つちのこうやのラブコメ (それぞれ別々にお読みいただけます)
最近少しぎこちない幼馴染の家に行ったら、幼馴染がもふもふのパジャマを着てもふもふのアザラシに抱きついて、「明日翔くんに好きってほんとに言えるのかなぁ」とつぶやいていた。
幼馴染の亜由は最近ぎこちない。
どうぎこちないかと言えば、普通のクラスメイトみたいなのである。
いやそれは全くぎこちなくないと言えばそうなんだけど、もともとかなりテンション高めに毎日僕に話しかけてたので差を感じてしまうのだ。
僕のことが嫌いになってしまったのかもしれない。
それならそれで仕方ないのかもしれないけど、どこで嫌われたかわかんないし、とても難しいことに、僕は、いつのまにか亜由のことが好きになってしまっていたのだ。
だからそんな簡単に疎遠になりたくない。
そんなある日の放課後に、僕は落とし物を発見した。
亜由の筆箱だった。アザラシのキャラクターが描いてあるかわいい筆箱だ。
亜由の家に一番近いのはこのクラスでは間違い無く僕だし、僕が届けるのが一番よさそうだな。
久々に亜由の家に行くことになるから少し緊張するけど。
でももしかしたらそういうのがきっかけでまた親しくなるかもしれない。
そんなわけで僕は少し期待しつつ亜由の筆箱を握った。
それから僕は亜由の家に向かった。
亜由はもう家にいるだろうか。
どこかに寄り道しててまだ家に着いてない可能性はかなりある。
でも、それならそれで、いい。
インターホンを鳴らす。
「あら翔くん! 久々ね!」
そして出てきたのは、亜由のお母さんだった。
「お久しぶりです。あのー、亜由がこれ忘れてて」
「あら、ありがとう! 亜由今部屋にいるからどうぞあがってね」
「あ、ありがとうございます……」
お母さんパワーによる歓迎のもてなしだった。
とはいえ、亜由の家にお邪魔した後、僕はどこに行こうかとなってしまった。
前なら亜由の部屋に行ってたんだけど、なんか勝手に訪ねていいのかなみたいな。
とりあえず部屋の前まで入ってみようかな。
一応、亜由のお母さんに歓迎されてお邪魔してるんだしね。
というわけで僕は階段を登り亜由の部屋まで来た……のだが、もうあっという間に、部屋の中にいる気分になった。
亜由の部屋のドアはひらいていたのだ。
そして亜由も見える。
亜由はパジャマを着ていた。
制服から着替えるのだいぶ早いなというところもツッコミたいけど、その前に注目したいのは、亜由のパジャマが、ものすごくもふもふなことである。
肌触りが良さそうな、パジャマ。
それにつつまれた亜由は、自分と同じくらいの大きさのアザラシのぬいぐるみに、頭を埋めて抱きついていた。
もふもふ同士の跳ね返り係数がゼロの衝突である。
僕はどう話しかければいいのか困っていた。
しかもなんかぶつぶつ言っているから、さらに話しかけづらい。
でも、亜由のリラックスモードなんだなあこれが。
僕は微笑ましくなって、だから一回困るのをやめた。
そしてなんてぶつぶつ言ってるのか、よく聞いてみる。
そしたら、
「うーんっ。明日翔くんに好きってほんとに言えるのかなぁ」
そう言っていた。
まじかよ。
☆ ○ ☆
私には最近悩みがある。
それは、幼馴染の翔くんに恋してしまっていることだ。
しかも私は恋とかしたことがなくて、だからあんまりその気持ちを自分の中でどう育てていけばいいのかわかってない。
突然育て方も知らない謎のサボテンを育てることになった気分である。
とにかく難しい。
翔くんと話すとすっごい変な私になる。
なんか変なこと言っちゃうし、なんか目を合わせるのが難しいし、すごく落ち着かなくて足とかもうろちょろして、そして翔くんと話し終わるとほっとしてしまう。
なんでだろう。
こんな下手なのは。
そう悲しくなるけど、でもそんな流れのまま、翔くんと話すことは前よりも少なくなってしまった。
だから……私はちゃんと言わないと、ダメだと思う。
こんなネガティブなそわそわの日々はダメだと思う。
私はこうして決めたのだ。
翔くんに告白するって。
いつにするか考えて、そしてとりあえず今週の金曜にしようって決めたのが一昨日。
そしてもう、告白するのが明日になってしまった。
あああ。
私はアザラシのぬいぐるみに抱きつくことで、無駄に体が暴れないようにした。
でもさ、普通な会話でも難しく感じるようになった翔くんに、言える気がしないよね。
「うーんっ。明日翔くんに好きってほんとに言えるのかなぁ」
私はアザラシをさらに強く抱きしめた。
難しい。
難しいよお。
アザラシが丸いのでその丸さを利用して一回りごろんとする。
そして横向きになった私は。
「きゃあっ!」
勝手に悲鳴をあげてしまった。
だってなんかいるんだもん翔くんが。
な、なんで? ほんとになんで?
え、え、どうしてなの?
そんな変なテンションな私と対照的に、普通な調子で翔くんは言った。
「筆箱忘れてたから、届けにきたよ」
「あ、ありがと……」
なんだそういうことか。
とはいえ、私が今までしてたこと、見てたよね……これもしかして終わったんじゃない?
「あ、あのさ」
「うん」
「私の言ってたこと、聞こえた?」
「聞こえてた……可能性はある」
「……」
「……」
「ではクイズなんですが」
「はい」
「だいたいどんなことを言っていたか、答えていただけるとうれしいです」
「……えーとすごく自信ないんだけど……僕のことが好き的な……」
「……正解じゃんかよおおおおおおおお!」
終わってた……。もうダメだ。
翔くんを見ると、耳を塞いでいた。私の声が大きすぎたようである。
「ご、ごめん」
「いや、大丈夫」
「……」
「……」
「……それでさ、あのさ、私はね、翔くんが好きなんだけど、翔くんは、どうなのかなってね」
私は目を合わせずにいった。
とにかく指と腕に力を込め、絶対にアザラシをはなさないようにする。
「好き」
「……!」
思ってたよりもワンテンポ早く返事が返ってきて、私は無言で驚いた。
「僕……最近ちょっと亜由とあんまり話さなくなって、それが少し心配で、だから今日も久々に家にこれて嬉しかったし」
「そうなの? 私も……好きだったけど、なんか話すのが逆に難しく思えて、だけど、だけどもう全部話しちゃったから。いいや」
「うん」
ど、どうすればいいんだろう。
お互い好きってわかったのがいきなりすぎるよ。
「と、とりあえず、座って」
「おお」
私が座っているベッドに向かい合うようにして、翔くんは椅子に座った。
それで……無言。
「あ、あの。私……の隣に、おいでよ」
「うん」
なるほど、こうして、さらにぎこちなくなっちゃうのか。
とても勉強になった。
だけど私は嬉しかった。
自分の好きな人が、自分のことを好きだってことが。
だから……私はゆっくりとアザラシに抱きついていた手を緩める。
そして、今日でも今日じゃなくても、いつかぎこちなくなった時に。
翔くんと思いっきり抱き合えたらいいな、と思いを馳せるのだった。
☆ ○ ☆
最近娘の様子が謎だ。
どう謎かと言えば、見るたびにアザラシのぬいぐるみにしがみついているのである。
しかしまあ、その姿が、とことん妻と似ているので、僕は笑ってしまう。
「最近、好きな人ができたみたいよ、あの子」
「へー」
一体どんな人なんだろうか。
微妙に気になるけど、アザラシと合体した娘に訊いてみたが最後、めちゃくちゃうざがられるだろうな。
最近冷たくされっぱなしだし。悲しい。
だから僕はそっと見守る。
それだけでいいと思うのだ。
恋する気持ちは、とてつもなく特別なものだから。
お読みいただきありがとうございます。
もしよろしければ評価などをいただけたらうれしいです。




