上に、鎖に繋がれた八名の男女の姿があった。──その中には見覚えのある男の姿も確認できる。かなり前に見たきりだが、だいぶやつれた様子だ、……同情の余地など無いが。
市民達は怒りの感情を表している者は少なかった。実際に被害を受けた若者達は集団の前の方に居て、鎖で繋がれた者達に罵声を浴びせているが、多くの者は至って冷静に状況を見守っていた。
不意に周囲がざわめき出すと若者達の罵声も止み、周辺にざわめき後の静けさが訪れた。
ここからでは人垣で見る事は出来ないが、どうやら四大神を代表してやって来た巫女が、不正者に下された四大神の裁定を告げるようだ。
「この八名の罪人はフォロスハートに貢献したいと望む若者達を騙し、陥れ、自らの私腹を肥やそうと管理局に旅団として登録し、食料などの物資を不正に享受していたばかりか、若者達を不当に扱い。彼らが受け取るべき利益を掠め取り、多くの若者達にフォロスハートへの感謝や、四大神への敬虔なる恭順の思いを踏みにじった。
彼らのした事は、ただ単に私腹を肥やすといった事だけでは無い。彼らによって傷つけられた者達が、信ずるべき隣人や組織への協調といったものを持つ気持ちに、疑いを差すような疑心を植え付け、多くの者の心に不和の種を蒔いたのだ。
この様な罪を犯す者達に情状酌量の余地は無い。地の神ウル=オギトは、この者達が我らの大地に還る事すら拒絶するものとの判断を下し、他の三神もその決断を支持した。よって彼ら八名は今より死出の旅へと向かい、大地の外、混沌への放逐が望まれたのである」
巫女の言葉を聞くと観衆から拍手が起こった。罪人達は抵抗する事無く台から降りると、先導する騎馬に跨がった騎士に鎖を引かれて歩き始める。
ゆっくりとした歩みだ。周囲で見ていた市民から罵声が飛ぶ事もあったが、大きく威圧的なものになる事は無かった。どちらかというと汚い物が運ばれて行くので近寄りたくないという感じで、次々に人々が管理局の前から去って行く。
俺はその光景を複雑な気持ちで眺めていた。ここに住む人々は罪人が心を入れ替えてやり直す機会というものを知らないのか、敢えて無視しているのかは分からないが、「更生」というものをまったく考慮しないのだ(俺も全ての罪人に更生の余地があるなどと、夢見がちな、性善説信奉者の如き発言を口にするつもりは無いのだが)。
だがそれも無理も無い事なのかもしれない。悪い事など一つも犯さなかった個人にとって、悪さしかしてこなかった者など、(危険な)異物でしかないのだから。
別に犯罪者共の末路について同情しているのでは無い。彼らは自らの事だけを考えて、周りの状況をまるで理解せず、己の欲求を満たす事だけを考えていたのだ。
周囲の人間が自分のしたのと同じ様な事をしたら、彼らは不平の声を上げていただろうに。
大地で死して土に還る事も許されずに、ゴミや汚物と同様に混沌へ捨てられる彼ら。混沌に触れた物は悉く虚無へと消え去る。かつてそうした実験が行われ、実証済みの事柄として周知されている。
また、混沌からは様々な不可解な現象も起こる。各転移門の先にある世界で、動物や魔物を倒しても時間が立てば復活したり、持ち去った物が元に戻る(瓜二つの物が現れる)のだ。そのお陰で物資の調達は困らない、という部分もあるが、些か気味の悪い話であろう。
実を言うと、ここフォロスハートにも混沌はその勢力を送り込んでいるのだ。最近は滅多に無いが(四大神の力が強力になった為と言われている)、昔は混沌から魔物が襲来して来て人々を襲った事も度々あった。今でも、もちろん警戒されていて、神々の力で混沌を退けつつ、魔物の出現に対してもフォロスハートを包む結界の内側には、入り込ませないようにしているのだ。
神の力の無い──あるいは弱い世界では、日常的に混沌の侵食や魔物による侵略を受けているのである。
全てを飲み込むかの様な、混沌から生み出される魔物や、動物、物体は──。まるで世界の記憶を何度も繰り返して復元しているかの様だと、ある研究者は残している。
そうとしか考えられない事象もあるが、混沌の有り様は、我々には理解が出来ない事だ。法則性など探しても意味は無い、混沌とはそうしたものであるのだ。




