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狼侯爵と愛の霊薬  作者: 橘 千秋
第二章
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48話 追い詰められた者たち


 ウィリアムはこそこそと情報収集することは諦めた。

 元々剣を振るってのし上がったような男だ。諜報活動なんて器用なことはできないし、何よりロザリンドが家族と向き合うと言っているのだから、自分も正々堂々ギクラスと向き合い、女王の思惑を聞きだそうではないか。


 ウィリアムはロザリンドと別れた後、早々にギクラスとの話し合いの場を取り付けた。



「……しかし、人もまばらになってきたな」



 パーティーはもう終わり、貴族たちはそれぞれの家紋が描かれた馬車へと乗り込み帰って行く。

 見送りがギクラスだけなのが気になる。しかし彼が「娘と息子は張り切りすぎて体調を崩したようだ」と言っていたので、貴族たちは気にならなかったようだ。



(また、ロザリンドは体調を崩したのか?)



 ウィリアムとダンスを踊ったときは、息を少し乱すぐらいで顔色は良かったはずだ。

 それにいかにも健康優良児のシリウスまでも体調を崩すなんて、明らかにおかしい。



「……ロザリンドにまた何かあったのか?」



 ウィリアムは義父であるギクラスを信用していなかった。

 彼は嫌な噂の纏わり付く狼侯爵に、自分の娘であるロザリンドを押しつけたような男だ。



(子を思う父親ならあり得ないな。……自分で言うのもなんだが)



 しかし、そのギクラスのおかげでウィリアムは聖女と再会できた訳だが、それは考えないようにした。


 最後の賓客を見送った後、門の辺りがにわかに騒ぎ出す。



「た、大変っす! 卿、大変なんすよっ……!」


「馬鹿! ラッセル、外で待機していろと言っただろう!」


「だって一大事っすよ!?」



 外からセルザード伯爵家を見張っていた副官のラッセルが、血相を抱えてウィリアムの元へと駆けてくる。

 もちろん職務中の彼は軍服で、ギクラスはそれを見て眉根を寄せた。



「……ヴァレンタイン侯爵。当家に仕事を持ち込まれるのは困ります」


「あ、えっと、これはその……」



 ウィリアムがしどろもどろになっていると、ラッセルが大きく声を張り上げる。



「卿の奥さんと義弟が、何者かに連れ去れたっす!」


「なんだと……?」


「裏門近くに、救援を示す布が落ちていたっす」



 ラッセルはウィリアムに一結びにしたハンカチを渡した。

 ウィリアムの眉間に深く皺が刻まれる。



「……分かった」



 ウィリアムは今にもロザリンドの元へと駆け出したい衝動を抑え込む。


 ロザリンドに付けている護衛は、ウィリアムが戦後に育て上げた優秀な軍人で、最も信頼できる部下の一人だ。

 彼女がいるのならば、ロザリンドが傷つけられることはないだろう。

 しかし、焦りは生まれる。



「これはいったどういうことですか、セルザード伯爵」


「……なんのことでしょう」



 ウィリアムはハンカチをポケットに押し込むと、ロザリンドとシリウスが攫われても表情一つ動かさないギクラスに掴みかかる。



「貴方はロザリンドたちが攫われていたことを知っていたはずだ……! それなのに焦ることも、探す様子もない」


「このパーティーをつつがなく終わらせることこそが、セルザード伯爵家のためですから」



 淡々と機械仕掛けの人形のように話すギクラスを見て、ウィリアムは激昂する。



「ふざけるな! 貴方の娘と息子だろう!」


「……私が何よりも大事なのは、セルザード伯爵家だ」


「ああ、貴殿は家族のことを愛していないのは嫌というほど思い知らされた! だが、彼女はもうセルザード伯爵家の道具ではない。私の愛する家族だ! 誘拐について知っていることがあるというのなら、今ここですべて吐け!」



 ロザリンドは親というものに対して、諦めの感情を持っていた。

 それは期待したことがなければ抱けないもの。

 この男は、今までどれほどロザリンドが必死に伸ばした手を『セルザード伯爵家のため』と振り解いてきたのだろう。そのたびに、どれほど彼女が絶望してきたことか。



(ロザリンドは家族と向き合いたいと言っていた。どれほどの勇気を振り絞って言ったと思っている……!)



 ウィリアムと踊りながら決意を口にした彼女の指先は、僅かに震えていたのだ。



「いい加減、逃げるのはやめたらどうだ……!」


「……貴殿に何が分かる。いいや、私のことなど分かる者はおるまい……!」



 ギクラスもまたウィリアムを睨み付け、腰に差している剣に手をかける。

 それを見たラッセルは、泣きそうな表情でふたりの腕を引っ張った。



「ちょっと、卿も伯爵も落ち着いて……って、ジェイラス王太子殿下!?」



 ラッセルがそう言うと、ウィリアムとギクラスは揃って振り向く。

 そこには、困り顔のジェイラスと軽蔑の視線を向けるオーレリアがいた。



「……ねえ、オーレリア。パーティーに間に合わなかったばかりか、どうやら修羅場に鉢合わせてしまったようだよ」


「ご子息への贈り物を置いて帰りましょう、ジェイラス殿下」



 オーレリアは護衛騎士に指示を出し、大きな箱を屋敷へと運ばせた。



「いいから助けてくださいよ、姫閣下、殿下!」



 ラッセルは涙と鼻水でぐちゃぐちゃな顔でジェイラスの足へ縋り付く。



「仕方ないねぇ。ウィリアム、怒りたい気持ちは分かるけれど、セルザード伯爵から手を離して。命令だよ」


「まったく、野蛮なのですから。手よりも先に口で急所を攻撃しなさいな。心を抉って再起不能にすればいいだけですわ」



 オーレリアは吐き捨てるように言った。



「……いや、それはそれで間違っていると思うぞ」



 ぴたりとウィリアムの動きが止まり気まずそうに手を下ろした。

ギクラスも王太子の御前でまずいと思ったのか、剣の柄から手を離す。



「それで、いったい何があったのかな。ラッセル、簡潔に説明してくれる」


「卿の奥方と義弟が何者かに連れ去られたようです!」


 ラッセルはビシッと敬礼する。




「ロザリンド嬢が? それは困ったね」



 ジェイラスはキョロキョロと辺りを見渡し、橙の髪に紫の瞳の男を捜す。



「……ところで、アルド子爵はいないのかい? 僕は彼に用があって来たんだけど。できれば、正直に答えて欲しいな、セルザード伯爵」


「……お見苦しいところをお見せいたしました。おそらく、娘と息子を攫ったのはアルド子爵の部下たちでしょう。数日前から、近隣の村で頻繁に目撃されておりましたから」


「……心配はない、と?」


「攫った目的は分かりませんが、彼がロザリンドたちを傷つけるはずはありません」


「やけにキッパリしているね」



 ジェイラスは疑いから眉を顰めた。

 ギクラスは小さく溜息を吐くと、ぽつりぽつりと話し出す。



「アルド子爵はロザリンドの血縁者。不幸な巫女姫から生まれた彼は、同じ境遇で生まれたロザリンドの幸せを壊したりはしないのです」


「……だから私に何かと突っかかってきたのか」



 血も涙もないだとか、男色家だとか、浮気相手と隠し子を囲っているだとか、ウィリアムは自分の碌でもない噂が流れているの知っている。

 それを聞いて、ロザリンドを大切に思っているアルド子爵が、ウィリアムに敵意を持つのは自然なことに思えた。

 だからといって、彼にロザリンドを渡すなんて考えられないが。



「ジェイラス。お前が今ここにいることはこの際聞かないが頼みがある」


「ロザリンド嬢を助けるための人員でしょう? それはもちろん――」


「ちょっとー! わたくしとルカを置いていくなんて、酷いじゃない……!」



 ここ数ヶ月、何度もウィリアムを悩ませた女の声が響き渡る。

 嫌な予感を感じながら声の方向を見れば、侍女服と従者服に身を包んだシャーリーとルカが現れた。



「あら、ウィリアム。渋めの美丈夫と一緒なんて素敵ね!」


「オーレリアねぇさまだぁ!」



 シャーリーはギクラスを見てじゅるりと涎を啜り、ルカはオーレリアの元へと走りだそうとする。




 ――その時、木陰の方から銀色の光が鈍く輝いた。




「シャーリー、危ない!」



 ウィリアムは咄嗟に光を攻撃と認識し、兼の鞘でそれを弾く。

 シャーリーは驚きのあまり、地面へ尻餅をついてしまう。

 カンカンと金属同士の弾き合う音が聞こえたかと思うと、地面に深々と矢尻が刺さっていた。



「な、何!?」



 困惑するシャーリーだったが、這いつくばるようにルカの元へと走り出す。



「襲撃だ! 戦闘態勢を取れ!」


「了解っす!」



 ウィリアムが叫ぶと、ラッセルが剣を抜いた。

 異常を察した他の部下たちがセルザード伯爵家の門扉を潜ろうが、ベルニーニ神国の軍服を身に纏った男たちに阻まれる。

 そしてウィリアムたちを囲むように、数十人のベルニーニ軍人たちがギラギラとした殺気を向けてきた。



「チッ、分断されたか……」



 アルド子爵が不穏な動きを見せた時のため、ウィリアムは部下たちを、少人数だがセルザード伯爵家の近くへ待機させておいた。だがその戦力も、分断されては生かし切れない。



「ルカ! わたくしから離れては駄目よ」


「かあさま……!」



 シャーリーはルカを抱き上げると、震える足を叩きながら邪魔にならない後方と避難する。



(……大した度胸だな、母親というものは)



 シャーリーの瞳には、絶対に死んでなるものかと強い意思が揺らぎ燃えている。

 ウィリアムはシャーリーを見直した。



「シャーリー? ルカ? そうか、この方たちが女王の言っていた……どうしてここに……?」



 ギクラスは襲撃に驚くこともなく、訝しむように唸る。

 ジェイラスとオーレリアは、険しい視線で襲撃者たちを見据えた。



「……まったく、シャーリーたちを囮にするにも初めから僕たちが来ることを予見していたようじゃないか」


「予見、ではなく確信していたのではありませんの? 迷いのないあの動き……屋敷の地理やジェイラス殿下の護衛の人数構成も理解してるようですわ」



 襲撃者たちは迷いなく動き、ジェイラスたちを包囲した。

 あれだけのベルニーニ軍人が国内で暗躍していれば、目立つことこの上ない。国の情報網に引っかかるはずだ。

 スペンサー公爵家でジェイラスが暗殺されそうになったのとは違い、今回の彼らは明確な国の威光を背負い、セルザード伯爵家ごと潰すことが目的のようだ。



「あーあ、裏切り者は誰かな?」


「後で拷問にかけましょう」


「賛成だな」



 ウィリアムとオーレリアは同時に頷いた。



「賛成だよ、オーレリア。でも十中八九、母上の手駒だろうね……!」



 おそらく、この襲撃者たちの存在を女王は知っていた。

 そしてそれらを放置し、ジェイラスたちにその女王が伝わらないように画策した。



(……何が目的だ?)



 ロザリンドが攫われ、ジェイラスとシャーリーたちの命が狙われている。

 女王は息子を、孫弟子を、可愛がっているように見えた。しかし、今回のことはどう考えても、ジェイラスを派閥ごと消し潰そうとしているようにしか思えない。



「考えても仕方ないか」



 ウィリアムは剣を抜くと、一歩前に出る。

 自分のするべきことは一つだけ。

 ジェイラスたちを守り切り、ロザリンドを救い出すことだけだ。



「ジェイラス殿下の護衛を最優先に!」



 オーレリアは凜とした声で叫ぶと、反応弾を空へ打ち上げた。

 赤と黄色の火薬が細く舞い上がり、戦場を彷彿とさせる焦げ臭いが風に乗る。



「どうしたんだい、伯爵」。


「……謀ったな、エレアノーラ……! ……強突く張りの我が儘女め……まだ我らを利用したりないか!」



 ギクラスは、憎しみのこもった瞳でその場にいない女王へと怒りを向けた。







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