表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
狼侯爵と愛の霊薬  作者: 橘 千秋
第二章
44/57

42話 秘された栄光

本日4話目






「……それで、おめおめと尻尾を巻いて逃げてきたのですわね。このグズ狼」



 オーレリアはとんとんと机を指で叩きながら、エレアノーラ学院での顛末を語ったウィリアムに微笑んだ。

 ぶるりと恐怖で身体が震えたが、ウィリアムは腰の辺りで手を組みながら背筋をシャンと伸ばす。



「違う! 元々、仕事の合間に無理矢理時間を作ってロザリンドに会いに行っていたんだ。会いに行けただけでも奇跡と言える。……それに、帰れと言われた……」


「被害者顔したヘタレ、女心の分からないグズ、ダメ夫、元女好きの甲斐性なし、それから――――」


「もうやめてくれ! お願いだから!」



 ウィリアムは涙目でオーレリアに訴えかけた。

 ジェイラスはそれを見てクスクスと笑った後、顎に手を当てて思考に耽る。



「うーん、それにしてもおかしいね。確かにウィリアムはロザリンド嬢に会うのが遅れたけれど、毎日毎日、浮気の謝罪を綴った手紙を送っていたよね?」


「浮気じゃない!」


「シャーリーを屋敷で囲っている時点で浮気ではなくって?」



 オーレリアはちくりと嫌みを言った。



「仕方ないだろう! シャーリーを女王のいる王宮に置くわけにはいかないし、警備の緩い他家へ預けることもできない」



 そう、シャーリーとルカはヴァレンタイン侯爵家にまだ滞在していた。

 もちろん、理由があってのことだが、その事実が対外的にどう映るのかは分かっている。そして、それによって傷つけられるのがロザリンドだということも。



「そうだねぇ。母上とベルニーニの動向が不明の今、シャーリーを預けてよいものか分からない。体よく利用されるのはなんだか悔しいしねぇ」



 女王とジェイラスの親子仲は悪くない。しかしそれと、政治の部分は別の話だ。

 ジェイラスは皆の意見を取り入れて力を借り、国を盛り立てていく性質で、悪く言えば保守的な面がある。対する女王は、優秀な個の力で従来の考えを打ち破り、国を発展させていく革新的な性質を持つ。悪く言えば独裁的だ。


 だからこそ、女王とジェイラスのこれからのベルニーニへ政策は対立している。


 継承争い真っ只中のベルニーニの前王弟とフランレシア貴族の息子とその母など、女王にとって面白い手駒にしかならないだろう。

 そしてジェイラスもまた、そんな貴重な手駒を譲り渡す気など毛頭なかった。



「まあ、でも今の問題はシャーリーたちよりも、ヴァレンタイン侯爵家だよ」


「ジェイラス殿下。ロザリンド様は愚かではありません。あのウィリアムの手紙を毎日のように受け取れば、愛されていることを疑う訳がないですわ。ああ、寒気が止まりませんわ」



 ジェイラスとオーレリアは揃って両腕をさすり始めた。



「同感だね。よくもまあ、警戒心なしにあんな甘い台詞をつらつらと書けるよ。手紙の保管なんて相手の扱い次第で決まるのに、怖くないのかな」


「あ、愛の言葉は相手を想えば尽きることはないんだ!」



 ロザリンドは美しく可憐で、優しく、笑顔なんてまさに聖女だ。

 研究狂いのところだって、結婚当初はウィリアムも引いていたが、今ではユーモアも持ち合わせている魅力的な部分だと思って受け入れていた。


 だから、ロザリンドへ愛の手紙を書くことが恥ずかしいことだなんてウィリアムは一つも思わない。

 幼馴染たちに、気持ち悪いと目で訴えかけられようとも止めることはできない。この信念は揺らがないといったら、揺らがないのだ。



「本当に思いだしただけでおぞましいですわ。これだから、遊び慣れた男は嫌ですの。羞恥心の欠片もない」


「不特定多数に求婚芸を見せるお前たちに言われたくないわ!」


「わたくしだって、好きで見せている訳じゃありませんの! 文句は諦めようとしないジェイラス殿下に言って欲しいですわ!」



 オーレリアがキッとジェイラスを睨み付けたことで自分の不利を悟ったのか、ジェイラスはこほんと咳払いをして、話を戻すことにした。



「手紙のことはロザリンド嬢も知らなかったのかもしれないね。この王宮で軍務大臣の出した手紙を止められるとすれば、限られた人間しかいない」


「ウィリアムとロザリンド様の仲を引き裂こうとしているということでしょうか? ……いえ、狼侯爵の噂から考えれば、離婚は時間の問題だと思っている貴族の方が多いですわ」



 既にウィリアムが女性を囲い、ロザリンドがヴァレンタイン侯爵家を出たという情報は社交界に流れている。

 その女性がシャーリーだと特定されていないことが、せめてもの救いだろうか。



「……そうなると……ウィリアムを王宮に縛り付けたいか、ロザリンド嬢をエレアノーラ学院に縛り付けたいか、ということになるかな。あるいはどちらもだね」


「……軍務大臣の私はまだいい、だが、ロザリンドが利用されるのは気にくわないな」


「踊らされているのはこちらということですか。……まったく、さすがは女王陛下ですわ」


「ふふっ、今からでも母上の臣下になるかい、オーレリア」


「嫌な冗談はやめていただきたいですわ。約束をお忘れですの?」


「愚問だったね」



 ジェイラスはそう言うと過去を思い出し、眩しそうに目を細めた。

 ウィリアムはふたりの様子を見て、深く溜息を吐いた。



「……オーレリア、諦めてジェイラスに嫁ぐつもりはないのか?」


「天地がひっくり返っても嫌ですわ!」


「あうっ……プロポーズしていないのに振られた……」



 ジェイラスは机に突っ伏して呻き声を上げる。



(……まったく、いつまで幼い頃の約束を引き摺っているんだか)



 ジェイラスとオーレリアは王太子と公爵令嬢という立場から、元々婚姻を想定されて引き合わされた。

 しかし、その頃のジェイラスは母親ほどの才を持たないことを重圧に感じ、オーレリアも政略結婚の駒になるだけの人生に疑問を感じていた。


 そしてふたりは、ある一つの約束を取り交わす。


 約束は幼いふたりの心を救い、生きる目的となり、やがて崇高な……汚してはいけない輝かしい思い出となった。



(……ふたりもまだまだ大人になりきれていないということか)



 約束は時と共に良い意味でも、悪い意味でも変化してしまうものだ。


 ウィリアムからすれば、約束を破ることが必ずしも悪であるとは思わない。

良い変化には適用していくべきだと思うし、新たな約束を取り交わす選択肢だってある。

 潔癖故に柔軟さにかけるのは若い証拠だ。



「問題はアルド子爵ですわ」



 オーレリアは膨れっ面でそう言うと、引き出しから分厚い資料を取り出し、机に広げた。



「調べたところ、フランレシアの情報では、アルド子爵家という存在は見つけられませんでしたわ。新興貴族ということで、こちらに情報がないことも考えられますが」


「……そんな奴がどうしてロザリンドの側に……?」


「ウィリアム、アルド子爵は女王陛下に招かれた賓客として、セルザード伯爵家に滞在しているのでしょう? そして、ロザリンド様とは血縁関係にあると言っていたと」


「そうだ。だが、ベルニーニとフランレシアは長く一触即発の状態だった。貴族の婚姻関係はないはずだ」



 二国が戦争をしたのはつい最近ではあるが、その前には長い緊張状態が続いていた。

 ベルニーニは今すぐにでもフランレシアの資源を貪りたかったが、こちらも周辺国と友好を結ぶなど対応策を講じて、旨味のない戦争を避けていたのだ。



「そうなると、ロザリンド嬢の母君の方かな」


「……そう言えば、ロザリンドの母はどちらの出身なんだ? フランレシア貴族ではないのだろうが……」



 ロザリンドの口から実家族の話は出てこない。母親なんて、言葉の端にも上らなかったはずだ。

 だからこそ、ウィリアムはエレアノーラ学院で異母弟であるシリウスと仲良くしていたことに、驚愕したのだ。



「ウィリアム、ロザリンド様の夫なのに、そんなことも知らないのですか?」


「ぐっ……セルザード伯爵もロザリンドも何も言っていなかったからな……」



 不思議と、ロザリンドの母の噂は社交界で聞かれない。

 今はもう亡くなってしまっていることと、フランレシアの出ではないことは知っていたので、それ以上、ウィリアムは詮索しなかったのだ。



「言い訳はよろしい。ロザリンド様の母君は特殊な出自の方です。なんといっても、貴族階級ではありませんから」


「まあ、ウィリアムが知らなくても当然だよ。僕らが幼い頃のことだったし、彼女のことはあまり騒がれないように、意図的に情報統制されたからね。根気よく調べないと分からないようになっている」


「……ロザリンドの母はいったい誰なんだ?」



 ウィリアムはごくりと喉を鳴らし、問いかける。

 ジェイラスは群青色の双眸を悲しげに伏せた。



「今は亡き、サラ・セルザード伯爵夫人。彼女は隣国、ガルティエ王国の巫女姫。フランレシアとの友好条約締結の際に奪ってきた人質だよ」


「……人質、か」


 ガルティエ王国はフランレシアの東方に位置し、思想・国力・資源、共に安定した国である。

 そのため、ベルニーニとの戦火を警戒するフランレシアには、ガルティエ王国と険悪な関係になることは何よりも避けたかった。……そしてあわよくば、心強い隣人となれればと思っていたのだ。



「ガルティエ王国とフランレシア王国が友好を結んだのは、二十年以上前の話だったな」


「そうそう、ロザリンド嬢はまさに両国の友好の結晶……ということだね」


「どう考えても皮肉だろう。……巫女姫とは貴族ではないと言ったが、平民ということか?」


「巫女姫とはガルティエ王国の神殿の頂点に立つ存在で、貴族よりも高い位とされていますわ。その実体は、公にできない王族の庶子を政略結婚のために神殿に押し込めて、有効活用するための制度。まったく、女性をなんだと思っているのかしら」


「でも、サラ姫の存在は大きかったよ。だって、彼女のガルティエ王国内で庶民人気はすごかったらしいからね。だから、彼女を連れて帰ってきた外交官のセルザード伯爵の手腕は恐ろしいよ」



 ウィリアムの頭に浮かんだのは、ロザリンドとの結婚話を持ってきたセルザード伯爵の姿だ。

 彼はただ淡々と婚姻の話を進めていた。

 娘を嫁がせて、ウィリアムの権力を後から利用する気だったかと思えば、あれ以来、彼が接触してきたことはない。


 今思えば、セルザード伯爵の怜悧な瞳は、権力が大好きな欲深い貴族たちとはまた違ったものだったと思う。



「……それだけの成果を残して、何故セルザード伯爵は女王陛下の側にいない?」


「さあ? それは母上とセルザード伯爵にしか分からないことだろうね」


「もしもセルザード伯爵があのまま王宮に仕官していれば、宰相の地位を戴いていたでしょう。……悔しいですが、有能な方なのは確かです」



 ますますウィリアムはセルザード伯爵という男が分からなくなった。


 女王の側に侍ることを許されるのは、信奉者たちから見れば光栄の極みだ。

 外交で成果を残したのならば、尚のこと女王は彼を手放さないはずである。


 それなのにセルザード伯爵は外交官を辞め、伯爵としての仕事のみに従事していた。かと思えば、ベルニーニからの賓客を受け入れるという大役を仰せつかっている。


 見えてこない。

 セルザード伯爵が欲しているのは、いったいなんなのだ。



「今回のことは、もしかすると婿殿への挑戦状なのかもしれないね?」


「冗談にしては壮大だ。まあ、たとえ父親だろうと、ロザリンドを渡しはしない。彼女は私の運命だ」



 あの日、今にも壊れそうな彼女に命を救われた時から、ウィリアムは彼女だけを求めてきた。

 やっと手に入れた唯一を他人に譲り渡すなんて、死んでも許さない。

 狼は執念深く、狙った獲物は逃さないのだ。



「よく言ったね、ウィリアム! そんなにやる気に満ちているのなら、ちょっとセルザード伯爵と母上の思惑を調べてきてよ」


「それにアルド子爵の狙いもお願いしますわ」


「……は?」



 幼馴染ふたりが揃ってニヤリと口角を上げた。

 それは悪戯を仕掛けるときに見せる表情だと、長年彼らのお守りをしていたウィリアムは瞬時に察する。



「でもウィリアムにできるかな?」


「仕方ないですわ。使える駒が、脳筋のウィリアムしかいないんですもの」


「ちょっと待て!」



 ウィリアムの制止は虚しく、オーレリアの目は『従わないと酷い目に遭わせますわよ?』と語っていた。

 過去に男色家の噂を故意に流されたり、軍の食料予算を大きく削られたりしたウィリアムは、もう諦めて遠くを見つめていた。



「書類上はセルザード伯爵の義理の息子ですわ。潜入する大義名分は問題ないでしょう?」


「まあ、夫婦存続の危機だけどねー」


「ちょうど、令息の誕生パーティーがあるではありませんか」


「だが……しかし……」



 最後の抵抗に駄々をこねてみるが、オーレリアの眉尻がつり上がったのを見て、ウィリアムは失策だったと今更後悔した。



「いいから行ってきなさいな! 早く問題を解決してロザリンド様と仲直りしたいのでしょう!」


「……はい」



 ウィリアムは尻尾を巻いて執務室から出て行った。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ