石占い師見習い、こっそり覗き見する
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そちらもチェックしてみてくださいませ。
「そういえば、ローレンツ様が大変なことになっているそうですよ」
ある日の朝、眉間にしわを寄せたロルスがそう言った。
「大変なこと?」
私が首を傾げると、ロルスがこくりと頷いてから私に新聞を差し出してきた。
「なにこれ」
ロルスが差し出してきた新聞は私がいつも読んでいるものではなく、いわゆるゴシップネタが盛りだくさんな胡散臭いタイプの新聞だった。
「買い出しに行った使用人が買ってきたそうです」
使用人が街でこの新聞を見かけて、ローレンツ様が載っていたから買ってきたらしい。
なぜこんな胡散臭い新聞買っちゃうのよ、と呟いたら、ロルスが小さな声で言うのだ。
「ローレンツ様の顔が良かったからつい買ってしまった、そう言ってましたよ」
それなら仕方ない。
「内容はともかく顔で買っちゃうのはねぇ、責められないわ」
ちらりと紙面に視線を移せば、一面にどどーんと派手にローレンツ様の絵姿が載っている。
これは仕方ない。
めちゃくちゃ顔がいいもの。
昔から整った顔だとは思っていたけれど、少し見ないうちにびっくりするほどかっこよくなっているようだ。
この世界に日本で言うところの写真というものはない。なぜならカメラがないから。
ただ絵師が絵姿を描く際に魔法を使うらしく、絵とは言えものすごく精密だ。
だから、おそらく写真と大差はない。
「いやしかし、これはこれは」
新聞を覗き込んだり掲げたりしながらしばしローレンツ様の絵姿を眺める。
今まで出会った人の中で一番顔がいいのはエリゼオ先生なんじゃないかと思っていたけれど、大人になったローレンツ様超カッコイイな。
「エレナ?」
「ん?」
「どうしました?」
「めちゃくちゃ顔がいいなと思って」
素直にそう答えると、ほんの一瞬だけロルスが不服そうな顔をした。
なんだ? やきもちかい? やきもちをやいちゃったのかい?
「エレナ、もしかして昔からそう思っていましたか?」
「昔から?」
「例えばあの、私の背中が焼けたあの時から……」
「あぁー……」
ローレンツ様と初めて会った時、確かに綺麗な顔だとは思った。
人のいない静かな校舎裏で悩んでたからフラれたのだろうかと思ったけど顔を見たら絶対にフラれない顔だと確信したりしたっけ。
「昔は、聞けなかったのです、が……」
ロルスが消え入りそうな声でぼそぼそと言葉を紡いでいる。
私は首を傾げながら、ロルスの次の言葉を待つ。
「エレナはなぜあの時、ローレンツ様と一緒に攻撃魔法を使ったのだろうと思っていたのです」
「え、そんなのただ単に攻撃魔法に興味があったからだけど?」
「……そういう人でしたね」
呆れられてしまった。
「まぁ、今も昔も変わらずそういう人よ、わたしは」
「確か、当時は何代目かの国王の死因に夢中でしたからね」
「あはは!」
咄嗟に渇いた笑いが飛び出した。
「当時は私も、こんな感情を知らなかったから何も分からなかった」
「ん?」
「けれど今ふとあの頃を思い出した時、少しだけ不安になった、というか」
「不安」
「ローレンツ様の顔が好きだったから、彼に手を貸したのか、とか……」
やきもちをやいちゃったのかい!? 本当にやきもちをやいちゃったのかい!? 時間差で!?
「そんなわけないじゃないの。あの時の相手がローレンツ様だろうと別の人だろうと攻撃魔法を教えてくれるなら誰であってもほいほいついていったわ!」
「それはそれでどうかと思いますが」
……確かに。
「……まぁでも、レーヴェだってルトガーだって昔から可愛かったりかっこよかったりだったし、あとスヴェン王子も顔は良かったし、そもそもエリゼオ先生だっていたし、当時のわたしの周囲って顔のいい男がうじゃうじゃいたわね」
「……言われてみれば」
「でも他の誰よりも、ロルスが一番可愛いと思ってたわ」
にっこりと笑ってそう言えば、ロルスはあからさまに不服そうな顔をした。
からかわれたと思ったらしい。本当なのに。
「当時の私はただのもやしでしたが」
あ、もやしの自覚あったんだ。
「それは否定しないけれど。だからこそ食べ物を無理矢理口に突っ込んだりしてたのよねぇ。懐かしい」
「……懐かしい」
思い返してみれば、私はあの頃から、というかロルスと出会ってから今までずっとロルスに夢中なんだな。
幼い頃はお姉さん気取りで餌付けでもしている気でいたけれど、ずっと可愛いなとは思っていたし。
ロルスのずっとずっと前世のあの護衛の騎士の様子を見てすごい執念だなと思ったことがあったが、私もそこそこの執念を持っているのでは?
……考えるのやめよ。
「ん、そういえばこれ、ローレンツ様の顔ばっかり見てたけど、中身は何が書いてあるの?」
いつの間にかローレンツ様のことをすっかり忘れて昔を懐かしみ始めていたけれども。
「あぁ、ローレンツ様の花嫁探しが始まったそうです」
まさかのローレンツ様の花嫁候補戦争リターンズ。
なんでも顔がいいのは当然ながら、人柄はいいし、近衛魔術師団の一員として優秀な成績を収めているし、元の家柄は侯爵家だし、という文句の付け所のなさでものすごく人気らしい。
ローレンツ様の花嫁の座を狙っている女はこの世界に三万人はいるだろう、と、新聞にも書かれているがあながち間違いではなさそうでちょっと笑ってしまう。
「ローレンツ様、どんな人と結婚するのかしらね」
以前は私も花嫁候補になったのよね。結局は脱落者になったけれども。
あの時一緒に花嫁候補になっていた金持ち辺境伯の娘も、今はもうどこかへお嫁に行ったって風の噂で聞いた気がする。
「姫との結婚の可能性もある、その新聞にはそう書いてありますけど」
「姫ってことは、スヴェンの妹かぁ」
確か可愛い子だったし、美男美女の恋物語としてこの新聞の紙面に取り上げられてもおかしくなさそうである。
「隣国の姫もあり得ない話ではない、とも」
「隣国の姫ねぇ。……ってことはルトガーの妹……?」
ルトガーとローレンツ様が親戚になるって超面白くない?
っていうかスヴェンとローレンツ様が親戚になるのもまぁまぁ面白いけど。
でもルトガーなんてつい最近まで皆に平民だと思われてたわけだし?
……どちらにせよこの新聞の紙面には面白おかしく書かれてしまうな。
私個人が面白いと思うだけならともかくとして友人がネタにされるのは面白くない。
そう考えると、あまりネタにならない人と結婚してくれたほうがいいな。
でもスーパー優良物件であるローレンツ様だから、きっと彼の周囲の女の子たちは大変なことになっているのだろう。
エリゼオ先生の周囲の女たちのように。
ローレンツ様のことを占ったら、またローレンツ様を取り囲む完全包囲網のような並びの石が見られるかもしれない。
「エレナ?」
「……うん?」
「なにか考え込んでいるようですが」
「……いや、ローレンツ様の現状を占ってみたいなと思ってうずうずしてただけ」
都合よく相談に来てくれればほいほい占っちゃうのになぁ。
でも、近衛魔術師団に入っちゃうと簡単に外は出歩けなくなるらしいし絶対に無理だよなぁ。
「ご本人が居ないのに勝手に占うわけにもいかないでしょう」
「そうなのよねぇ」
「しかしなぜ彼の現状を?」
「魔法陣の上がローレンツ様という獲物を狙った肉食獣たちがわんさかいる、みたいな図になったら面白そうだなと思って」
「人の現状を面白がるのはどうかと」
って言ってるけど、私は見逃さなかったからね、今ちょっとだけ笑ったの。
いや、でもロルスの言う通りよ。
勝手に占うのも良くないことだし、面白がるのも良くないわ。うん、良くない。
「……でもちょっと気になる」
「気持ちは分かりますが」
「ねぇロルス。ほんのちょっとだけ、簡易石占いだけやりたい」
「私に言われましても」
「二人だけの秘密よ!」
「強制的に共犯者」
私はロルスの腕をつかみ、ぐいぐいと引っ張りながら自室へと滑り込む。
そしてそこにある宝石箱をそっと開けた。
「ここで見たことは誰にも言わないでねロルス」
「……はい」
小さなため息を零したロルスだったが、最後は呆れたようにではあるものの頷いてくれた。
どの肉食獣が狩りを成功させるのか……じゃなかった、ローレンツ様はどんな人と結婚するのか、それが聞ければとりあえず満足ということにしよう。
「これ!」
手元を見ずに掬い上げた石は、テーブルの上にころりと転がる。
そして……。
「え、光が消えちゃった」
一瞬だけきらきらと光ったのだが、その光はすぐに霧散してしまう。
と、いうことは、ローレンツ様はこの先結婚しない、のかもしれない。
たくさんの女性に狙われているというのに、誰も射止められないのか。
なんて考えていた時、石の言葉が聞こえてきた。
なかなかとんでもない言葉だった。
「エレナ、結果は?」
良くないことだと言っていたわりには、ロルスも気になっていたんだな。
「ローレンツ様は、結婚しないみたいね」
「え……」
「というか、その……あの時、わたしを選んでいたら結果は違っていたんですって」
あの時というのは、おそらく私と金持ち辺境伯の娘が花嫁候補だった時のことだろう。
「……ということは、エレナとの結婚もあり得たということ……?」
「それはないみたいだけど」
ただただ運命の分岐点があの時だっただけ、らしい。
ローレンツ様は結婚しないのか。
そう考えながら、少しだけしょんぼりする。
でもきっとローレンツ様だって幸せになるよね、そんな思いでちらりと宝石箱を見ると、石たちがきらりと光った。
「え」
「エレナ? どうしました?」
「いや、結婚はしないらしいけど、ローレンツ様は大業をなすんですって」
「大業」
石が言うには、ローレンツ様は今後何かを起こすらしい。
そして大業をなす。
「歴史に名を遺す人物、だって。ローレンツ様」
いつになるかとか、どんな大業なのかとか、詳しくは分からないけどそういう運命らしい。
「それは楽しみですね」
「そうね、とっても楽しみね!」
近衛魔術師団だし、魔力量も膨大だから、とんでもない魔法を作り出したりするのかも?
なんて考えたらわくわくが止まらない。
「もしかしたらローレンツ様が呪文を超える魔法を……死者蘇生の魔法を作り出したりしちゃったりして!」
「その魔法で興奮するのはエレナかルトガー殿くらいのものでしょう」
……確かに!
スーパーお久しぶりのローレンツ様(しかし不在)でした。
ブクマ、評価、拍手ぱちぱち等いつもありがとうございます。
そしていつも読んでくださって本当にありがとうございます!




