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狼侯爵と愛の霊薬  作者: 橘 千秋
第一章
24/57

24話 夫婦の攻防戦

 ウィリアムは今までのすれ違いを埋め合わせるように、ロザリンドと自分たちの過去や、お互いに抱いていた気持ちを包み隠さず吐露した。


 ロザリンドは時折雷鳴に驚き、身体を強ばらせていたが、ウィリアムが彼女の背を撫でれば途端に安心しきった顔で甘えてくる。ウィリアムは冷静で頼りになる夫を演じながら、心の内では悶え苦しんでいた。



(私の妻が可愛すぎるんだが……!)



 ロザリンドはウィリアムの心など露知らず、大きな瞳を瞬かせた。



「……わたしがウィリアム様の聖女だったんだ。衝撃の事実。恋は盲目……いや、妄想?」


「自分のことなのに酷い言いぐさだな」


「だって本当のこと」


「初めて会ったとき、君は凜然としていて、とても強い人に見えた。本当は今にも壊れそうなぐらい危うげで、しかし泣き腫らした目で優しい笑顔を浮かべる。私はそんな君を美しいと思ったんだ」



 そう正直にに言うと、ロザリンドはウィリアムが贈った毒々しい花束で顔を隠した。



「……ウィリアム様は恥ずかしい。さすが流離さすらいの元女好き……」


「それは忘れてくれ!」



 ロザリンドは花束から朱に染まった顔を覗かせると、悪戯っぽく笑った。



(この愛らしい笑顔を見られるのなら、無理矢理にでも早く帰ってくるんだったな)



 ロザリンドに大嫌いと言われた後、茫然自失となったウィリアムは、オーレリアに蹴り飛ばされ、いつもの十倍罵られ、ジェイラスにはダメ夫認定された。ヘタレている場合でないと自覚したウィリアムはその日のうちにロザリンドに謝りに行こうと思ったが、運悪くベルニーニの諜報員組織がフランレシア王都にいるという知らせを受けたのだ。そして軍務大臣として指揮を執り、忙しく働いていた。



(おのれ……ベルニーニめ。ロザリンドと私の中を引き裂こうと画策したのかと、疑うほどの時期の良さだ)



 このままではロザリンドに捨てられると思ったウィリアムは、エレアノーラ国学院で植物学を専攻していたオーレリアに頼み込み、ロザリンドが一度は見てみたいと言っていた花を探してもらうことにしたのだ。


 花自体は割と早めに見つかった。戦争中にベルニーニから持ち帰り王宮で栽培していた花が、偶然にもロザリンドの言っていた死霊花の特徴と合致していたのだ。



「ふふっ。ウィリアム様からのプレゼント!」



 美少女が毒々しい花束を持っているという絵面は、なんとも言えない残念さがあるが、ロザリンドが楽しそうなのでウィリアムも満ち足りていた。



「花瓶に活けるか?」


「ううん。乾燥させて、粉々にすり潰した後、実験鼠にあげて効能を調べるの!」


「そ、そうか……」



 嬉しそうに語るロザリンドを誰が責められようか。ウィリアムは少しだけ泣きたい気分になりながら、膝の上にいるロザリンドを抱きしめる。



「……ねえ、ウィリアム様。本当にわたしでいいの?」



 何を勘違いしたのか、ロザリンドは不安げな声でウィリアム問うた。



「私はロザリンドがいいんだ。死んだと思っていた君が私の妻になっていたと知ったとき、私がどれほど嬉しく、離したくないと思ったことか」


「でもでも、わたしは……とっても危険な女だよ」



 ロザリンドが黄金の錬金術師の正体だと告白されたとき、ウィリアムは驚いたのと同時に納得したのだ。



(……耽美的で危殆な宝石か。まさに女王の言った通り、弱者が手にしたら無くしてしまうな)



 ロザリンドは権力者や野心家が喉から手が出るほど欲しいと思わせるような人材だ。短期間のうちに数多くの解毒薬を開発してしまう彼女は、まさに黄金を生み出す錬金術師。そしてそれは同時に、今だかつて無い大量殺戮を生み出す、死神としての才も秘めていた。



(侯爵としての自覚も、軍務大臣の足場も不安定だった戦争直後の私では、ロザリンドにもしものことがあっても守れなかっただろうな)



 ウィリアムは安心させるように、ロザリンドの額に口づけを落とす。



「私は狼侯爵だぞ。妻一人ぐらい易々と守れる。それにヴァレンタイン侯爵家はフランレシア王国一の武門の家系。もちろんそこで働く使用人たちも、君が思っているよりもずっと強い。だから君が心配することは何もない」


「……うん。信頼してる」



 ウィリアムはロザリンドの髪を手で梳きながら黙考する。



(しかし、女王陛下の行動がどこかおかしいな)



 ロザリンドの才能を、あの女王が知らないとは思えない。戦争後にロザリンドを研究施設に囲うぐらいはしそうなのに、ロザリンドは学院で過ごす日常へと戻っていった。そして庇護者となりえるだけ力をつけたウィリアムの元へ、ロザリンドを送り込んだのだ。



(戦後、血眼になってロザリンドを探す私から彼女を遠ざけたのは女王陛下だ。そのまま隠し続けていれば、体よくロザリンドを利用できたというのに、女王陛下はそれをしなかった。まるで私を……いや、ロザリンドのことを考えた行動だな)



 武官であるウィリアムには、女王の思惑など考えつかない。しかし、愛するロザリンドのため、ウィリアムは必死にない頭を絞り出していた。



「……ウィリアム様……」



 柔らかな感触が口にしたかと思えば、熱っぽい吐息がウィリアムの耳朶を打つ。

 驚いたウィリアムが現状を確認すれば、ロザリンドが膝立ちになりながらウィリアムを見つめていた。十センチとない距離から、先ほどロザリンドが自らウィリアムにキスをしたのだと遅れて理解した。



(み、見逃した……! くそっ、私はなんて勿体ないことを……!)



 ウィリアムは内心で心底悔しがりながら、しかしロザリンドには大人の余裕を見せる。



「どうしたんだ、ロザリンド?」


「それはこちらの台詞。ウィリアム様の眉間の皺が、今までで一番深かった。なにか辛いことでも思い出した?」



 そう言いながらロザリンドはウィリアムの頬にキスをする。



「……何故、キスをするんだ?」


「だって、ウィリアム様とキスをすると、熱いけどふわふわして幸せな気持ちになるの。だからウィリアム様も辛いことがちょっとはマシになるかと思って。……ダメ?」


「…………駄目ではない」 


「良かった」



 ロザリンドは再度ウィリアムに唇にキスをする。ウィリアムは目を瞑ることもなく、ロザリンドの金色の長い睫毛や苺色のぷっくりとした唇をまじまじと見ながら、その様子を心のキャンバスに焼き付けた。



(私の妻が可愛すぎるんだが……!)



 ウィリアムはロザリンドの数万倍幸せを感じていた。



 しかし、異変はすぐに起こる。初心者のロザリンドを気遣い、徐々に口づけを深くしていこうと画策していたウィリアムだったが、ロザリンドの猛攻が始まったのだ。



「……ん……はむっ……ウィリアム様……」



 初めてキスをしたときには、呼吸の仕方も分からなかったロザリンド。しかし、たった数回の経験を経て、彼女は角度を変えてキスを深め始めた。そしてウィリアムの唇をやわやわと食みながら、合間に名前を呼ぶ余裕さえある。



(な、なんだ……この学習能力の高さは!)



 頭の良い人間は理論派だという固定概念がウィリアムにはあった。だが恐ろしいことにロザリンドは実践派だったのだ。驚くべき早さでウィリアムの技を吸収し、自覚のない鋭い攻撃を次々と加えてくる。ウィリアムは焦っていた。



(このままでは夫として……いいや、男として立つ瀬がない……!)



 本気になったウィリアムはロザリンドのおとがいを上に向かせ、さらにキスを深めて反撃に出る。歯列をなぞり、舌を絡め、経験の浅いロザリンドの甘い唇を堪能する。



「んん……む、むり……」



 ロザリンドはウィリアムの反撃に降参し、息を乱しながら撓垂れかかる。



(ふっ……勝ったぞ!)



 ウィリアムは勝利したが、満足はしていない。高ぶった気持ちを持て余しながら、俯くロザリンドの頬に両手を添えた。



「……すぅー、すぅー」


「…………何故、ここで寝るぅぅうう!?」



 ロザリンドは穏やかな寝息を立てていた。ウィリアムの心では本能と理性がせめぎ合い、やがてほんの少しだけ理性が上回った。



「ふ……ふふふ……ふははは……分かっている。ロザリンドはこの一週間禄に睡眠も食事をしていないと報告を受けているからな。これは仕方の無いことだ。そうだ……仕方の無いことなんだ……」



 敗北したのはウィリアムの方だったのかもしれない。ウィリアムはロザリンドをベッドに寝かせると、どこか遠くを見つめた。



(思えば、ロザリンドは肝心なときに寝落ちする娘だったな……)



 猫のように気まぐれで、予想外の行動ばかりおこし、警戒心がとても強い。そのくせ、驚くほど無防備に振る舞うことがあるから、たちが悪い。



「……覚悟しておけ、ロザリンド。まるまる太らせた暁には、美味しく食ってやるからな」



 珍しく狼侯爵らしいことを言うと、ウィリアムは名残惜しくもロザリンドの部屋から退室した――――









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