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つい、好奇心に負けてしまって悪役令嬢を目指すことにしたものの  作者: 蔵崎とら
本編

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8/89

意地悪令嬢、カウンセリングする

 

 

 

 

 

 学園にも慣れてきた頃、私は行き詰っていた。

 攻撃魔法の教科書を見せてくれる人が見つからない、と。

 ルトガーと仲良くなったことにより、あの貴族は平民ともしゃべるのだという印象を付けることに成功したらしく逃げられることは少なくなった。

 しかし教科書を見せてもらうほど仲良くはなれないのだ。

 クラスメイトと仲良くなるって難しい。なぜだ。


 ある日の放課後のこと。私は治癒魔法の教師に頼まれて、用済みとなった教材を倉庫に運んでいた。

 教師に愛想をよくしておけば、予習と称して読み込んでいる教科書の内容を授業で習うよりも早く教えてくれる。だから私は教師の頼みを断らない。たとえ私が伯爵家の令嬢であっても、だ。


「これでよし」


 倉庫の棚に教材を並べ、一息つく。

 そこそこの労働だったので一旦休憩でも挟もうかと思ったが、ロルスに何も言わずに来たので待たせてしまうことになる。

 まぁロルスは忠実な下僕に育っているので大人しく待てが出来る子なんだけど、だからと言って待たせていいわけではないだろう。

 そんなことを思いながら、ロルスが待つ玄関までの最短距離を考える。この学園の校舎は少し入り組んでいるので正規ルートで戻ると少し時間がかかるしなにより面倒だ。

 真っ直ぐ進むのが一番早いはず、というわけで裏庭を突っ切って進むことにした。


「はぁ……」


 裏庭に足を踏み入れると、大きな大きなため息が聞こえてきた。どうやら人が居たらしい。

 放課後の裏庭に人が居るとは思っておらず、私は不意に聞こえてきたそれに驚いて少しだけ肩を揺らした。

 きょろきょろと周囲を伺うと、ため息の主はすぐに見付かった。

 大きな木の根に腰掛けて、頭を抱えて悲壮感を垂れ流している男の子だった。頭を抱えていてくれたので私が驚いた姿は見られずに済んだようだ。

 しかしこの状況、声を掛けるべきかスルーするべきか。

 こんなところで悲壮感を垂れ流しにしているということは、何かあったのは明白だろう。

 しかし場所が場所だ。もしかしたら裏庭に女の子を呼び出して告白したもののフラれてしまったのかもしれない。

 もしそうだとしたら私はなんて声を掛けたらいいのかわからない。

 関わらずに逃げたほうが身のためかも、と思い足を動かした瞬間、頭を抱えていた男の子が顔を上げた。

 思いっきり目が合ってしまった彼は、とても整った顔をしており、私が推測したフラれた説は一瞬で立ち消えた。あれはフラれない顔。

 さらさらと風に揺れるはちみつ色の髪、晴天の日の青空のように真っ青で綺麗な瞳、絵に描いたような美形ときた。いやーあれはフラれない顔。



「まぁ、それではローレンツ様はここで個人特訓をしていらっしゃったのですね」


 完全に目が合ってしまったうえに何も言わず去るのもどうかと思ったので軽く挨拶をしたら少し話を聞いて欲しいと頼まれた。

 なので私も彼に倣うように木の根に腰掛けて軽く自己紹介をしあったわけだ。

 彼の名はローレンツ・ブランシュ。ブランシュ侯爵家の長男様であった。学年は私よりも一つ上の先輩。

 確かブランシュ家の子息は一人だったはずなので、彼は次期侯爵様なのだ。

 そんな彼が何故こんなところで頭を抱えていたのかと聞けば、彼は思うように成績が上がらなくて悩んでいるとのことだった。


「個人特訓……の、つもりではあるのだけど」


 浮かない顔を見るに、なかなか上手くいっていないようだ。


「学園で勉学に励めば魔力量も伸びると言われたのだがな」


「伸び悩んでおられるのですね」


 侯爵家の跡取り息子というプレッシャーは相当強いらしい。

 今の魔力量はどの程度なのかと尋ねると、黄色よりも少し上というまぁ平均的な魔力量だった。

 少ないわけではないのなら問題ない気もするのだが、彼の立場がそれを許さない。

 魔力量というのは貴族界では重要なステータスなのだ。見栄の張り合いが当たり前な貴族界で魔力量が少ないとなると侮られてしまう。

 彼が子爵家や男爵家の子息ならまだしも侯爵家ときた。

 私自身がまだ社交界デビューをしていないのでそれほど詳しいわけではないが、この国には侯爵家が四家ほどいたはずだ。彼が侮られれば、立場が弱くなるだけでなくよその侯爵家に蹴落とされてしまう可能性もないとは言い切れない。

 彼が一人息子なのもプレッシャーに拍車をかけている。彼以外に跡継ぎが居ないのだから、彼が頑張るしかない。


「そうですわローレンツ様。少し身体に触れても構いませんか?」


 私の唐突な言葉に彼は少し身構えたようだったが、背に腹は変えられないと悟ったらしく、静かに頷いた。


「ローレンツ様は少し肩に力が入りすぎているのです。肩の力を抜いて、背を丸めず背筋をぴんとしてくださいませ」


 私はそう言いながら彼の肩を撫で、背中の真ん中に手を当てる。


「そっと目を閉じて、ゆっくりと鼻で息を吸って口で吐いてください」


 そう言うと、彼は素直に従ってくれる。

 深呼吸を三度してもらったところで、私は穏やかな声を心がけながら彼に語りかける。


「魔力量を増やさなければ、という考えは一度捨ててください。増やさなければならない、ということはないのです」


「しかし……」


 彼は閉じていた目を開き、不安そうな顔で私を見た。


「増やしたい、と願いましょう。増やさなければと思えば思うほど身体に力が入ってしまい心が疲れてしまいます」


 要はストレスがたまりますよ、という話だ。

 ただでさえ強いプレッシャーに押しつぶされそうなのにストレスを溜め込んでいたらそのうち病気になってしまう。

 正直な話、現時点ですでに顔色があまりよろしくない。


「願う、のか」


「はい。肯定的な言葉で願うと案外するりと叶ったりするものなのですよ」


「ほう」


「その肯定的な言葉を紙に書いて読み上げるのも効果があるそうです。手で紙に書き、目でそれを見る。口でそれを読み、耳でそれを聞く。そうして自分の頭に覚えこませるのです」


 確か前世でそんなことを聞いた覚えがあったのでそれの受け売りだけど。


「面白いな、試してみよう」


「ええ、お試しください。それと先ほどの呼吸法は魔力量を伸ばす方法として本に載っていたものなので毎日試してみるといいかもしれません」


「そんな本があるのか」


「図書館にありましたわ。わたしも最近毎日やっています」


「ということは君の魔力量も」


「赤に近いオレンジです」


 そう言えばローレンツ様はしゅんとしてしまった。少なくなくて正直すまんかった。


「ロルス……いえ、わたしの従者の魔力量がとんでもなく真っ青だったので一緒に試していまして……ロルス!」


 自分でロルスと口にして思い出したが、私は今彼を待たせているのだった!

 近道するためにここに来たのにものすごく長居してしまった。


「ローレンツ様申し訳ありません、わたしそろそろ行きますね!」


「あぁ、話を聞いてくれてありがとう、エレナちゃん」


「話を聞くくらいお安い御用です! あ、それと夜眠る前の30分程目を閉じてその日にあったいい事、例えば猫が可愛かったとか空が綺麗だったとかそういったちょっとしたことでもいいので頭に思い浮かべるのもいいって聞いたことがあるのでよかったら試してみてくださいませ!」


 私はそう言い残し、急いでロルスの元へ向かうのだった。


「お待たせ、ロルス」


 玄関で大人しく待っていたロルスに近付く。


「下僕でございますお嬢様」


「あぁ下僕下僕。ちょっと迷える子羊の話を聞いていたら遅くなってしまったわ」


「子羊?」


 不思議そうに小首を傾げるロルスに、私はなんでもないわ、と呟いた。


「ねぇ下僕、今日のおやつは何がいい?」


「僭越ながらお嬢様、下僕におやつは必要ありません」


「下僕にだって糖分は必要よ。私チョコレートマフィンとチーズスフレが食べたいんだけど太りたくないから半分食べてちょうだい」


「……」


「あ! 今わがままだなって思ったでしょ! そりゃあそうよわたしは意地悪なんだもの。意地悪度60点は貰えるでしょう?」


「70点です」


「高得点!」


「しかし下僕におやつを分け与えているので90点減点です」


「マイナスになった!!」


 意地悪令嬢への道のりはまだまだだった。悔しい。


 翌日学園内で偶然見かけたローレンツ様は、頭を抱えていたときよりも晴れやかな表情をしていた。顔色もよくなったようで何よりだ。

 私が教えた自己暗示とメンタル強化術を駆使してストレスとプレッシャーに打ち勝ってくれればいいな、と心の中でそっと思った。


 この時の私は、このなんちゃってカウンセリングが後に数名の人生を変えることになるなんて露ほども思っていなかった。





 

ブクマ、評価、そして読んでくださってありがとうございます。

エレナのモノローグでは『私』なのに台詞になると『わたし』なのは間違いではありません。台詞が『私』になっていたらそれは間違いの可能性が。

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