石占い師見習い、手紙を開封する
貴族ってのは、面倒臭いなぁ。
と、私は手紙を読みながら思う。
「お手紙ですか」
というロルスの問いかけに、こくこくと頷いて見せる。
「お母様からの手紙よ。そろそろ跡継ぎのことも考えなきゃいけないし、どうにかしてお兄様を結婚させようと思ってるみたい」
「なるほど」
お母様が言うには、私に先越されたというのに、お兄様は全く焦っていないらしい。
長いこと結婚したい相手がエレナだったからしばらく結婚については考えたくない、とか言ってるとか言ってないとか。
「お兄様と結婚したい女性は結構いるらしいのだけど」
「そうでしょうね。お義兄様は素晴らしい方でいらっしゃいますし」
「まぁ遠くから見たらカッコイイものね」
「遠くから?」
「いや、顔は近くから見てもカッコイイほうだと思うけれど、常に仕事のことと勉強のことを考えてるわけだし、なんというか、結婚相手として考えるとあまりいい男とは思えないような?」
仕事と私どっちが大事なのよ! とまでは言わないけれど、折角結婚したのに毎日がほったらかし、というのはどうなのだろう。
前世の私ならばほったらかされてもその間にソシャゲのクソ周回とか出来るし平気だっただろうけど、この世界にはクソ周回ゲーとかないからほったらかされたら暇で仕方ない。
そんな暇で仕方ない貴族の女性たちが何をするのかといえば、浮気に走るのである。
しかも、先生が言うには結構な確率で浮気に走ってしまうらしい。
浮気が本気になってしまってどうしたらいいかだったり、浮気相手と後腐れなく切るにはどうしたらいいかだったり、そんな相談が後を絶たないのだそうだ。
ちなみにそんな時どう対処したらいいのかは現在勉強中なのだが、今のところうまく切り抜けられる気がしないでいる。
「本当にしばらく結婚しないつもりでいるのかしらね、お兄様」
「最大にして最強の壁を超えられるまでは、無理なのかもしれませんね」
「何その強そうな壁」
「エレナです」
「ん?」
「長年結婚したい相手がエレナだったと仰っているのなら、エレナよりもいい女性に出会わなければならないということ」
「ん」
「私はエレナよりもいい女性を、今の今まで一度も見たことがありません」
「んー」
なるほどねー惚気ねー!
突然だったからちょっとびっくりして顔が赤くなってしまった気がする。
不意打ちヘッドショットで即死するゾンビってこんな気持ちなのかしらね!
「……こっちはお父様からの手紙だわ。早くわたしたちに会いたいそうよ」
「はい」
ちなみにお父様とは今度この家で一緒にディナーを、と約束してある。
その約束からこっち、二日に一度くらいのペースで早く会いたいという手紙が来ている。
最初はこちらからも返事を出していたけれど、最近はもう出していない。なぜなら書くことがないから。
「あ、こっちはルトガーとパースリーさんからの手紙だわ! ……ほら、やっぱりルトガーが呪文学に夢中で家に帰ってこない日があるって書いてある。お兄様も結婚したらきっとこうなるわね」
「確かに、ルトガー殿とお義兄様は似たところがおありですからね」
「……でも、ふふ。呪文学に夢中なわりにパースリーさんのお誕生日はしっかりと覚えていてきちんとお祝いしてくれて素敵な贈り物もくれたんですって」
完全に惚気の手紙だった。
「さすがはルトガー殿」
素敵な贈り物が焼きそばパンだったらどうしようかと思ったが、そんなことは書かれていなかったので私の杞憂だったようだ。よかったよかった。
「二人とも、幸せなのね」
「エレナの石占いが的中しましたね」
「そうね。簡易石占いだったけれど当たったみたいでよかったわ。さて、惚気の手紙には惚気の手紙を返さなきゃ。さっきロルスに言われたこと、書いてもいいかしら?」
「恥ずかしいので勘弁してください」
さらっと言ってたくせに、恥ずかしかったのか。
「こっちはナタリアさんからのお礼の手紙よ。結婚相手はお父様としっかり相談してから決めるんですって」
どちらを選んでもナタリアさんは幸せになれるはずなので彼女について心配することはなにもないだろう。
ただ、一つ可哀想なのは、最終候補の二人が二人ともナタリアさんに一目惚れしちゃってるところだ。ナタリアさんの迷いを増やしてしまうかもしれないから言わなかったけれど。
ナタリアさんがどちらかを選ぶということは、どちらかが振られるということで……振られたほうは悲しむだろうな、と。
ただ、心底どっちでもいいと思われた時点でちょっと努力が足りないのだろうなとも思う。
一目惚れしちゃったのなら自分を選んでもらえるように努力すべきだったのだ。
一目惚れするくらい可愛いんだから、気を抜いたら誰かに取られることだって想像出来るでしょうに。
「あら、イルダにもありがとうって書いてあるわ。イルダ、これはあとであなたも読んでおきなさいね」
「はーい」
そういえばナタリアさんがうちの使用人イルダと仲良さそうに話していて、何を話していたかを教えてもらっていないんだった。
あとで忘れずに追及することとして。
「ペルセルさんからも来てる!」
ペルセルさんからの手紙を開封してみると、どうやら彼女は周囲の同年代たちが続々と結婚したり婚約したりしているからちょっぴり焦っているようだ。
そのうち相談に行きたいとのことだったので、いつでも大歓迎だという旨の返事を書くことにした。
パースリーさんの相談もナタリアさんの相談も受けたのだから、ペルセルさんの相談も受けなければ。
フローラも、なにか相談してくれればいいのになぁ。
「……っていうか、フローラからもレーヴェからも全然連絡がこない」
「確かに」
フローラは私にとっての神なので、私から手紙を送るべきなのだと諦めもつく。
そりゃあ手紙がくれば嬉しいけれども。
ただレーヴェはどうだろう。
幼い頃からずっと一緒に遊んでいた幼馴染だというのに、一切連絡をしてこないのは薄情なのでは?
一緒にゲームしたいんですけど?
「新しいゲームを手に入れたから一緒に遊ばない? って手紙書こうかしら」
「しかしレーヴェ様もお忙しいのでは?」
「まぁ、全然連絡がないから、忙しい可能性もあるけれど……でもこちらから手紙を送れば近況くらい教えてくれたり……」
「あわよくば、一緒に遊べるかも、と」
「……うん」
学園を卒業してしまったし、お互い子どもの頃のように遊んでばかりはいられないと分かっているけれど、出来ることなら一緒に遊びたい。
たとえ今目の前にいるロルスに呆れた顔をされようとも!
「だって、だって子どもの頃はずっと一緒に遊んでたんだもの。遊べないのは寂しいじゃない」
「気持ちは分かりますが」
「やっぱり手紙を書くわ。忙しいから連絡をくれないんだと思っていたけれど、もしかしたら体調を崩しているのかもしれないじゃないの!」
体調を崩しているのだとしたらお見舞いにいかなければならない!
「無理矢理連絡を取ってレーヴェ様のお屋敷に乗り込んででも一緒に遊ぶつもりですか?」
見抜かれている……!
「いや、別にそういうつもりじゃ」
「もしも本当に体調を崩されているとしたら、乗り込んだところでゲームは出来ませんね」
「……となると、無駄足ね」
「エレナのそのゲーム中心に物事を考えるところ、嫌いじゃないですよ」
「ありがと」
「褒めてはいません」
ですよね。
「でも、冗談じゃなく本当に体調を崩してたらと思うと心配になってきたわね。ゲームは諦めるとしても、とりあえず当り障りのない手紙は書いてみようかしら」
もしもレーヴェが何かに困っていたとしたら、相談にも乗れるし。
レーヴェは昔から控え目な性格だったし、なんだかんだと気を遣って自分から相談に乗ってほしいなんて言い出せない可能性もある。
そうだとしたらやっぱり私から強引にでも連絡を取らないといけない気がした。
ついでにゲームが出来たら嬉しいな、なんて思いつつ。
「あ、今から先生のお屋敷に行くのですが、エレナはどうしますか?」
「え、行く行く。先生も今日は休日のはずだけど行っても大丈夫なの?」
「呼ばれているので」
先生も私も、現在は主に先生のほうの事務仕事を担っているロルスも今日はお休みで、皆それぞれ暇なのだと思っていたが、ガチで暇なのは私だけだったようだ。
先生は今日、友人の相談に乗っていたのだそうだ。
その友人が大きなお菓子屋さんを経営しているとかで、ここに来るときは決まって大量のお土産を持ってくるらしい。
そのおすそ分けがあるからとロルスを呼んでいたのだ。
「こんにちは」
先生のお屋敷に到着すると、使用人さんが出迎えてくれた。
先生の友人は既に帰ったというので、来たついでに先生にも挨拶をしていくことにする。
「お義母様、こんにちは」
今日はお休みなのでお義母様と呼んでみたのだが、その選択は正解だったのかもしれない。
なんとなくげっそりした様子の先生が、私たちの顔を見るなり表情を明るくしたから。
「お義母様、お疲れですか?」
そう問いかけると、先生は額に手を当てて大きくため息を吐く。
「友人の……あ、そうだわ、折角二人そろって来てくれたのだから、お茶でもどう? お菓子はたくさんあるから」
そんなわけで、お茶とお菓子を楽しみながら先生の話を聞くことになった。
「お義母様がそんなにお疲れなところ、初めて見た気がします」
用意してもらったお茶の香りを楽しみながら、ぽつりと声をかけると、先生は「そうかしら?」と言いながら小さく首を傾げた。
「その、ね、友人の相談内容は娘さんの結婚についてだったのだけれど……」
結婚についてを占うのはわりとよくあることだし、私も今のところそんな占いばかりしているし、先生ともなると慣れていそうなものなのに、その先生が酷く疲れる内容とは一体……?
「娘さんが結婚したいって言ってる人がすでに平民の女の子に手を出してる人でね……」
「おぉ……」
なかなかにハードな話が始まりそうである。
「手を出していることが確定している時点で幸せな結婚生活なんて送れないと思うのよねぇ」
「平民の女の子に手を出している……石占いでそんなにはっきり見えるんですか……?」
「いや、占い以前に、現場を目撃したことがあってね」
なんと、先生はその男と平民の女の子の密会現場を目撃していたらしい。しかも何度も。
「それで、これは占いの結果なのだけど、その男はおそらく結婚したら開き直って堂々とその女の子を囲う気がありそうで」
愛人かー。
暇な貴族のご婦人たちが浮気に走るように、暇な貴族の殿方たちは愛人を作ってそっちに走るのだ。
「それで、それでも結婚したいと言い出しそうな友人の娘さんをどうやって止めるかを考えてたら疲れちゃって」
気疲れかー。
貴族ってのは面倒臭いなぁ。
「そういえば……わたしは今のところ幸せな結婚ばかりを見ているから、もっと良くない結果が出ることも想定していたほうがいいのでしょうか……」
「そうねぇ、想定していたほうがいいとは思うけれど……あなたの友人は皆あなたに似ていい子ばかりだと思うから、本格的に仕事を始めるまでは大丈夫じゃないかしらねぇ」
「いい子ばかり」
まぁ、確かに皆いい子たちだけれども。
「人の周りにはね、似たような人が集まるものなのよ」
類は友を呼ぶ、ってやつか。
ということは、まだ相談を受けていない友人達も、今後幸せになれるってことなのかな。
私はそんなことを思いながら、ふわふわの焼き菓子をそっと頬張ったのだった。
次回は誰が幸せになるのでしょう。
ブクマ、評価、拍手ぱちぱち等いつもありがとうございます。
そしていつも読んでくださってありがとうございます!
前回仲良くなっていたナタリアさんとエレナのとこの使用人イルダのお話を書こうと思っていたのですが短くなってしまったので一旦保留にしました。
もしかしたら来週更新するかもしれません。
先日ちょっとしたナタリアさん贔屓不可避事件(事件ではない)が起きちゃって勢いで書いたものの……みたいな……




