石占い師見習い、葛藤する
エリゼオ先生と街で会ってから数日後、先生からお手紙が届いた。
正式に石占いをやってほしいという依頼のお手紙だった。
手紙を書くほど本気で結婚したかったのかな、先生。
でもあれだけ顔も声もいい男、モテないはずはないだろう。
なんで結婚出来ないんだあの人。
「ねぇロルス、エリゼオ先生はなんで結婚出来ないんだと思う?」
隣で一緒に手紙を読んでいたロルスに問う。
「私には分かりません」
「顔はいいし声もいいし、勉強が関わると厳しいけれどそれ以外だと優しい人よね」
しかし恋人がいる雰囲気もなかったし、今は完全にフリーと見た。
「エレナは、エリゼオ先生と結婚したいと思いますか?」
「え? わたしの夫はロルスだから」
「あ、いえ、それは一旦置いておいて。もしも私が居なかったとして」
「ロルスが居ない人生なんて考えられないわね」
「……私もですが!」
あ、ロルスがちょっと怒った。からかいすぎたわ。
ロルスが言わんとしていることは理解している。
要するに私とロルスが出会わない世界線でエリゼオ先生に出会っていたら、というもしもの話をしろということなのだろう。
「まぁ……そうねぇ。もしもわたしがエリゼオ先生と同じくらいの年齢だったとしたら、狙うかもしれないわね」
「同じくらいの年齢だったとしたら、ですか」
「うん。……いや、だってなんか、生徒に手を出すエリゼオ先生ってちょっとやだなって」
まぁお母様の話によればエリゼオ先生は隠しキャラ的な人らしいってことだった気がするので、乙女ゲームのシナリオ通りに進めばエリゼオ先生がフローラとくっ付いていたかもしれないのだけれど。
でも、でもなぁ。あのエリゼオ先生が生徒に手を出す……エリゼオ先生の隣にとんでもない美少女……いや、絵面的にはありかもしれないけどぉ?
「……そんなに悩みますか」
しかめっ面のまま必死で考えこんでいたらロルスに呆れられてしまった。
「悩むっていうか、なんだろう……わたしはもしかしたら、エリゼオ先生を勝手に神聖化しているのかもしれない」
「神聖化?」
「ええ。だってエリゼオ先生はルビー様に似てるから」
私の崇拝するルビー様に似ているからこそ、適当な女とくっ付けたくないという気持ちが湧いてしまうのかもしれない。
「エレナは、本当にルビーがお好きですね」
「ええ、大好きよ」
ルビー様本人も創作物に出てくるルビー様も大好きである。
「……ルビーに似ているエリゼオ先生のことは」
「エリゼオ先生のこと? いい先生だと思ってるわ。まぁ、わたしに害獣駆除の魔法をしつこく教えようとしてくるところはちょっと変な人だと思うけれど」
「そうですか」
「あら? あらあら? もしかしてロルス、ちょっとやきもち?」
そう言ってにんまりと笑うと、ロルスはきょとんとした後で顔を赤くした。
……そのリアクションはまさか、無自覚のやきもちだったってこと!?
はぁぁ私の夫が世界一可愛い。
だがしかし、私たちのこんなやりとり、エリゼオ先生には見せないほうがいい。
結婚したくても出来ない独身男にこんなとこ見せたら心に深い傷を負わせることになるかもしれないから……。
「そ、それで、エリゼオ先生はいついらっしゃるつもりなのですか?」
顔の赤みを引かせられなかったロルスは急いで話を逸らそうとしている。
「ん? んー、少し先みたいね。忙しいみたいだから」
次に完全な休みが貰えるのはほぼ一ヵ月後だと手紙に書いてある。
先生って忙しいんだなぁ。
よく考えてみれば先生は私が学園に到着する前からいるし、私が帰るより先に先生が帰るなんてことないし、先生が暇そうにしてるところなんて見たことないな。
そういえば街中で出会ったのもこの前が初めてだった。
……そんなに忙しくて結婚なんて出来るのか?
面倒な女だったら絶対「私と仕事どっちが大事なの!?」事件が起きるぞ?
「……エリゼオ先生が結婚するには、教師を辞めるしかないのでは……?」
「エレナ、それほどまでに生徒に手を出すエリゼオ先生が見たくないのですか……」
「違うわ」
違うわい!
そういう意味じゃないわい!
「仕事が忙しすぎるから結婚出来ないんじゃないかって思っただけよ」
「なるほど」
となると、仕事内容に理解のある同業者……職場結婚がいいのだろうか?
とはいえ二人とも忙しいとそれはそれで「私たち、結婚した意味はあるのかしら?」問題が起きかねない。
「離縁だわ……」
「え」
「ロルスどうしよう、わたし、エリゼオ先生に悲しいお知らせをすることになるのかしら……」
「まだ占ったわけではありませんし勝手にエリゼオ先生の将来を悲観するのはよくないかと」
……確かに。
「そうよね。悲観してばかりではダメね。うん。わたしたちが支えていける相手を紹介したらいいかもしれないわね」
私の身近にいる独身で、可愛くて、先生にお似合いの子を紹介して結婚させる。
忙しい先生の代わりに私やロルスが構ってあげれば寂しさは紛れるでしょうし、逃げそうになったら私たちが捕まえておけばいい。
……いいか?
いやよくないな。
だってそれじゃまるで捕虜だもの。
「難しいわ……」
「そんな悲壮感を漂わせるほど難しいのでしょうか」
「どれだけ考えてもエリゼオ先生が可哀想なことになるんだもん」
「いや、だからまだ占ってもいませんからね」
……そうだった。
「まぁ、そうね。占ってみたら案外近くにいい人がいたりするかもしれないものね」
「近くに、ということは生徒という可能性も」
「占いの結果に生徒と結婚するといいって出たら……わたしはその結果をなかったことにしてしまうかもしれない……」
「いやそれが一番可哀想でしょう」
自分の気持ちを優先して嘘を言うのはよくない。
そりゃそうだ。
たとえ先生の最良のお相手が生徒だったとしても、先生が幸せになるのなら私は祝福しなければならないのだ。
私が崇拝しているのは先生ではなくルビー様なんだし、私の理想を先生に押し付けるのはよくない。
そう自分に言い聞かせていると、イルダがやってきた。
「お茶はいかがですか?」
どうやら私がエリゼオ先生の行く末を案じている間にお茶の時間が来ていたようだ。
「あぁ、いただこうかしら」
今日の夕飯は先生のところで食べることになっているから、お茶をいただいた後で先生のお屋敷に行けば丁度いいだろう。
「かしこまりました」
イルダは私たちに向けてにっこりと笑ってから厨房に向かった。
「……イルダみたいな子ならエリゼオ先生と結婚しても幸せになりそう」
「え?」
私の呟きに、ロルスが首を傾げる。
「優しくて可愛くて奥ゆかしいから問題を起こさない気がしない?」
「いえ、しかしイルダはエレナよりも年下ですし、生徒に手を出しているようなものでは?」
「まぁ、年齢的にはね。でもイルダは学園の生徒ではないし先生と生徒にはならないわ」
「謎のこだわり」
……生徒に手を出す、っていう響きが嫌なのかもしれない。
「うん。どちらにせよ占うまでにもう少し時間があるからじっくり考えておきましょう」
「はい」
この時の私は、先生の可哀想な未来ばかりを想像して気付けていなかった。
先生の置かれている立場は、私が想像しているよりも……まぁ、なかなかのもんだったのだ。
次回エリゼオ回と見せかけて別の子かもしれません。
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書籍化作業のほう、今絶賛頑張っている最中なのでそっと応援していただければ嬉しいななんて思ったりしております。




