石占い師見習い、埒が明かないことを悟る
女子会だ!
と、私は朝から浮かれている。
今日集まるのはナタリアさん、パースリーさん、ペルセルさん、そして私だ。
パースリーさんが来るのだからルトガーも来るのかなと思っていたのだが、彼はお仕事が忙しいらしい。
かつてはただの焼きそばパン大好きな奴だったけど、今や公爵様だもんな。
と、いうわけで、今日は私もロルスを置いていこうと思う。
ロルスは少し不服そうだったけれど、送迎を頼んだら納得してくれた。
女子会の会場は街にあるおしゃれで可愛いカフェだ。
ちなみにエリゼオ先生の想い人が働いているカフェの近くにある。
なのでタイミングがあれば皆にも教えてあげたいと思っている。
あれがエリゼオ先生の想い人なんだよ、と。
ナタリアさんもパースリーさんもペルセルさんも攻撃魔法になんか無縁だったわりにはエリゼオ先生のこと知ってるみたいだし。
「エレナ様!」
カフェのすぐそばで、私の名を呼ぶ声がした。
この声はナタリアさんだ。
一番乗りはナタリアさんだったようだ。
「それでは、私は一度戻ります」
「ええ、じゃあまたあとでね、ロルス」
小さく手を振ると、ロルスはほんのりと笑って来た道を戻っていった。
「あれ、ロルスさん帰っちゃうんですか?」
「ええ、今日は女の子の集まりだもの」
私がそう言って笑うと、ナタリアさんもにっこりと笑う。
「四人で集まるの、久しぶりですよね」
「そうね! 何年ぶりだったかしら」
あれは確か学園生活三年目くらいの頃だった。
あの時も可愛いカフェに皆で集まって、ロルスに送迎をしてもらったんだったわ。
一人で出歩かせたくないからって言って。
私もロルスも、何年経っても変わらないんだなぁ。
「……四年? 五年?」
指折り数えているナタリアさんを眺めていると、背後から懐かしい声が聞こえてきた。
パースリーさんとペルセルさんだ。
「お待たせしました!」
学園を卒業して皆あれこれあって大人になったと思っていたけれど、やはりこうして集まると、気分は学生時代に戻ってしまうらしい。
大人げなくきゃっきゃきゃっきゃしてしまうから。
わいわいしながらもカフェに入り、注文を済ませる。
そしてテーブルの上が整ったところで、一度静寂が訪れた。
皆話したい事がたくさんあるのだ。
だから誰から、どの話から、と考えて黙ってしまった。
そんな時、決まって第一声を放ってくれるのはナタリアさんだ。
「あ、私、結婚パーティーの日程が決まりました」
ナタリアさんはいそいそとパーティーの招待状を皆に配る。
「……どちらと結婚するか、決まったのね」
「ええ、少し時間がかかってしまいましたけど」
私の言葉に、ナタリアさんが苦笑を零す。
彼女のもとにはあちこちからお見合いの話が来て、最終的に二人に絞ったところからが長かった。
心底どっちでもいいと言って。
「お二人のうちどちらにするか迷っていたのでしょう?」
というパースリーさんの言葉に、ナタリアさんがゆっくりと頷く。
「結局は私のお父様が『彼にならお前を任せても大丈夫だと思う』とおっしゃったほうに決めました」
その一言に、彼女のお父様の苦労が透けて見えた気がした。
「パースリーさんとルトガーの結婚パーティーは?」
結婚が決まったのはパースリーさんたちのほうが早かったのだけれど、ルトガーの都合でまだパーティーは開催されていない。
「もう少し先になりそうです」
「そうなのね。やっぱり豪華なパーティーになるのかしら?」
公爵様になったとはいえ元々は隣国の王子なのだから。
と、思ったのだけれど、そうでもない……かもしれない、らしい。
「彼が仰々しいのは嫌だと言っているので」
ルトガーらしい。
あの子多分焼きそばパンが食べられればそれでいいとか言い出すタイプだもの。
そして、と、私たちの視線がペルセルさんに向いた。
以前焦っているという手紙は来たけれど、あれから相談に乗るタイミングがなかったので話は聞けずじまいだったのだ。
「まだ結婚さえも決まっていないのは私だけ、ですね」
小さな声だった。
「ペルセルさん、昔好きな子がいるって言ってなかった?」
私が尋ねると、彼女はゆるく首を傾げる。
「いました。でも、私がうじうじしている間に別の人との結婚が決まったそうです」
マジかー!
……え、ってことは、先日の、ペルセルさんに一目惚れしちゃったあの人にもまだ望みはあるということでは?
「それで、多少しょんぼりしていたのですが、そのしょんぼりを見た両親が勝手に、私が相当落ち込んだのだと勘違いしてしまったみたいで……」
……ということは、しょんぼりはしたけど落ち込みはしなかった、ということだろうか。
落ち込まなかったのなら別にいいんだけど。
「でも両親は、私が結婚出来ないんじゃないかって心配してて、どこか焦ってて、私もなんとなく焦ってしまって」
私、わりと優良物件を知っているのだけど、どう切り出せばいいものか……。
しかも優良物件とはいえちょっと年上だし……。
「……でも、私、怖いんです。結婚するの」
「ん?」
私もナタリアさんもパースリーさんもそろえたように首を傾げる。
「家族と離れるのが、怖くて」
……んー、なるほど。
お見合い結婚となると知り合って間もなく結婚する、なんてこともあるからな。
どこからどう見ても人見知りするタイプっぽいペルセルさんには荷が重そうだ。
「私、人見知りをするので……」
やっぱり?
話を聞いてみるに、緊張せずに喋れるのは私たちくらいのもんらしい。
……で、あれば……あの人に出すアドバイスは、と思考を巡らしていると、ペルセルさんが小さく口を開く。
「実は私、入学当初はエレナ様もとても怖くて」
え、私怖がられてたの? 初耳なんだけど?
「でも声をかけてくれたのはペルセルさんからだった気が」
「ものすごくものすごく勇気を出してパースリーさんの真似をしたんです」
「なるほど」
「それで、緊張からだと思うのですが、エレナ様とお話をした日は帰宅と同時に気絶するように眠っていました」
「え、なんかごめん」
今一瞬素が出てしまった。
話すたびに気絶させてたとは。申し訳ない。
「いえ! その、エレナ様もパースリーさんもナタリアさんも私を見捨てないでいてくれるって思ってからは、大丈夫になったので」
本当に良かった。未だに気絶するとか言われたらどうしようかと思った。
「見捨てるわけないでしょう、お友達なんだから」
パースリーさんがそう言って苦笑を零した。
「そうよそうよ、大切なお友達だもの!」
というナタリアさんの言葉に、ペルセルさんがふと動きを止める。
「ナタリアさんは、入学当初、エレナ様に喧嘩を売っていましたよね?」
「え、あ、あはは!」
ナタリアさんが笑って誤魔化そうとしている。
「でも、エレナ様はナタリアさんともお友達になっていたから、だからエレナ様は大丈夫なんだって思ったんです」
懐かしいなぁ。
あの時私はナタリアさんのことをハリセンボンだと思っていたし、急にペットのハコフグになったとも思っていた。
そしてこんなに仲良くなるとはさすがに思っていなかった。
「エレナ様は、とっても優しいって」
面と向かってそう言われて、私は少し照れてしまった。
言葉を詰まらせていると、パースリーさんもナタリアさんも「エレナ様は優しい」と言って盛り上がりだした。
ペットのハコフグだと思ってたってことは黙っておこう。そうしよう。
そしてこれだけ優しいと思われているということは、信頼を得ていると思ってもいいのだろう。
それなら、その信頼に応えなければ。
「ねぇペルセルさん、わたし、ペルセルさんに紹介したい人がいるの」
「え? 紹介?」
「ペルセルさんと相性の良さそうな男の人がいるのよ」
男、と聞いて、ペルセルさんの表情が曇る。
「わたしが間に入れば、少しは大丈夫じゃないかしら?」
「う……」
「会ってみて嫌だと思うようなら遠慮なくわたしにそう言ってくれれば大丈夫なの」
そう、大丈夫だ。ペルセルさんは。
まぁあの人はめちゃくちゃ凹むと思うけれど……。
「……うーん」
悩むペルセルさんに、パースリーさんが声をかける。
「エレナ様がいてくれるのなら、心強いと思うのだけど」
「それは……確かに」
ペルセルさんはこくりと頷く。
しかしペルセルさんが嫌そうな態度をとるとなると、彼がペルセルさんの両親を納得させるのも難しくなるのだろうな。
大丈夫かなあの人……。
「でも、その、あの、お手紙にも書いたのですが……私のことを熱烈に好きだと言ってくださる人がいて……」
「ええ。まぁその、わたしが紹介したい人とその人、同一人物だと思うの」
「え、そ、え?」
ペルセルさんが混乱している。
手紙を見た時は、ペルセルさんを困惑させている相手を知っていると教えるべきか悩んだのだが、今日ペルセルさんの話を聞いてみて思った。
このままじゃあの人が空回るだけで終わる、と。
この人見知りさんは、間に人が入らないとどうにもならない、と。
あとちょっとあの人が可哀想な気がしてきた。
あの人はペルセルさんを逃したら結婚出来なさそうだったから。
「ねぇペルセルさん、ちゃんと占ってみない?」
私がそう言うと、しばし悩む素振りを見せたペルセルさんだったが、彼女はしっかりと頷いた。
「お願いします、エレナ様」
と言って。
しかしシスコンと人見知りは、打ち解けることが出来るのだろうか……?
頑張れペルセルさん。
ブクマ、評価、拍手等いつもありがとうございます。
そしていつも読んでくださって本当にありがとうございます!
ついに当作品の書籍が発売となりました!
書店で見かけた際はお手に取っていただければ幸いです。




