石占い師見習い、トラウマを見る
「人っていうのは、いろんな悩みを抱えているものねぇ」
お仕事とお勉強終えた私は、夕飯の支度をする使用人たちをぼんやりと眺めながらぽつりと零す。
夕飯の支度を手伝おうとしたら座って休んでいてくださいと怒られたので暇なのだ。
まぁ夕飯の支度は使用人たちのお仕事なので、暇つぶし感覚で仕事を奪うのもよろしくないなと思っているけれども。
「いろんな悩み、ですか」
ぼんやりすることに付き合ってくれているロルスが相槌を打つ。
「エリゼオ先生を占うにあたって先生が今まで占ってきた人たちのお話を聞かせていただいたり資料を見せていただいたりしていたのだけど、本当に多種多様だったわ」
私が今まで相談に乗ったり占ったりしたのはルトガーとパースリーさんだったりナタリアさんの件だったりと、純粋な子たちばかりだったけれど、世の中の人々が皆純粋なわけではない。
エリゼオ先生の相談内容が結婚についてなので主に恋愛方面の資料を読み漁っていたのだが、まぁドロドロした内容が出るわ出るわ……。
「多種多様というと?」
「とてもじゃないけどロルスには聞かせられないあんなことやこんなことよ……」
見せていただいた資料に詳しい個人情報は掲載されていなかったけれど、先生のところにくる依頼主は基本的に貴族の方々である。
依頼料がものすごくお高いから。
そんな貴族たちの依頼内容は、浮気だの不倫だの、そういった話が多かった。残念なことに。
そして先生からじきじきに聞かせていただいたものの中で一番衝撃的だったのは、今の奥様と別れて不倫相手と結婚したいという相談内容だった。
相談内容自体は珍しくないのだが、いやまぁ珍しくないのもどうかと思うが、とりあえずよくある内容だったのだが、結果が衝撃的だった。
占いの結果は、不倫相手のことは諦めたほうがいいし奥様とも別れないほうがいい、と出た。
しかしその男性は不倫相手を諦めきれずに無理矢理奥様と離縁して不倫相手のところへ行ってしまった。
するとそこには刃物を持って待ち構えていた元奥様の姿が……!
みたいな、ね。女の嫉妬ってのは怖いのよ。
前世の私の死因だって女の嫉妬絡みだし。ほら、ロルスには聞かせられないわこんな話。
「エレナは私をなんだと思っているのですか?」
「え? 可愛い可愛いロルス」
そう答えると、ロルスがあからさまに不服そうな顔をする。
「もう可愛いロルスではなく、俺だって、男なのですが」
そんなこと身をもって実感していますけれども。
「そんなこと言ってるけど、ロルスだってわたしのこといつまでもお嬢様だと思ってるじゃないの」
「……う」
「知ってるんだからね、わたしが居ないところでは未だにお嬢様って呼んだりしてること」
「……ぐ」
ロルスは返す言葉を失っていた。
そんなこんなで、エリゼオ先生を占う日がやってきた。
やってきてしまった。
とめどない緊張が私を襲ってくるけれど、そんなものに負けずに頑張らなければならない。
先生にも、幸せになってほしいから。
人生、結婚だけが幸せではない。うん、そうだ。
今日は私の屋敷内にある仕事部屋で占うことになっている。
そろそろ時間なのでロルスが先生を出迎えてここまで連れて来てくれるだろう。
緊張しながらそんなことを考えていたら声と足音が近付いてきた。
「入ります」
ノックの音とロルスの声がして、ドアがかちゃりと開く。
「お待ちしておりました、エリゼオ先生」
そう声をかけると、先生はほんの少しだけ微笑んで「ああ」と返事をしてくれた。
「どうぞお座りください。先生はミルクティーでいいですよね?」
「あ、ああ」
正面の椅子に座る先生の姿を確認したロルスがお茶を用意するために退室した。
「わたし、少し緊張しているのですが、先生は大丈夫ですか?」
「いや……俺も少し緊張している」
先生も緊張してるのか。私一人が緊張しているわけではないのだと思うと少し安心する。
「お茶が来るまでにもう少し時間もあることですし緊張をほぐすために世間話でもします?」
「そうだな。それかエレナに害獣駆除の魔法を教えるか、だな」
「それ毎回言いますけど先生はどれだけ私に害獣駆除の魔法を教えたいんですか」
「エレナが心配だからな。こうして一対一で占うわけだから、誰が来ても、何があってもいいように覚えておいても損はないだろう」
「まぁ……確かに。でもそれなら攻撃魔法を覚えるより防御魔法が使えたほうがいい気もするんですが」
「……そうだな」
防御魔法の使い方ならレーヴェに借りた教科書を熟読しているので知っている。
そして防御魔法は攻撃魔法と違って注意書きもなかったし、先生に習わずとも使えるはずだ。
「まぁ、白状すれば、心配というのは半ば言い訳だ」
「言い訳?」
「ほら、昔あっただろう。ローレンツの魔法が暴発してロルスが怪我をした一件」
「あぁ、ロルスの背中が焼かれたあの一件」
「あの時、お前は先生に習いもせず幻影兵を出した」
調子に乗って幻影兵を出したりローレンツ様と模擬戦をやったりしたっけな。
そういやローレンツ様は元気なんだろうか。
「そして幻影兵だけじゃなく氷魔法と雷魔法を使っていたんだろう?」
「使いましたね」
先生に一年生は二回目か? って聞かれたやつだ。
「正直、エレナに攻撃魔法を教えたいと思ったのはその時からだ。俺がしっかり教えたら、エレナは優秀な攻撃魔法使いになっていたと思う」
マジか! 習っとけばよかった! 今からでも遅くないんじゃないかな!?
「だから、エレナに教えたいと思うのは俺の教師としての欲だな。教えてみたかったんだ」
「なるほど」
「そしてしっかり育てれば、エレナが俺の先祖のルビーのようになれるんじゃないかと思った」
「今からでも遅くない気が――」
「やめてください」
私の言葉を遮ったのは、お茶を持ってきたロルスだった。
ロルスはどこか呆れをにじませた顔をしている。
「先生もご存知でしょう。エレナがルビーに並々ならぬ憧れを抱いていることを」
「……そんなに憧れてたのか?」
「はい。ルビー様関連の書籍を買い漁って収集する程度には」
そう答えると、先生は呆れ顔のロルスをよそに、楽し気に笑っていた。
「さて、それじゃあ占いましょうか」
攻撃魔法を教えようとするのはやめてください、と念を押すロルスが退室したところで、私が口を開いた。
先生は世間話をしに来たわけではないのだ。
「あぁ、頼む。俺も半ば諦めているんだ。だから、遊び感覚で占ってもらっても構わない」
本気で占って結婚出来ないって言われたらショックだから遊び感覚でって言ってない? 大丈夫? と口を衝いて出そうになったが、寸でのところで押しとどめた。
「じゃあまず私が前々から気になっていたことから占ってもいいですか?」
「気になっていたこと?」
「先生がモテるのかモテないのか」
「あぁ……まぁ、頼む」
先生の了承を得て、私はテーブルの上に魔法陣を描いた。
光で描いた魔法陣の上に、バラバラと石を転がす。
魔法陣の中央に転がり出てきたのはルビー様にいただいたあの大きなルビーだった。
ルビーが放つ光は魔法陣の中央に真っ直ぐで綺麗な光の柱を作り上げていく。
先生は、強い芯を持った真面目な人。
そしてそんな先生に好意を持っている人は? そう心の中で石に問いかけながらまた魔法陣の上に石を転がす。
「んふっ」
「おいエレナ、今笑ったな? 明らかに笑ったな?」
バレた。
「いや、だって、先生が猛烈にモテモテだから」
そりゃこんだけいい男がモテないはずはないのだ。
「モテた記憶などないが」
先生はそう言うけれど、占いの結果はモテモテなのだ。ただ、少し特殊だけど。
魔法陣の上に転がった石は、くるくると回りながら意思でも持っているかのように並んでいく。
まぁ言葉が聞けるくらいなのである程度の意思も持っているのかもしれないが、面白いくらいに綺麗に並んだのだ。
先ほど魔法陣の中央に転がり出たルビーを中心に、一定の距離を保ちながらルビーを取り囲むように合計十個の石が並んでいる。
「先生に好意を持っている人は、少なくとも十名はいらっしゃいます。ただ、全員で牽制し合ってるせいで誰も先生に近付けていません」
「なんだって?」
要するに先生が気付いていないだけで、先生の周りでは女たちが熾烈な争いを繰り広げているのだ。水面下で。
一人が抜け駆けでもしようものなら全員が敵に回るので迂闊に近づけないらしい。
そして、戦っているのは全員貴族のご令嬢だ。中には学園の生徒もいる。
「先生は、貴族のご令嬢と結婚しなきゃならなかったりしますか?」
「いや、俺は長男ではないから相手の身分は気にしない」
「そうなんですね。……先生ご兄弟がいるんですね」
「いる。長男と俺は顔が似ていて、昔から色違いだと言われていた」
なんでもランディ家の長男は先生にそっくりのスーパーイケメンらしい。
ただ先生の髪も瞳も赤いルビーの化身のような色合いとは違ってオレンジに近い茶髪に緑色の瞳なのだとか。
ちょっと見てみたい。
「長男は目に見えてモテていた。政略結婚をしたがそれからも愛人候補が後を絶たなかったから」
「あぁ、うちの父もそんな感じだったそうです」
「顔のいい貴族の跡継ぎあるあるなんだろうか?」
「そうかもしれませんね」
いやだな、そんなあるある。
「おっと、話が脱線してしまいましたすみません。それで、先生のことが好きな人は最低でもこれだけいるんですが、どの人も貴族のご令嬢で、先生は貴族のご令嬢と結婚すると失敗します」
「失敗、か」
「先生が悪いわけではなく、邪魔が入るのです。先生のお相手の座を狙っている他の令嬢たちからの」
「女の嫉妬……ということだろうか?」
「まさしくその通りで」
私がしっかりと頷くと、先生は頭を抱えた。
「女の嫉妬が危険だということは、学生時代に嫌と言うほど思い知った」
「学生時代」
「俺に話しかけられたという理由だけで嫌がらせを受けた子がいたんだ。俺としては別に好意の欠片もなかったんだがな」
先生がただただ話しかけただけの子がいじめられたという怖い話だった。
それが原因で女の子に対する漠然とした恐怖が根付き現在の結婚できない男エリゼオ・ランディが出来上がったらしい。可哀想に。
「この、俺の周囲にいる貴族の女たちとの結婚はやめたほうがいいんだな。ということは、やっぱり俺は結婚出来ないのか?」
「いや、この魔法陣の隅っこにぽつんとある石なんですけど。この子が先生の運命の相手ですね」
「……誰だ」
「平民です。大人しくて控えめで、だけど芯は強い。小柄で、年齢は先生のほんの少し年下。先生も少しだけ好意を持ってるみたいですが、心当たりは?」
首を傾げ、顎に手を当てながら考えこんでいた先生だったが、ふと何かに気付いたように目を瞠る。
「ミルクティー、って言葉も浮かんでるんですが」
「……先日エレナとロルスを連れて行ったあの店の娘、かもしれない」
「その人みたいですね。その人を手放さないで……って出てます」
「……いやしかし俺がその子に近付けば俺の周囲で熾烈な戦いを繰り広げているらしい女たちが黙っていないだろう」
過去のトラウマが邪魔をしている……!
「それらからその子を守るのは先生の役目かと」
「なるほど、守ればいいのか……」
害獣駆除の魔法でもなんでも使って邪魔な女たちを退ければいいのだ。
「ただ、先生があまりがっつくと、その子はびっくりして逃げてしまうみたいなのでお気をつけて」
「なんだって?」
「まずはゆっくりじっくりお付き合いをしてから、ってことです」
「そうか、なるほど。わかった」
先生に絡みつく過去のトラウマが厄介なので、結婚までに多々苦労がありそうだけれど、先生も幸せになれそうだった。
「何か難しそうであれば、遠慮なく相談してください」
「あぁ、頼りにしている」
先生に頼られる日が来るとは思ってもみなかったな。
なんて小さく笑ったけれど、この先本当にものすごく頼られることになろうとは、さすがの石占い師エレナにも見抜けませんでしたとさ。
なんちゃって。
◇◇◇
「ゆっくりじっくりの程度が分からないのだが、彼女が可愛いということだけはよく分かった……」
「そんな先生あんまり見たくなかったです」
そんな会話をしたのは、占いから一ヵ月後のことだった。
激レア 惚気るエリゼオ・ランディ。
ブクマ、評価、拍手ぱちぱち等いつもありがとうございます。
そしていつも読んでくださってありがとうございます!
書籍化作業も着々と進んでおります。
そろそろ本格的なお知らせとかも出来るようになるんじゃないかなって感じなのでどうぞお楽しみに。




