石占い師見習い、ヒーリングする
女子会から数日後、ペルセルさんが私の屋敷にやってきた。
本格的に占うために。
まずは例のあの男性との話を、と思ったのだが、ペルセルさんはもう一つ占って欲しいと言う。
「人見知りの治し方?」
「はい。母が言うには、私は小さい頃から人見知りが酷い子だったそうなのです」
「なるほど」
「それで……エレナ様の石占いで、この人見知りの原因が分かったりしないかな、と思いまして」
やったことはないけれど、石占いは恋愛関係の占いしか出来ないわけではないし、もしかしたら石が何かを教えてくれるかもしれない。
やってみる価値はあるだろう。
「ペルセルさんも承知の上だと思うけれど、わたしはまだ石占い師見習いなの」
「はい」
「だから、当たらない可能性もある。それでも、大丈夫?」
「もちろんです」
ペルセルさんは真剣な面持ちで頷いた。
私も、真剣に向き合おう。
「それじゃあ、やってみるわ」
私はそう言って机の上に魔法陣を描き出す。
原因を探るのだから、過去を見る魔法陣を大きく描く。
幼い頃の彼女に一体何があったのか。
そしてその隣に現在を見る魔法陣を描き、未来を見る魔法陣は描かなかった。
「え」
魔法陣の上に石を転がすと、一つの石が魔法陣の外に飛び出した。
無造作に転がすので魔法陣の外に石が転がり出ることくらいいつものことである。
ただ、今回はただ飛び出しただけではなさそうだった。
魔法陣のないところでもやもやとした光を放っているから。
と、いうことは、あの石は無意味に飛び出したわけではないのだろう。
飛び出した場所は過去の魔法陣の外側。現在の魔法陣と真逆の位置だった。
過去よりも過去……これはまさか前世とかだったりするのだろうか?
「前世、かな」
私や私の母のように前世の記憶があるのか? と思ってそう呟いたのだが、彼女が見事なまでにきょとんとしているのでその可能性はなさそうだった。
「私にも前世があるのですか!?」
なるほどな、全然覚えてないっぽいな。
「あるみたいよ」
そう答えたところで、石の声が聞こえた。
前世のところに飛び出した石を彼女に握らせてほしい、と。
「ペルセルさん、この石を握って」
「はい」
両手で石を握るペルセルさんの手を、私の手で包み込む。
ペルセルさんが握った石には癒しの力があるので、彼女には癒しが必要だったのだろう。
「あれ……」
ペルセルさんの小さな声が聞こえたので、ふと顔を見ると、彼女の頬には涙が伝っていた。
「大丈夫?」
「はい、大丈夫、なんですが……」
「ペルセルさんの人見知りは魂に残った小さな傷が原因みたい」
記憶自体はないけれど、前世で受けた傷が大きすぎて魂のほうに残ってしまったらしい。
それが現世で人見知りとして出てきてしまっているのだとか。
そう石が言っている。
「ペルセルさんは前世で、信じていた人たちに裏切られて酷い目に遭ったみたい。だから人が信じられない、人が怖い」
そんな私の言葉に、ペルセルさんは小さく頷いた。
「人が、怖いです。前世は分からないけれど、今まで漠然とですが人が怖いと思っていました」
「それを癒すために、わたしたちは出会ったのね」
ゆっくりと言えば、ペルセルさんはふわりと首を傾げた。
「わたしはペルセルさんの味方。わたしだけじゃない。パースリーさんもナタリアさんも、ロルスだってルトガーだってレーヴェだって、きっとエリゼオ先生も味方。決してペルセルさんを裏切らない」
握り込んでいた手に、少しだけ力を込めると、ペルセルさんの瞳から改めて大粒の涙が溢れてきた。
「エレナさまぁ」
さっきまでの涙は無意識に流れていたようだったけれど、今度の涙は普通に泣いているだけみたいだ。
「でも、でも私は、エレナ様たちがいないと何も出来ない」
「そんなことないわ」
「だって私、今までエレナ様やパースリーさんに引っ付いていただけで何もしていなくて……」
「そんなことないない。だって、あの日わたしに声をかけてくれたのはペルセルさんのほうでしょう?」
「だからそれは、パースリーさんの真似をしただけで……!」
「真似をするって、簡単なこと?」
私の問いかけに、ペルセルさんはぱちぱちとまばたきをする。
そしてそのまばたきと同時に涙が二粒零れ落ちる。
「……すごく、勇気を出しました」
「そうでしょう?」
パースリーさんはわりと野心家みたいなところがあるから、私に声をかけるくらい造作もなかったんじゃないかなと思う。
いや、多少は勇気を出したかもしれないけれども。
「あの時ペルセルさんが勇気を出さずに諦めていたら、わたしたちはこんなに仲良くなっていなかった」
あの時は私も意地悪な令嬢を目指して必死だったから友達を増やす余裕がなかったからな!
「私は自分をただの人見知りの臆病者だと思っていました……」
「臆病者なんかじゃない。前世は前世。ペルセルさんはペルセルさん。ペルセルさんは、勇気ある可愛い女の子よ」
ね? と首を傾げて見せたところで、石から『癒せた』という言葉が聞こえてきた。
私はペルセルさんの手を握っていた手を離し、テーブルの隅に置いていたハンカチでペルセルさんの涙を拭う。
「エレナ様、私、エレナ様のこと大好きです」
「わたしもペルセルさんのこと大好き! きっとパースリーさんたちも皆ペルセルさんのこと大好きだと思うけど、多分わたしが一番ペルセルさんのこと好きだと思うわ!」
私がそう言うと、ペルセルさんはえへへと頬を染めながら笑った。
「私だって、誰よりもエレナ様が大好きです! ……でも、ロルスさんには少しだけ負けてしまうかもしれませんけど」
「ロルスは手強いものねぇ」
ひとしきり笑って、ロルスに用意してもらったお茶を飲んでいたらペルセルさんの涙も落ち着いてきた。
「まさか私の人見知りの原因が前世にあっただなんて、予想外でした」
「そうねぇ。あ、でもわたしは石占い師見習いだから、あれが本当かどうかは分からないのよ?」
「でも、驚くくらい心が軽くなったので当たっていたんだと思います」
そう言ったペルセルさんの笑顔はとても晴れやかだった。
ペルセルさんの心が軽くなったのなら良かった良かった。
……いや、良かった良かったじゃねえや。
あの人のこと忘れてた。ペルセルさんに一目惚れしたあの人だよ。
「そういえばペルセルさん、あのペルセルさんに猛烈に好意を伝えてくる人の話」
「あっ……」
あっ、てことはペルセルさんも完全に忘れてたみたいだな。可哀想に。
「とりあえず、相性占いでもしてみる?」
「はい」
「相性を占いつつ今後のことを考えてみる?」
「はい」
ペルセルさんはこくこくと小刻みに頷く。
そんなペルセルさんをちらりと一瞥しつつ魔法陣を描く。
左があの男性の魔法陣で、右がペルセルさんの魔法陣。そこに宝石たちをばら撒く。
転がった石を見れば、石の色こそ違えど光り方の波長は似ているし性格なんかの相性は悪くなさそうだった。
石の言葉を聞けば、前世の繋がりも先祖との縁も特に悪くないらしい。
「んー……」
「え、エレナ様?」
「これは見ての通りなんだけど、彼の魔法陣にある石のほうが強く光ってるでしょう?」
「はい」
「彼の想いのほうが強いってことなのよね」
「は、はい」
思い当たる節はあるのだろう。
まぁ彼からのアタックも熱烈らしいしな。
「彼は本当にペルセルさんが好きみたい」
みたい、っていうか一目惚れしたんですって相談受けたしな。確実に好きなんだけれども。
ペルセルさんのほうの石を見ると、そちらはそれほど光っていない。
可もなく不可もなくの状態から変わってないのだろうか?
とはいえ光が若干揺れているようだし、迷ってはいるみたいだな。
「私も、嫌いではないのですが……」
「あ、そうなんだ」
可もなく不可もなく、から嫌いではないに格上げしたらしい。ミリ単位ではあるが格上げには違いない。うん。多分。
「今は、この心が軽くなった状態で、一度会ってみたいなってちょっと思ってます」
「あぁ、そうね! それはいいかもしれないわ」
石も魂の傷は癒したって言ってたわけだし、無意識下にあった人に対する恐怖を払拭した今、改めて会ってみると印象が変わっていたりするかもしれない。
「ただ、一つだけ不安で……」
「不安?」
「あの人、とても年上の方だから、もしも結婚したとしたら……私よりも先に死んでしまうんじゃないかな、って……」
「健康に気を付けて絶対に長生きしなさいってわたしが釘を刺してあげるからそこは安心して!」
「はい!」
それから数日後、二人はお付き合いを始めた。
ペルセルさん的にはお試しのお付き合いと結婚を前提にお付き合いの中間的な気持ちらしい。
彼的には結婚を前提にお付き合いのみだろうけど。
ペルセルさんからのお手紙に不安そうな雰囲気もなかったしきっと大丈夫だろう。
……とは思うのだが、やはり心配だ。簡易石占いでちらっと覗いてみようか。
「うおっとぉ!」
「まぶしっ」
簡易石占いで引いた石がきらりと輝いた。
隣にいたロルスが思わず「まぶしっ」と素で零す程度の光だった。
「魔力の暴走かなにかで?」
「いや違う違う」
ペルセルさんたちの今後が大丈夫という光だ。
安心した。
ちょっと光の残像で目がちかちかするけど安心した。
これで女友達の将来は安心だな。
フローラだけは、分からないけれど。
レーヴェからも相変わらず連絡は来ないし。
あの二人、どうしてるんだろう?
私のこと忘れちゃったのかな?
ブクマ、評価、拍手等ありがとうございます。
そしていつも読んでくださって本当にありがとうございます!
おかげさまでブクマ数が1万を超えました!わーい!
書籍の感想等もありがとうございます!挿絵付きだとまた一味違うでしょ!




