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狼侯爵と愛の霊薬  作者: 橘 千秋
第二章
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55話 仲直りは祝福の光の中で

本日、書籍2巻発売です。

詳しくは活動報告にて。


 シリウスの誕生パーティーから数週間後。ロザリンドはエレアノーラ学院の講師に戻っていた。


 ランベルトの来訪は非公式であったため、セルザード伯爵家への皇太子派襲撃事件は内々で処理された。

 オーレリアからの手紙から伝え聞くには、ランベルトと女王の交渉は決裂。復興支援は白紙になった。しかし、ランベルトとジェイラスの間では個人的な友好が結ばれたようで、限定的な貿易は開始するようだ。



「……よっし、できた」



 ロザリンドは自分の研究室で久しぶりにコーヒーを淹れていた。

その出来映えに満足すると、来客用の上質なカップにコーヒーを注ぎ入れ、ぷるぷるとトレーを持ちながら運んでいく。


 客はランベルトとシャーリーだった。

 彼らは別れの挨拶をするためにロザリンドへ会いに来たらしい。危険物の多い場所のため、ルカはお留守番だそうだ。


 無事にカップをテーブルに置くと、ロザリンドはランベルトの向かい側のソファーに腰を下ろした。



「……意外においしいね」



 ランベルトはコーヒーを一口飲んで呟いた。

 シャーリーもまた、口元を手で隠しながら驚いた表情を見せる。



「本当に。てっきり、激マズの薬みたいなものが出てくるのかと思っていたわ」


「気に入ってもらえたようで嬉しい」



 ロザリンドは顔を綻ばせ、素直に喜んだ。

 ランベルトは眩しそうにそれを見つめると、カップをそっとソーサーに戻した。



「今日で講師を辞めるんだって?」


「言い方が悪い。雇用期間が終わっただけ」



 元々、一時的な別居のつもりだったので、女王と結んだのは短期間の雇用契約だった。

 定期試験も終わり、ロザリンドはまた学院を去らねばならない。しかし、女王の意向で研究室はそのままにしていくこととなった。


 ロザリンドは人に教えることが嫌いではないので、また女王から依頼があれば講師の仕事を受けるつもりである。……尤も、今度はウィリアムと相談してからになるが。



「……もう、ベルニーニへ戻るの?」


「女王との密約は結べなかったけれど、目的は達成されたからね。愛しいシャーリーとルカをやっと迎えられる」


「シャーリーはいいの? 女王の養女になる話を蹴ったって聞いた」



 花嫁の身分が足りない場合、一端高位の家の養女に出し、それから婚姻を結ぶことがある。

 それは女性が少しでも身分差で苦労しないためのものだ。打診する側もただの善意ではないことは分かるが、花嫁側にまったく利益がないとも言い切れない。

 養女になるということは、その家の後ろ盾を得るということなのだから。



「ええ。養女になれば、確かに殿下の妻としては生きやすいでしょうね。でもそうなると、あたくしはフランレシアの者として行動しなくてはならなくなる。それは駄目よ」



 シャーリーは断固とした態度で首を横に振った。



「どうして?」


「わたくしはランベルト様の生まれや権力に惹かれたのではないわ。顔に惹かれてたの!」


「へ、へえ……」



 力説するシャーリーを見て、ロザリンドはたじろいだ。



「だから愛する人を何よりも優先したいの。わたくしはランベルト様の幸せそうな顔が好きだから。……元夫から相続した遺産も領地もすべて女王へ返納したわ。わたくしはもうオレット夫人ではなく、ランベルト様を恋い慕うただのシャーリーよ」


「……苦労するよ?」



 ロザリンドですらいくつもの懸念事項が頭に浮かんだ。

 しかしシャーリーの決意は固く、拳を強く握って立ち上がる。



「そうね。でも……愛する人のために訪れる苦難ならば、きっと乗り越えられるわ!」


「さすがだ、シャーリー! そうさ、美しい者に試練はつきもの。しかし、勝つのは私たちだ!」


「「ね!」」



 ランベルトとシャーリーは恋物語の主人公とヒロインのように熱烈に抱き合い、ロザリンドにウィンクをした。

 明るいふたりを見ていると、数多の生涯さえも愛を深めるためのスパイスのような気がしてくる。



「ランベルトとシャーリーなら乗り越えられるよ。ふたりが少し羨ましい」



 ロザリンドがそう言うと、ランベルトが目をぱちぱちと瞬かせた。



「何を言っているんだ、ロザリンド。君もいるだろう? すべてを賭けられるぐらい愛する人が」


「……うん」



 思い浮かんだのは、もちろんウィリアムだ。

 もしもウィリアムが別の国に囚われていたら、何も迷わずロザリンドは命がけで助けにいくだろう。



「あの、ロザリンド。わたくし、実は貴女に用があって来たの……」



 シャーリーはもじもじと足を擦らせながら、ロザリンドを見た。



「出立の挨拶じゃないの……?」


「……それもあるけれど……その……」



 ぱくぱくと口を開け、シャーリーは何度か音のない声を紡いだが、やがて真っ直ぐにロザリンドを見ると、金糸雀のように高く女性らしい声を響かせる。



「ごめんなさい! ウィルと貴女の仲を引き裂くような真似をして……」



 シャーリーはそう言うと頭を下げた。


 彼女はランベルトの妃だ。ロザリンドに頭を下げる必要なんてない。

 それなのにシャーリーは謝罪した。彼女の柔軟さと人間性は悪いものではない。尊敬すべきものだ。


「もういいよ。碌に話も聞かずに家を出て行ったわたしも悪いし……」


「……見当違いの噂も流れたと聞いたわ。いくら命を狙われていて必死だったとはいえ、貴女にわたくしはとても酷いことをした」


「いいよ。だって、シャーリーは敵だったランベルトを救ってくれた。それはきっと、フランレシアとベルニーニの未来を繋ぐもの。それに噂だってすぐに消える。そんなものに動じるんだったら、わたしはウィリアム様との結婚を受け入れなかった」


「感謝するわ、ロザリンド。今回のことだけじゃなくて……ウィリアムの……わたくしの弟分を愛してくれてありがとう」



 確かにシャーリーの瞳にはウィリアムへの親愛が溢れている。



「うん、どうか幸せに」



 ロザリンドとシャーリーは抱擁を交わす。



「愛する人の傍にいられるのだもの、わたくしはもう幸せよ。ねえ、ランベルト様?」


「私もこの上なく幸せさ」



 もうランベルトたちに会うことはないのかもしれない。

 それでも、この出会いを大切にしたいとロザリンドは思った――――










 ロザリンドはランベルトたちが帰った後、身の回りの物をまとめ、学院の前で馬車を待っていた。



「……シンシアたちが迎えに来るはずだけど」


「……ロザリンド」


「ウィリアム様! どうしてここに……?」


「君を迎えに来た」



 キョロキョロと辺りを見回していると、マッチ棒が挟めそうなぐらい眉間の皺を深くさせたウィリアムが現れた。

 彼はロザリンドのトランクを奪うと、それを持ち上げたり地面に下ろしたりと、あまり意味の感じられない行動をとっている。



「……どうしたの?」


「ロザリンド、少し……私の話を聞いてくれるか?」



 いつもとは違うウィリアムの空気に驚き、ロザリンドはこっくりと頷く。

 ウィリアムは膝をつくと、ロザリンドを切なげな青の双眸で見上げた。



「私は軍人だ。戦うことでしか大切なものが守れない。多くの物を奪い、この手は汚れている。そしてこれからも私は奪っていくのだろう」


「……」



 そんなのは違うとロザリンドは声を大にして言いたかった。

 しかし、ウィリアムは話を聞いてくれと言った。ロザリンドは彼の意思を汲み押し黙る。しかし、どうしても心を伝えたくて、そっと想いを込めて手を握った。



「ジェイラスとオーレリアは誰もが……貴族も軍人も平民も、男も女も、老人も子どもも関係なく幸せに笑うことのできる国を作りたいと言っていた。だから私はふたりの作る国を支える。それが私の進む道だ」


「……うん」



 ジェイラスとオーレリアは利用価値のあるロザリンドにさえ幸せを願う強い人だ。

 だからそんなふたりを支えたいと思うウィリアムも当然だと思えた。



「絵空事だと笑われるかもしれない。それでも私は進み続けるだろう。きっと……いいや、必ず私は君に苦労をかける。それでも私は君の夫でいたいと願ってしまう」



 ウィリアムは懐からビロードに包まれた小さな箱を取り出した。

 その中には、一対の指輪がある。上品な金色リングを、透き通るようなアクアマリンの宝石が彩っていた。



「ロザリンド、愛している。だからこの言葉を贈らせてくれ。君の生涯をもらい受けたい。私と結婚してもらえないでしょうか」



 いつか聞いた結婚の契約とは違い、甘やかで芯のあるプロポーズにロザリンドは微笑んだ。



「喜んで!」



 ウィリアムに指輪をはめて貰うと、ロザリンド勢いよく彼に抱きついた。

 そして見つめ合うと、どちらともなく唇を重ね合わせた。



「ああ……やはりこの甘い香り……感触……」



 口づけの合間に、ウィリアムは陶酔するかのように呟いた。



「ウィリアム様?」


「な、なんでもない。さあ、帰ろうか、私たちの家へ」



 首を傾げる妻から紅潮した顔を背けた。

 しかし手はしっかりと握られていて、馬車に乗ってからも離れることはなかった。












 雪解けが終わり、春の息吹を感じられる頃。

 ヴァレンタイン侯爵家の庭には、当主夫婦の親しい者たちが集まっていた。


 夫人の家族はもちろん、スペンサー公爵令嬢や王太子、果ては女王までいる。このそうそうたる面々は当主夫妻の大切な家族と友人たちだった。

 庭には若紫色のマグノリアと桃色のフリージアが花開き、風にのって花びらが舞う。



 今日はヴァレンタイン侯爵家の結婚式。

 ずっと前に籍を入れたヴァレンタイン侯爵夫妻だったが、当主の意向でやり直しの結婚式が行われることとなった。

 花嫁の趣向を鑑みて、身内だけの慎ましやかなものにしたつもりだが、招かれた者たちを見て納得する者はいないと言えよう。



 花婿のウィリアムは気もそぞろになりながら、花嫁の到着を待つ。

 チリンチリンとベルが鳴り、漸く花嫁が現れると、普段の恐ろしい形相はなりを潜め、とろけるような笑みを見せる。



 花嫁のロザリンドは純白のウェディングドレスに身を包んでいる。

 幾重にも折り重なったシルクの生地は美しいドレープを形取り、裾には見事な銀糸の刺繍が施されていた。背中まであるベールは繊細なレースで編み込まれ、キラキラと光り輝くダイヤが縫い込まれている。

 肘まである手袋は花嫁の奥ゆかしさを引き立たせ、とても初々しい。


 ロザリンドはギクラスと一緒にゆっくりとウィリアムの元へと歩いて行く。

 ウィリアムの前にまで来ると、ギクラスは軽く会釈をし、ロザリンドを残して着席する。



「……綺麗だ、ロザリンド」


「あ、ありがとう、ウィリアム様」



 ロザリンドは気恥ずかしげに答えた。


 チリンとまたベルが鳴り、今度は見届け人の神父が現れた。

 彼は動揺することなく祭壇の上に上がると、ウィリアムとロザリンドに微笑んだ。



「汝、ウィリアム・ヴァレンタインはロザリンド・セルザードを妻とし、その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか?」


「誓います」


「汝、ロザリンド・セルザードはウィリアム・ヴァレンタインを夫とし、病めるときも、健やかなるときも、その生涯をもって支えることを誓いますか?」


「誓います」


「では、誓いのキスを」



 ごくりとウィリアムの喉が鳴る。

 震えないように気をつけながら、ウィリアムはロザリンドのベールを持ち上げる。

 緊張で潤んだ琥珀色の瞳ときめ細やかな白い肌、上気した頬、そのすべてがウィリアムの心を離さない。

 暴れる心臓を理性で押しとどめ、ロザリンドの薔薇色の唇にそっと口づけを落とす。


 婚姻の儀式はこれで終わりだ。



「ああ、ロザリンド……君はなんて……」



 感極まったウィリアムはロザリンドを抱き上げようと手を伸ばす。

 しかしそれはジェイラスが後ろから羽交い締めにしたことで頓挫してしまう。



「は、離せ、ジェイラス! なんの恨みがあって……」


「恨みならあるよ。こーんな幸せそうな結婚式を見せつけちゃってさ。僕とオーレリアの結婚式もまだなのに」


「男の嫉妬は見苦しいぞ!」


「うるさい男共ですわ」



 オーレリアが呆れて呟くと、女王はころころと笑いながら頷く。



「本当に。いくつになっても落ち着きが足りない困ったちゃんたちだわ」


「……もっと威厳を大切にして欲しいんだが」



 ギクラスは深く溜息を吐きながら頭を抱えていた。



「ロザリー姉上、あっちでお菓子食べようよ」


「お菓子? 食べる。お腹すいた」


 シリウスは甘えた声でロザリンドに擦り寄りながら、ウィリアムに挑発的な視線を向ける。

 たびたびシリウスはヴァレンタイン侯爵家へ訪れてはロザリンドを独占し、ウィリアムを悩ませていた。



「ねえ、ウィリアム様も行こう」



 ロザリンドはジェイラスからウィリアムを奪うと、彼の手を握った。

 対の指輪が交わり、温かな想いが心を満たしていく。


 夫婦は新たな愛の誓いを結び、真っ白な道の先にある光輝く未来を信じて歩き始めた――――




諸事情で一気に更新してしまいましたこと、

お詫び申し上げます。

読みづらくてご迷惑をおかけしました。

少しでも楽しんでいただけたなら、幸いです。



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