石占い師見習い、自慢する
本日も活動報告に書籍関連のお知らせがあります。
一週間後、ペルセルさんに一目惚れをしたという男性は、それはそれは豪華な差し入れを持ってきてくれた。
差し入れの豪華さで占いの結果が変わることはないのだけれど、私のテンションと気分は上がるので的中率も上がる……かもしれない。
いや上がらないわ。
「それでは、ご案内しますね」
玄関先から仕事部屋へと案内する。
普段ならばロルスが付いているのはここまでで、ここからは私と依頼者の二人きりになる。
しかし、今日は少しだけ違う。
私が男性と二人きりになるのをロルスが嫌がった……わけではなく、依頼者である男性がロルスの同席をご所望だったのだ。
「私も、ですか?」
なぜ自分も、と言いたげな顔でロルスが首を傾げている。
「俺はどちらかというと占ってもらいたいというより相談したい気持ちのほうが強いんです」
「なるほど?」
きょとんとしたままだったロルスの代わりに、私が相槌を打つ。
「出来れば、お二人からの助言が欲しくて。二人は恋愛結婚なんですよね?」
その彼の問いに、私もロルスもこくりと頷いて見せる。
ほぼ初対面の彼がなぜ私とロルスが恋愛結婚をしたことを知っているのか、という話だが、それは簡単なこと。
まず私がカメーリア先生の弟子になったことで、あの先生が弟子を取るという話題性から新聞に載った。
そしてその流れで、伯爵家の令嬢であのカメーリア先生の弟子が己の従者と結婚した、という話題も新聞に載ったのだ。
私もロルスも読まなかったけれど、結構おもしろおかしく書いている新聞もあったとか。
「助言が出来るかどうかはわかりませんが」
というロルスの言葉に、彼は縋るような瞳でロルスに迫る。
「話を聞いてくれるだけでもいいので!」
……と。
あまりの必死さになんとなく可哀想になってしまって、これは助けなければという思いが強くなった。
「とにかくお座りください。とりあえず今日は占いも交えつつの相談会、ということで」
「はい、お願いします」
椅子に座った彼は、深々と頭を下げた。
彼の話を聞いたところによると、彼はここから少し離れた領地に住む伯爵様なのだそうだ。
結婚願望が全くないわけではなく、とりあえず適当に結婚しなければなぁくらいに考えていたらしい。
まぁまぁ綺麗な顔をしているし、とても裕福というわけではないが伯爵だし、と、女性からの人気がなかったわけでもない。
自分に好意を持って近付いてきた女性とふんわりやんわり交際をしたこともある。
しかし、決定打が見つからずにずるずるとこの歳になってしまったのだという。
「俺は今まで人を好きになれなかったんです」
という彼の呟きを聞いて、私はテーブルの上に描いた魔法陣の上に石を転がす。
石が言うには、彼はとても素直で真っ直ぐな人らしい。
そして彼の石の傍らに、一つの可愛らしい石が転がり出てきてふわふわと優しい光を放っている。
これは、ペルセルさんではない。他の女の影……?
「常にあなたの側に、誰か女の人が居るみたいですが」
「……妹、ですかね」
なるほど、妹さんか。
先週も一緒にいたっけ。
「妹さんのこと、大切ですか」
そう尋ねると、彼は大きく頷く。
「うちは母親が病弱で、俺が母親の代わりに妹の世話をしていたんです。だから、妹が誰より大切で」
なるほどなぁ。妹さんを中心に物事を考えているから婚期がずるずると……なんだろう耳が痛い気分だな。
だってうちにも未だに結婚出来ていない兄がいるから……!
「大切なのは分かりますが……いつまでも結婚しないと妹さんもとても心配すると思いますよ」
「……それは、その占いで出ているんですか?」
「いえ、すみません、これはわたしの主観です。わたしの兄も結婚していないもので」
「あ、そうだったんですか」
「はい。わたし以上に可愛い女の子なんてこの世に存在しないみたいなこと言って未だに結婚出来ていません」
「なるほど。あなたのお兄さんは気が合いそうですね」
意気投合だけはやめてほしい。
「……とはいえ、ペルセルさんに一目惚れしたんですよね?」
そう尋ねると、妹の話でちょっと緩んでいた表情がきゅっと引き締まった。
「はい。妹を思う気持ちとは別の気持ちがあることに気が付いたんです」
気が付いてくれて良かった。お兄様も早めに気が付いてくれればいいのだが。
「あんなに可愛らしい人が、この世にいたのかと驚きました」
「ペルセルさん、可愛いですものね。大人しくてちょっぴり内気で。他人に流されやすいところが多少心配ですけど」
「そうなんですね!」
「ええ」
なんといっても私とペルセルさんは学園入学当初からの仲ですもの。
「ただ、現在のペルセルさんは……焦り」
魔法陣の上を転がった石から、焦燥感が見える。
周囲が皆結婚していくのに、自分の結婚が決まらないからなのだろう。
好きだった子との結婚は決まりかけたところで頓挫してしまったらしい。
相手が猛烈な優柔不断だからだそうだ。
そんな男やめておしまい! と今すぐ手紙を書きたいくらいだ。
……とはいえ。
「ペルセルさんはあなたのことを『可もなく不可もなく』程度にしか見ていませんね」
私の言葉に、彼は項垂れる。
「まぁ、そうですよね……」
「年が離れていますからね、まず恋愛対象として見ていないでしょう。でもほら、完全な不可ではないのでまだ望みはあるんじゃないですかね」
「……本当ですか?」
彼の悲し気な顔がなんとも可哀想である。
「あなたの誠意次第ですよ」
そう言いつつ、彼の石とペルセルさんの石を置いた魔法陣の上に、いくつかの石を転がす。
すると二人の石の間にするりと石が割り込んできた。
……まぁ、恋に障害はつきものだしな。
「誠意次第っていうか、頑張り次第かな……」
「が、頑張り?」
「おそらくペルセルさんのご両親が難色を示します」
「う……」
ネックになっているのは、やはり歳の差だと思う。
その歳まで結婚しないということは、何か問題があるのではないかと勘繰られたりするだろうし。
まぁ彼の場合完全なるシスコンが原因なのだが。
「では、まずはご両親から説得すべきなんでしょうか?」
「いや、そこはペルセルさん本人に好意を伝えましょうよ」
伝えないままだと「可もなく不可もなく」から一切進展しないから。
「そうですよね! そう……どうやって伝えれば……」
その辺の文言はさすがに占いではなんとも言えない。
相手は他人に流されやすいペルセルさんなので、遠回しよりも直球のほうが当たりそうな気がする。
「素直に好きですって伝えればいいかと」
「素直に」
「はい」
「あなたは、エレナさんは彼になんと言われるのが嬉しいですか?」
唐突な質問だった。
目の前にロルスがいるというのに、なんてこと聞いてきてるんだろうこの人は。
「直近で嬉しかったのは『俺の妻』って言われたことですかね」
私がそう言うと、ロルスが小さくため息を零した。
「エレナ……僭越ながら、それは全くもって助言になっておりません」
分かってる。
今のは完全にドヤ顔で自慢しただけだから。
「真剣な感じで好きですって言われると嬉しい、というか少なくとも嫌な気はしないと思います」
今度は自慢じゃなくて助言だ。
ニヤニヤしながらだったりヘラヘラしながら好きだと言われても、信じられないし信用ならない。
まずは一発真剣に直球を投げるべきだ。
そう言うと、彼は真剣な面持ちで頷いた。うん、その意気だ。
占いの結果を見た感じ、妹が好きすぎること以外難はなさそうなのでペルセルさんへのアタック挑戦権は与えてやってもいいだろう。
妹さんもちょっとふんわりしているが常識人のようだし。
これで妹さんの性格が悪かったら彼の内面に問題がなくともアタック挑戦権のはく奪もありえた。
家族の性格が悪いと嫁に行った女の子が苦労をするからな。
大切な友人であるペルセルさんに苦労はさせたくない。
「……よく考えてみたら俺、今まで家族以外の人を好きになったことがなかったんですよね。だから、恋愛結婚をしたお二人が少し羨ましくて」
彼がぽつりと零す。
私は家族もロルスも友達も皆好きだったからなぁ、なんて考えていると、ふとロルスが口を開いた。
「私は逆に、エレナ以外を好きになったことがないので、あなたが羨ましい気もします。……いや、うーん」
ロルスが悩み始めた。
ロルスの家族といえばあの酷い有様のご両親とか兄弟とかだからな。
あれを好きになると考えると悩む気持ちも分かる気がする。
「エレナさん以外を好きになったことがない……?」
「はい。私は生まれてから今まで、エレナ以外を好きになったことがないんです。エレナだけを見ていましたから」
目の前の彼がそんなことある? って顔をしている。
まぁロルスのあの両親や兄弟を知らなければそんなリアクションも仕方ないかもしれない。
しかし私がさっき言った「俺の妻」発言が嬉しかったって話以上に自慢話に聞こえなくもないのだが二人は気付いているのだろうか?
私一人が照れ臭いんだけど。
と、ひっそりと赤面していると、彼がそれに気付いたようでくすりと笑う。
「恋愛結婚って、幸せそうですね」
なんて言いながら。
私もロルスも咄嗟に言葉が出なかったけれど、二人で揃えたような照れ笑いが出たところで彼も察してくれただろう。
「今日は占いもですが、二人の話が聞けて良かったです」
そう言った彼の顔はとても晴れやかなものだった。
「相談会になってましたかね?」
「ええ。とても有意義な相談会でした。とにかく俺は、直球でペルセルさんに好意を伝えたいと思います」
「はい」
「……エレナさんはペルセルさんと連絡を取り合ったりしているんですか?」
「してます」
「……ペルセルさんを占う予定は」
「占ってほしいと言われたら絶対に占いますけど」
「ですよね」
「その占いの結果、あなたとペルセルさんは近付かないほうがいいって出たり、そもそもペルセルさんが嫌そうだったら、私は確実にペルセルさんの味方になります」
「……ですよね!」
彼はなんともいえない悲しそうな顔をする。
「まぁでも、あなたがいい人だってことはなんとなく分かりましたし、それとなくいい人だと伝えてあげないこともないですけど」
そう言うと、彼は深く深く頭を下げていた。
ペルセルさんから連絡が来たのは、それから数週間が経過した頃だった。
『なんだか熱烈に好きだと言ってくれる方がいらっしゃるのですがどうしたらいいか分からなくて』
と、明らかに困惑した感じの手紙が来たのだ。
さらにペルセルさんは私だけでなくパースリーさんとナタリアさんにも同様の手紙を送っていたらしい。
結局二人が友達の一大事だ! と立ち上がった結果、近いうちに女子会が開かれることになった。
そして私は久々に皆で集まることが出来る喜びと、ペルセルさんを困惑させている相手のことを知っていると言うべきかどうかという悩みを同時に抱えてしまうことになるのだった。
来週はゆるふわ女子会回(予定)
ブクマ、評価、拍手ぱちぱち等いつもありがとうございます。
そしていつも読んでくださって本当にありがとうございます!




