うっとりしていたのは、新しい使用人
前の前のお話「石占い師見習い、的中を悟る」に出てきた使用人ちゃんのお話です。
使用人としての最初のお仕事が元伯爵令嬢であり次期名誉伯爵様である方のお家で、しかも住み込みだなんて、私には荷が重いのではないか。
そう思っていた時期もありました!
私は病気の母の薬代を稼ぐため、金払いのいい仕事を探していた。
そんな時、貴族の方のお家で使用人として働けばお金が稼げると、確か近所の人に聞いて頑張って勉強や雑用の練習に励んだ。
その頑張りを認めてもらい、経験豊富な使用人の側で見習いとして働き始めた。
そして、その経験豊富な先輩が新しいところで働くので私も見習いではなく使用人として一緒に雇ってもらうことになったのだ。
しかしそれがこの国随一の石占い師のお弟子様で、次期名誉伯爵の称号を確約された筋金入りのお嬢様のお家とは思っていなかった。
なんというか、もっとこう、爵位の低い人のところで働くものだと思っていたから。
だって近所の人が高位貴族は気難しくて怒らせるときっと怖い、って言うし、そもそも私なんてつい最近まで見習いだったわけだし。
もしも貴族様を怒らせてしまってクビになったら、そう思うと夜も眠れない気持ちになった。……そんな気持ちになっただけで眠れていたけれど。
と、そんなびくびくした私と、雇い主である旦那様と奥様の初対面は、想像の五億倍ほど穏やかなものだった。
「は、初めまして、今日からここで働かせていただきますイルダと申します!」
「初めまして。わたしはエレナ。そしてこっちがわたしの夫のロルス」
エレナ様は、なんだかぽやんとした穏やかな人だった。
ちなみに旦那様、奥様、そう呼んだのは最初だけで、照れるから名前にしてと頼まれたので今ではロルス様、エレナ様と呼んでいる。
そうして高位貴族は気難しくてきっと怖い、そんな印象はすぐに払拭されることになる。
なぜなら、エレナ様がとんでもなく優しい人だったから。
どのくらい優しい人かと言うと、私が今まで出会った人の中で一番優しい。
私が仕事をしていると、頑張りすぎちゃダメよと言って休憩に誘ってくれたり、おやつを分けてくれたりする。
そして私の先輩であるカーラさんに「イルダを甘やかさないでください」と叱られたりもする。
さらに、この人は心の底から優しいんだなと確信した出来事があった。
ある日、なんの流れだったか私の母が病気だという話になった。
「イルダのお母様はお家で療養しているの?」
「はい」
「イルダとお母様の二人暮らしだったのよね? お母様は一人で大丈夫なの?」
「今は近所の人が助けてくれていますので」
「うーん、イルダのお家は、ここから遠いの?」
「近くはないです」
私のその言葉を聞いたエレナ様は、うーんと呻ってしばし黙り込む。
そしてやっと口を開いたと思えばとんでもないことを言い出した。
「この近くの病院に入院してもらうのはどうかしら?」
出来ることならそうしたいけれど、私のお給金では不可能だ。
「それは」
「この近くならイルダもお見舞いに行けるでしょう?」
「行きたい……ですけど」
「よーし、じゃあ決まりね」
「え、エレナ様」
「とりあえずの費用はうちから出すわ。それで、イルダの毎月のお給金からちょっとずつ
返してもらうの。それでどうかしら?」
そう言われて、私が戸惑っていると、ロルス様が呆れたようにため息を吐いた。
きっと私が叱られるんだ、そう思っていたのだが、叱られると思ったのは私だけでなくエレナ様もだったみたい。
「だってロルス、体調が悪い時は心細くなるでしょ? それに、離れ離れのまま亡くなってしまったらどんなに辛いか……」
エレナ様はそう言いながら、今にも泣いてしまいそうだった。
この人は、誰か大切な人を失ったことがあるのだろうか……?
「別に責めるつもりはありません。ただ、イルダが戸惑っているので一人で突っ走るのはやめてください。とりあえず書類を用意します」
ロルス様はそう言って、数日後には本当に書類を作ってくださった。
そして本当に私の母をこの近所の病院に入院させてくれたのだ。
「入院費は数年がかりで返してもらうことになるけれど……でも、これでその間はずっとイルダに居てもらえるわね!」
エレナ様はそう言って本当に嬉しそうに微笑んでくれたのだ。
私はこの時、この人に一生付いて行きたいと思った。
その後、私はロルス様に声をかけた。
「エレナ様はとても優しい人ですね」
「お嬢様は、幼い頃からとても優しい人だったから。どんなに頑張ろうと、意地悪なんかまったくもってこれっぽっちも出来ないくらい」
まったくもってこれっぽっちも。
なんだろう、そこにものすごく力が入っていた気がする……。
そう思いながら高い位置にあるロルス様の顔を見上げれば、彼はエレナ様が居るであろう方向を見ながらほんのりと微笑んでいた。
あぁ、この人はエレナ様のことが本当に好きなんだろうな。と、恋だとか愛だとか、まだよくわからない私でも、そう思った。
それからというもの、私は暇さえあればエレナ様とロルス様の観察をしていた。
エレナ様がロルス様のことを愛していることはとても分かりやすい。
なぜならエレナ様は「好き」だったり「愛してる」だったり、分かりやすい愛の言葉をよく口に出しているから。
からかうように言ったりもしているので、たまに言葉に重みが感じられないときもあるけれど。
逆にロルス様の口からそう言った言葉を聞くことはなかった。
まぁロルス様の性格上、私たちのような人目がある場所でぺらぺら喋るような方ではなさそうだし。
ただ、視線がとても分かりやすかった。
エレナ様を慈しむような視線だったり、エレナ様に恋焦がれるような視線だったり、正直視線が熱すぎてこっちが照れてしまいそうだったのだ。
ロルス様本人は気付いているのだろうか?
まるで太陽を追うひまわりのように、エレナ様を目で追っていること。
あれが無意識だったら、それはそれでよいものだなあ。
今まで恋の小説はいくつか読んだけれど、どのお話よりも素敵だなあ。
と、うっとりしてしまう。
そんなうっとりしてしまう気持ちを誰かと分かち合いたい。
しかしエレナ様に言うわけにもいかず、カーラさんに言えば真面目に仕事をしなさいと叱られてしまうだろう。
誰か居ないものか、そう思いながらずっと話し相手を探していた。
ある日エレナ様のご友人が訪ねてきた。
しかしお約束はしていなかったらしく、エレナ様があたふたしながら石占いの先生のもとへと行くことになったのだ。
そして、ご友人を一人にしないためにと話し相手として私をそこに置いて行ってしまった。
エレナ様のご友人は、ナタリア様というらしい。
彼女の身なりはどこからどう見ても貴族のご令嬢だった。
エレナ様とはおしゃべり出来るけれど、他の貴族の方となんてどうお話したらいいのか分からない。
エレナ様の大切なご友人を相手に失礼があってはいけないし、どうしようと思っていると、ナタリア様のほうから声をかけてくれた。
「ここでのお仕事は楽しい?」
と。
「はい、とても!」
思ったよりも大きな声が出てしまい、ちょっぴり恥ずかしくなってしまう。
「本当に楽しそうね。羨ましいわ」
「え、えへへ」
笑ってごまかすしかなかった。
「エレナ様とロルスさんの側にずっといられるなんて本当に羨ましい……あの二人、可愛らしいでしょう?」
ナタリア様の言葉に、私は大きく何度も首を縦に振る。
「本当に本当に仲睦まじくて!」
「やっぱり夫婦になっても相変わらず仲良しなのね」
「はい! お互いがお互いを愛し合っているのが手に取るようにわかって、見ているこちらがうっとりするほどなんです」
「分かるわ!」
「ですよね!」
私たちは、固い握手を交わす。
語り合える同志を見付けた。そんな気分だった。
それから私たちは意気投合し、エレナ様が戻ってくるまで語り合って、また是非語り合いましょうという約束までしてしまった。
ナタリア様が帰った後、エレナ様に声をかけられた。
「咄嗟にとはいえ、イルダにとっては初対面の人との話し相手になってだなんて無理言ってごめんなさいね」
「いいえ、ナタリア様はとても優しい人でした」
「そうでしょ?」
エレナ様はうふふ、と笑っている。
母が以前言っていた。
人の周りには自然と似たような人が集まるものなのだと。
きっとエレナ様が優しいから、エレナ様の周りには優しい人が集まるのだろう。
いつか私もその仲間に入れたら、とっても素敵だろうなぁ。
「あ、エレナ様、今度母が無事退院するんです!」
「本当!? 良かった! あ、じゃあ今度ここで退院おめでとうパーティーをしましょうよ!」
「え」
「わたし、ケーキを焼くわ! ロルス! ケーキを焼くわよ! めっっっっっちゃ焼くわ!」
「え、いや、エレナ様!?」
ブクマ、評価、拍手ぱちぱち等いつもありがとうございます。
そして変わらず読んでくださってありがとうございます!
意地悪令嬢に対する熱い営業妨害回。今は元意地悪令嬢だけれども。
隔週更新の予定が書籍化作業でエレナロルスかわいい熱が上がった結果今週も更新しました。来週も予定通り更新します。




