石占い師見習い、悪しき獣を警戒する
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良ければ覗いていってくださいませ。
貴族の令嬢たちの初婚年齢はとても若い。
家と家を繋ぐために政略結婚をしなければならないから。跡継ぎを残すために若いうちから子どもを産まなければならないから。まぁ理由として挙げられるのは大体この二つだ。
王家や公爵家、侯爵家あたりの子は生まれた時から婚約者が決まっていたりもするらしい。
そんなわけで、大体の令嬢たちは十代で結婚するのは当たり前だし、二十代半ばまでには結婚していることが多い。
十代から二十代半ばなんてまだまだ遊びたいお年頃だし恋に恋するお年頃でもある。
そして世間知らずであることも多い。さらに素直で騙されやすかったりすることも多い。
そんな可憐な乙女たちを狙う悪しき獣たちも、この世には存在している……。
その獣たちの話を教えてくれたのは先生だった。
それは以前占ったどこぞのご婦人の話。典型的な愛のない政略結婚で退屈を持て余していたご婦人に悪しき獣が近付いた。
その獣は甘い言葉を並べ立て、ご婦人を口説き続ける。
ご婦人といえど、彼女はまだ二十歳になったばかりで恋に恋するお年頃。
そしてその悪しき獣のほうは三十代半ばで遊び慣れた男である。
彼女が彼に落ちるまで、そう時間はかからなかったことだろう。
さらに彼は遊びのつもりだったけれど、彼女はいつしか本気になってしまう。
それで思い悩んで先生のところに相談にきたのだ。
先生が出した答えはその男から離れること。
先生の占いは本当によく当たるのだけど、先生は占いがすべて当たるわけではないと言って基本的に結果を断言しない。
そんな先生が、その男からは絶対に離れなさいと言ったのだ。
取り返しのつかないことになるから、と。
でも、彼女は彼から離れなかった。離れられなかった。
結局、本当に取り返しのつかないことになった。
彼との密会の帰り道、彼女は事故に遭った。横転した荷馬車に巻き込まれたらしい。
事故にあった彼女は、死にはしなかったものの、とても美しかった顔に大きな傷を負った。
治癒魔法でも消えない痕が残るほどの大きな傷を。
そしてその事故がきっかけで男との密会がバレて離縁、醜聞を恐れた実家からも追い出されて居場所を失った。
しかし私には彼が居る、そう思っていたけれど、男はいつの間にか煙のように消えていた。だって、男にとってはただの遊びだったのだから。
先生はその話を教えてくれたあと、にこりと笑って「エレナちゃんも気をつけなさいね」と言った。
悪しき獣は隙を見せたら突然襲い掛かってくるから、と。
そんな先生に、私は苦笑いで「大丈夫ですよぉ」なんて答えたし、隣にいたロルスも「自分がいますので」と言っていた。
しかし、だ。
「……キゾクコワイ」
思わずカタコトになってしまったが、ロルスと二人きりになったところでやっと吐き出せた。
いやぁ怖かった。ホラー小説を読むよりも怖いじゃん。
「エレナには、私がついています」
「うん。っていうかまぁ、わたしたちは政略結婚でもないし」
「はい」
「ロルスといて退屈だと思ったことなんて一度もないし大丈夫なんだけど」
「私もです」
「ほんと?」
「エレナを見ていると毎日がとても楽しいので」
「えへへぇ」
そんな腑抜けた会話を交わしてから数日後のこと。ちょっとした事件が起きた。
先生に魔力の調子があまりよろしくないのでお休みしなさいと言われていたので、正直ぼけーっとしていた。
「先生のところにお得意様が差し入れを持ってきてくれたそうで、取りに来なさいとのことですが、エレナはどうします?」
「わたしも行くー」
魔力の調子が良くないとはいえ体調が良くないわけではないので暇なのである。
そんなわけでロルスと連れ立って先生のお屋敷に向かう。
そしてお屋敷の玄関へとたどり着いたところで、男性に声をかけられた。
「もしかして、あなたはカメーリア先生のお弟子さん、ですか?」
「はい、そうですけど」
私がそう答えたと同時に、彼は動いた。
長い脚がたった一歩で私との距離を詰めてくる。
そして流れるような動きで私の手を取った。
とても背の高い、まぁまぁ綺麗な顔をした、三十代半ばほどの男性だった。
「あなたにお会いしたかったのです」
そう言われたのとほぼ同じタイミングで、先生に聞いた悪しき獣の話を思い出す。
おそらくロルスもそれを思い出したのだろう、私と男性との間にするりと入り込んできた。
「俺の妻になにか?」
いや不意打ち。
不意打ちで「俺の妻」は心臓に悪いですロルスさん。
「あ、すみません、その、少し相談がありまして」
彼はなんとなくしどろもどろになりながらロルスにそう答える。手は離してくれていた。
「相談でしたらしかるべき形でご予約をお願いします」
営業モードのロルスが言う。
「いえ、占ってもらいたいわけではなく、ただの相談なんですが」
「どちらにせよ本日は無理ですのでお引き取りください」
営業モードではなく激怒モードな気がしてならない。
ロルスの背後からちらりと男性のほうを覗いてみると、彼は必死の形相で私に声をかけてきた。
「あの、年上の男って、どう思いますか?」
アウトだと思う。
「答える必要はありませんよ、エレナ」
ロルスが完全に静かなる激怒モードに入っている。
「あ、じゃあ、一つだけ教えてください。あなたは、ペルセル嬢のお友達ですよね?」
「ペルセルさん?」
「ペルセル嬢が言っていたエレナ様、というのはあなたのことですよね?」
……ペルセルさんの知り合いなのだろうか?
と、警戒心を解こうとしたその時だ。
「その、ペルセル嬢は、年上の男をどう思う……でしょう、か?」
はいアウトー。
「ロルス、その方を摘まみ出して差し上げましょう」
「はい」
「えっ、ちょっと待ってください、あの!」
私に手を出そうって話なら鉄壁のロルスだっているし、害獣を怯ませる魔法も使えるからどうということはないけれど、ペルセルさんに手を出そうって話ならアウトだ。完全にアウト。
「わたしの大切なペルセルさんを取って食おうとしている悪しき獣の話なんて聞くものですか」
「取っ、悪し、え?」
まぁまぁ綺麗な顔が、ぽかんとした埴輪のような顔になってしまった。
「いや、俺はその、別に取って食おうとしているわけではなく……いや、まぁ……うーん……」
綺麗な埴輪がへなへなとしゃがみ込み、頭を抱えてしまった。
どうしたんだろう、と私とロルスは顔を見合わせる。
さっきまではさっさと摘まみ出してやろうと思っていたが、ペルセルさんを狙う悪しき獣だとしたら放置は悪手なのではないだろうかとも思い始めていた。
獣は野放しにするよりも檻に放り込んでいたほうがいいわけだし。
「ペルセルさんに危害を加えるつもりは?」
「まさか」
彼は大きく首を横に振る。
「ペルセルさんに近付いて、遊んで捨てるつもりは?」
「まさか!」
さっきよりも大きく首を横に振る。顔面がどこかへ飛んでいきそうだ。遠心力で。
「じゃあなぜペルセルさんに? あなたは三十代半ばほどのようですが、既婚者ですよね?」
首を振りすぎて髪がぼさぼさになってしまった彼が、また埴輪のような顔になる。そして少しばつの悪そうな顔をして、私から視線を逸らした。
「……俺、まだ結婚してません」
未婚だった。
「え! てっきり既婚者のくせに不倫相手を漁る悪しき獣が来たのだとばかり」
「それで彼はそんな怖い顔を……!」
埴輪が彼と呼んだのは確実にロルスだ。
私は今ロルスの背後に居るしロルスもこっちを向いていないのでどんな顔をしているのか見えないけれど、怖い顔をしているらしい。
「どんな顔してるの?」
「いつも通りの顔ですよ」
くるりと振り返ったロルスは、本当にいつも通りの顔をしている。
「虫けらでも見るような目をしていたけど」
すげぇ顔してたみたいだな。
「……で、ペルセルさんがなんですって?」
「相談に乗ってくれるんですか!?」
さっきまで埴輪のような顔をしていた彼だったが、今度は助けを求める子犬のような顔に変わっていた。可哀想に。
「相談に乗るというか、事情を聞かせていただきたいだけです。信用ならない人がペルセルさんの側に居ると思うと恐ろしいので」
「ものすごく警戒されている……」
そりゃあどこの誰だかも分からないのだから警戒もするだろう。
「まずはあなたのことを教えてください。それでも信用ならない相手だと判断した場合、即刻攻撃魔法の先生に連絡して害獣を駆除する魔法を教えていただいて、あなたで実践を積ませていただきます」
「ひぇ」
エリゼオ先生は私に借りがあるのですぐにでも来てくれるし教えたがりなのですぐに教えてくれるだろう。
なんて考えていると、彼は洗いざらい話してくれた。
名前も身分も、今日ここに居た理由も。
なんでも、彼は先生に占ってもらいにきた妹さんの付き添いでここに来ていたらしい。
ちなみに先生のところに差し入れを持ってきてくれたお得意様というのが彼らのお母様なのだそうだ。
彼に対する信用度が少しだけ増えた。
「俺は、その……ペルセル嬢に一目惚れをしたのです。この歳で、恥ずかしいのですが」
「一目惚れ」
彼とペルセルさんの出会いはとある夜会だったそうだ。
ペルセルさんに一目惚れをした彼はじわじわと彼女に近付いて、やっと世間話が出来るくらいまでになったという。
「貴族の集まりは、基本的に自慢話が多いんです」
「そうですね」
「普段からいくら儲かったとか高価なものを買ったとかそういったくだらない自慢話ばかりを聞かされていた俺に、彼女も一つ自慢があると言って教えてくれたのがあなたの話でした」
「わたし?」
「エレナ様は私の自慢の友人なんですって、言ってて、なんて可愛いのだろうと……」
「それは、確かに、可愛い……ですね」
正直顔が熱い。照れで。
「女の子をこんなにも可愛いと思ったのは初めてで、好きになってしまったのですが、俺はもうこんな歳だし」
彼は三十三歳らしいので、まぁ歳の差はあるけれど。
「諦めるべきなのはわかっているんです。でも、その……」
「……確かペルセルさん、好きな人がいた気が」
「え……」
私の呟きに、彼が絵に描いたような絶望の表情を浮かべていた。
「学園にいた頃の話なので、今はどうだか分かりませんけど」
「……相手は」
「同じ学年の人だったはずですね」
「……ですよね」
ものの見事に項垂れてしまった。
「どうしても諦めたくないのなら、今度占ってみますか?」
私がそう言うと、彼は素早く顔を上げた。そして期待を込めたまなざしを私に向けてくる。
「今日は無理なんですけど、来週あたりなら」
「予約をさせてください……!」
今度は縋るような視線をロルスに送っていた。
多少不服そうな顔をしていたロルスだったが、仕事ならば仕方がないと言った様子で応対をする。
「それでは来週、よろしくお願いします」
彼がそう言って頭を下げたところで、彼の妹さんがお屋敷から出てきた。
彼女は私に向かって頭を下げている己のお兄さんを見て、不思議そうな顔をしている。
「じゃあ、お待ちしております」
そう言うと、彼は晴れやかな顔で妹さんを伴って帰っていったのだった。
「え、お兄様も石占いを?」
「あぁ」
「珍しいこともあるのねぇ」
なんて会話を零しながら。
来週に続く。
ブクマ、評価、拍手等いつもありがとうございます。
そしていつも読んでくださって本当にありがとうございます!




