28話 襲撃
男の刃はジェイラス王太子の傍で控えていた護衛によって蹴り落とされた。すぐさま男は取り押さえられるが、会場はパニックに包まれる。
「いやぁぁああああ!」
「どけっ! そこを退くんだ!」
血なまぐさい戦いに慣れていない貴族が多いせいか、我先にと人々が出口へとごった返す。人が入り乱れ、ホール内は混沌とする。
幾多の争いと死を目の当たりにしてきたロザリンドは取り乱すこともなく、ウィリアムの指示通り、ソファーの物陰に丸く踞るようにして身を隠し、安全を確保した。
(ウィリアム様はどこ……?)
キョロキョロと辺りを見回していたそのとき、ロザリンドはジェイラス王太子を襲おうとした男が床に組み伏せられながらも、ニタリと口角を上げているのが見えた。そのおぞましさに、ロザリンドは震え上がる。
「ジェイラス、オーレリア上だ!」
切迫したウィリアムの声に、ロザリンドの心臓がドキンと動き締め付けられる。
ジェイラス王太子とオーレリアの上に目を向ければ、窓に張り付くように黒装束の暗殺者が潜んでいた。ウィリアムに気取られたことに焦ったのか、暗殺者は無数のナイフをジェイラス王太子へ向けて投擲する。
「ジェイラス殿下!」
オーレリアがジェイラス王太子を庇うように前に出る。刃の雨が降り注ぐ直前、黒い刀身の剣を携えたウィリアムが現れた。
「うぉぉおおおお!」
不安定な体勢だが、ウィリアムは次々とナイフを弾いていく。そして刃の雨が降り注いだ後、窓へと再び目を向ければ、暗殺者はすでに姿を消していた――――
冷静さを欠いた貴族たちはホールから消え、残りは軍関係者の貴族と護衛、そして肝の据わった貴族たちだけだった。事態が落ち着いたことを悟ったロザリンドは立ち上がり、ウィリアムたちの元へと駆けていく。
「ウィリアム様、オーレリア様、ジェイラス王太子殿下! お怪我はありませんか!」
「ロザリンド、無事で良かった……」
ウィリアムは一瞬だけ安堵の表情を見せると、すぐに顔を引き締めてジェイラス王太子へと振り返る。
「ジェイラス、怪我は?」
「僕は傷一つ負っていない。だがオーレリアが……」
「ただのかすり傷ですわ!」
オーレリアは右腕を押さえつけ、身体をジェイラス王太子に支えられている状態だ。どうやら暗殺者のナイフが腕をかすめたらしい。気丈に振る舞っているが、オーレリアが無理をしているのは明白。
ロザリンドは彼女に近づくと、強引に右腕を引っ張った。
「痛っ……」
オーレリアの右腕には数センチほどの切り傷があった。出血は少ない。しかし、傷口が灰色に染まっている。それに見覚えのあったロザリンドは、顔を顰めた。
「これは……死灰毒を受けた傷だね」
「死灰毒だと……!?」
ウィリアムは目を見開き驚愕する。しかしジェイラス王太子は立ち上がると、オーレリアをロザリンドに預け、顔色一つ動かさずに命令を下す。
「招待された貴族たちを屋敷の外へ出さないようにしろ。おそらく、ベルニーニに通じている裏切り者が招待客の中にいるだろう。ウィリアムは討伐隊を組んで暗殺者を追え。そう遠くには行っていないはずだ」
「承知した」
ウィリアムはジェイラス王太子に敬礼をするが、オーレリアのことも心配しているようだ。
ロザリンドはオーレリア抱きしめると、決意を込めてジェイラス王太子をまっすぐに見上げた。
「……わたしが必ずオーレリア様を助けます」
「ロザリンド嬢……君は本当に聖女だね。オーレリアを頼むよ」
そう小さく呟くと、ジェイラス王太子はホール全体に響くように声を張り上げた。
「怪我をした者は一カ所に集めろ。治療の指揮は、黄金の錬金術師の弟子であるロザリンド・ヴァレンタイン侯爵夫人に一任する!」
ホールが僅かにどよめいたが、それはすぐにおさまった。皆がジェイラス王太子の言葉を待っている。
「ベルニーニの卑劣な手段に屈するな。同胞よ、フランレシアを守れ。これより行動を開始せよ!」
ジェイラス王太子のその高潔で凜とした言動は、間違いなくフランレシア王国の次代の王として跪くに相応しい姿だった――――




